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274. 午前中に負けない8月2日の午後


8月2日の午前中にあまりにもインパクトの大きい出来事が重なっていたため、書き記すことを忘れていたのであるが、8月2日の午後、フローニンゲンの市役所(Town Center)に住民登録をしに行ったエピソードがある。

フローニンゲン大学の学生支援課から、フローニンゲンに到着したら早急に市役所に住民登録をするように、というメールがあったのだ。メールを確認すると、場所は “Town Center”と記されている。

住民登録を完了し、BSNという住民ナンバーを取得しなければ銀行の口座開設ができないため、午前中に襲われた怒涛の出来事の後、 携帯上の地図で“Town Center”を確認し、そこへ向かった。

Town Centerの場所は、フローニンゲンの街の中心部にあり、市場のすぐそばにある。目的地に到着後、入り口がどうも見当たらない。建物を一周ぐるりと回ってみると、一箇所ほどドアが開いており、そこから赤い絨毯が外に伸びている。

この時点ですぐにおかしいことに気づかなければならないのだ。「フローニンゲンの市役所は、利用者に赤い絨毯の上を歩かせるのか」と若干感心しながらも、やはり疑わしかったので、すぐに建物の中に入ることをせず、赤い絨毯を踏まずに外から中の様子を伺った。

中を覗いてみると、利用者は皆無に等しく、入り口のそばにスーツ姿の男性が立っていた。

「すいません。ここはTown Centerですよね?」

男性「ええ、そうです。」

その返事に後押しされ、私は躊躇せずに赤い絨毯の上を歩くことができ、中へ入ることができた。Town Centerの一階の廊下の壁には、様々な絵画作品が掛けられていた。それらの絵画作品に見とれながらも、住民登録が優先事項であると我に返ったが、住民登録できそうな場所が一向に見当たらない。そして何より、誰一人として市役所の職員らしき人がいないのだ。

Town Centerの一階を一回りした後、引き返すことにしたら、先ほどの赤い絨毯から観光客らしき人たちが大量になだれ込んできた。そして、彼らはドアに立っていたスーツ姿の男性にエスコートされ、Town Centerの一室に入って行った。遠目から見ると、それらの観光客らしき人物たちは、その部屋でフローニンゲンの街の歴史に関するレクチャーを受けることになっていたようだ。

人間の直感というのは、大体において正しく、赤い絨毯を見た瞬間に得られた直感を信じるべきだったと後悔した。「それではどこで住民登録ができるのだろうか?」と途方に暮れながらも、BSNが無ければ銀行の口座開設ができないというのを承知で、オランダの大手銀行ABN AMROのフローニンゲン支店に乗り込んだ。

「こんにちは。口座開設をしたいんですけど。」

銀行員の女性「身分証明書とBSNをお持ちですか?」

「(初手からBSNで切り返されたか・・・)はい、パスポートはあります。ですが、BSNはまだ取得しておらず、実はつい先ほどTown Centerに行ったんですけど、住民登録ができるような場所ではない気がして・・・」

銀行員の女性「申し訳ありませんが、BSNが無いと口座開設はできないんです。」

「そうですか・・・。ちなみに、Town Centerってここであってますよね?(携帯の地図を示す)」

銀行員の女性「ええ、あっていますけど、これは旧市役所ですね。新市役所はマルティニ塔の横にあります。」

「えっ!これは古い方の市役所なんですか?どおりで職員らしき人がいないわけだ。」

銀行員の女性「はは(笑)。それではBSNが取得できたらまたお越しいただければと思います。」

こうして私は新しい方の市役所に向かった。そして後からわかったが、市役所の正式名称は “Town Center”ではなく、“Germeente Groningen”である。フローニンゲンで住民登録をされる方はお間違えのないように。

ようやく目的の市役所に到着した私は、受付で整理番号が書かれた紙を渡され、一息つくためにソファーに腰掛けようとした。すると間髪入れず、「ピンポン。ピンポン。」という快音と共に、私の番号が電光掲示板に現れた。

「おぉ、オランダの市役所(厳密には、「フローニンゲンの市役所」)はやたらと業務スピードが速いな。」と感心しながら、電光掲示板で指定されたブースに向かう。ブースには、四十代半ばと思われる親切そうな女性が座っており、彼女が対応をしてくれた。

「九月からフローニンゲン大学の学生になる者です。今日はBSNを取得しに来ました。」

女性「BSNの取得ですね、了解しました。それでは予約番号を教えてください。」

「予約番号とは?」

女性「BSNの取得手続きをするためには、事前予約が必要なんです。」

「そうだったんですか・・・。事前予約はどこで行えばいいですか?」

女性「後ろに見えるパソコンで必要情報をご入力いただき、指定した日時にまたお越しください。」

「了解しました・・・。」

受付で整理番号を取得してから、呼び出されるまでの早さに感心し、「また出直しかぁ・・・」と私が肩を落としてしょんぼりとするまでの所要時間は、光の速度に匹敵した。

忘れもしない2016年8月1日と同様、本日も相当疲弊した。だが、私の新居には、疲れを吹き飛ばしてくれる浴槽があるのだ。住居を選択する際に、シャワーしかない家を最初から選択肢から除いており、そうすると物件の数は非常に限られてしまったが、ようやく自分の理想にかなった物件が今の新居なのだ。

「温かいお風呂が自分を待ってくれている」ということに一縷の望みを見出し、湯船にゆっくりと浸かってリラックスしている自分をイメージしながら、市役所から自宅に引き返すことにした。

市役所から自宅までは、歩いて25分ぐらいの距離にあり、丁度いい運動になった。適度な運動——午前中の出来事を考えると、運動など不必要だったのだが——と、夜は冷えるフローニンゲンの夏の気温にさらされた身体をゆっくりとリラックスさせるために、帰宅後、すかさず湯船にお湯を張ろうとした。

「そういえば、東京のマンションでは全自動で湯船にお湯を張ることができたけど、こっちでは自分で湯量をチェックしないといけないのか・・・」と贅沢な環境で飼いならされた自分と決別せねばなるまいと思った。「浴槽があるだけ贅沢ではないか!」と過去の思考回路に変更を加えたのだ。

人間の認知システムは興味深いもので、入力する情報を変え、新たな情報を絶えず与え続けると、情報を伝達する回路自体にも変化が生じるように思うのだ。より厳密には、どのような情報を入力するかを自ら意識的に選択し、その情報を自分の認知システムの深層にまで落とし込むような意志と実践が伴った時、私たちの認知構造に変化が生じるのではないかと思うのだ。

そのようなことを思いながら、浴槽に流れ出るお湯の温度を確認していた。「自分の皮膚を包み込むお湯の温度は、こうでなくてはならぬ」とご満悦な面持ちで独り言をつぶやく。お湯の出力速度と浴槽の大きさを勘案すると、10分で入浴にふさわしい湯量になると踏んだ。

10分の待ち時間はメールを確認することに当てようと思い、日本にいた時よりも格段に減ったメール量に対して、喜びも寂しさも与えないように、中立的な気持ちでいることを心がけた。10分後、待ちに待った入浴時間が到来した。

市役所で体感した、光のように過ぎ去った時間が嘘のように感じられるぐらい、この10分間は人間の一生涯という長大な時間間隔に匹敵するように感じた。時間について考察を深めるべく、改めてアンリ・ベルグソンの “Time and Free Will(邦訳『時間と自由意志』)”とマルティン・ハイデガーの “Being and Time(邦訳『存在と時間』)”を読まねばならないと思った。これらの書物は今、インド洋を漂う貨物船の中にあり、到着が待ち遠しい。

湯船にお湯が張られるまでの10分間という過去や、インド洋を進行する貨物船に思いを馳せるという未来に意識を当ててはならないのだ。お湯が張られた湯船に入るという行為、つまり、現在を生きることが何より大切なのだ。

過ぎ去った過去やこれから到来する未来の中を生きるのではなく、今というこの瞬間の中に自らの全生命を預けなければならないのだ。そのようなことをしみじみ思いながらも、やはり湯船に浸かってリラックスできるという近未来に対して、私の心は大いに踊っていた。

そして、足早に浴槽に駆けつけた。そこで見たもの。それは薄緑色の液体がうごめく光景だった・・・。私の意識は今という瞬間から一気に過去に飛んだ。小学校五年生の理科の時間に、隣の席の女の子が教科書を見ながら、「ミドリムシ〜」と言いながら体をくねらせていた姿が鮮明に蘇ってきたのだ。

ベルグソンの “Time and Free Will”ではなく、船便で書物が届いたら真っ先に “Matter and Memory(邦訳『物質と記憶』)”を読もうと固く誓った。ミドリムシ色のお湯、いや、もう少し今の季節を考慮に入れるならば、メロンウォーターと形容した方がふさわしい液体に恐る恐る手を入れてみる。

「つ、冷たくなっている!」と私は絶叫した。先ほど無色透明に見えた温かいお湯が、いつの間にやら緑色に変貌を遂げ、さらに温度変化まで遂げていたのだ。「おぉ、ヨスよ。汝は我が身に試練を与え給う神なのであるな。」と思うしかなかった。

そして、私は緑色の液体を湯船から急いで排出させ、もう何が起こるかはわかってはいたが、浴槽と離れたところにあるシャワー室に移動した。シャワーの水を出すと、「待ってましたよ!冷水!」と思わず叫びながらも、フローニンゲンという夏でも涼しい夜の中、冷水で全身を清めた。言うまでもないが、このような修行をしに私は日本からはるばるオランダにやって来たわけではないのだ。

「ヘドロ」、「爆発」、「ダイダラボッチ」、「赤い絨毯」、「メロンウォーター」、「冷水修行」で私の2016年8月2日は終わりを告げた。正確を期すならば、お湯の件をヨスにメールして8月2日という日の幕を閉じたのだった。

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