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243. 米国時代の言語的・精神的失敗体験


いよいよ夏が本格的に到来したかのような天候である。窓の外に見える灼熱の太陽と人工的に作られたこの部屋の涼しさが、幼少時代の夏休みの感覚を想起させる。

学校が生徒に提供する夏休みという、あの何とも言えない不思議な時間に似た感覚に包まれて、米国在住時代について思いを巡らせていた。その回想を通じて、米国時代に体験した言語的・精神的失敗とその超克に関する記憶がまざまざと蘇ってきたのだ。

逆説的に響くかもしれないが、自己の存在の根源には、非存在的な何かが存在する。あるいは、自己の本質部分は存在的な何かが非存在であると言えるかもしれない。いずれにせよ要点は、自己の根源的な何かがこの世界で発現するその瞬間に、日本語で構築した諸々の事物・事象が媒介するということである。

そしてそれらは、自己の本質部分に沁み渡っているものなのである。自己の本質部分は言語を超越した普遍的な何かだと思うのだが、その普遍的な何かには母国語で構築した観念や体験が常に触れ合っているのである。そんな氣がする。

自己の本質部分に母国語で構築した諸々の事物・事象が染み込んでくるというのはおそらく、ある言語を使用する一つの国で生まれたことの必然的な現象なのだと思う。そのため、母国語で構築した一切を排除して他の言語に乗り換えようとすると、実存的におかしなことが起こる。

母国語で構築したリアリティと自己の根源は密接に関係し合っているため、両者を引き離し、そこに他の言語を無理に注入することは精神的な危機を招きかねないと思っている。私が米国時代に引き起こしてしまったのはまさにそれである。

冒頭で、この体験を「言語的・精神的失敗」と表現しているが、自分のやり方は強引すぎたのだと思う。当時の私は、日本語空間から自らを強引に締め出し、母国語を介在させて精神生活を営むことを自らに許していなかったのだ。

そうした過去の体験を思い出しながら、もしかすると他言語空間で生活を始めると、母国語を使うという行為はどこか精神的な治癒(サイコセラピー)のような効果があるのではないかと思った。

海外である程度の期間生活をすると、日本的なものを見たときや日本語を話すときに、えも言わぬ安心感のようなものを感じるものである。これは何も海外で生活することに限った話ではなく、地元に帰り、地元の言語で話をする時にどこか安堵するのと似ているかもしれない。

要するに、自己の本質の出発点に接している言語空間をある言語(母国語や方言など)で構築すると、それ以外の言語空間を無理にその出発点の近接部分に構築していこうとすると、精神に歪みが生じてしまうのではないかと思う。自分が慣れ親しんだ言語空間から無理に他の言語空間に入ることは、精神的緊張を絶えずどこかで抱えざるをえないということを意味する。

私にとって、そうした精神的緊張を緩和し、自己を健全に保つためには、一定程度の日本語を時折使用することを許可する必要があるようなのだ。米国在住時代の途中で経験したある出来事に遭遇するまでは、こうした許可を一切自分に与えていなかったのだ。

同じ轍を踏まないためにも、渡欧後の生活では、毎日二時間ほど日本語でものを考え、日本語で書くという行為を許すような寛容さを自分に与えたいと思う。この寛容さを自分に与えることは非常に難しいとわかっていながらも、自分に寛容さを与えられる自分になる必要があるのだろう。

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