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195. レクティカ時代の回想:発達測定手法の開発プロセスについて


マサチューセッツ州にある人間発達に関する研究機関レクティカ時代のことを少し振り返ってみた。現在、日本の企業組織向けに構造的発達心理学に基づいた人財評価システムを開発している最中であるため、レクティカが新たな発達測定手法を開発する際にどんな開発プロセスであったかを思い出してみた。

第一に、測定したい知性領域に関する具体的な能力に焦点を当てた定性的なインタビューを実施すること。あるいは、測定対象とする能力を映し出す問いに対して記述形式で回答してもらうこと。それらの手段によって、膨大なデータを集めることから開発がスタートしたと記憶している。

レクティカでは、リーダーシップ能力の測定に特化した「LDMA」を旗艦サービスとしていた。LDMAの開発にあたり、どのようなインタビューを行っていたのか、公開されている実際のデータを改めて幾つか見ていきたい。

下記のデータ形式は、認知的発達心理学者であれば頻繁に目にする種類のものである。これらのデータは、質的インタビューによって得られたものである。このようなインタビューでは、回答者は特定の質問を受けることによって、質問が対象とする知性領域に自らの思考を向けていく。

下記のデータは、4歳から64歳を対象に、「良いリーダーとは?」というテーマについてインタビューをしたものである。下記の四つのインタビュー事例を「リーダーシップ能力」の低い順に並び替えるとどうなるであろうか?一度立ち止まって、並び替えをしていただきたい。

1 インタビュアー:良いリーダーはどんな人だと思いますか? 回答者:列の先頭に立っているような人です。 インタビュアー:良いリーダーはどんな特徴がありますか? 回答者:わめいたり、泣いたりしません。 インタビュアー:わめいたり、泣いたりしないことがなぜ重要なのですか?

回答者:わめりたり、泣いたりすると大騒ぎになってしまいます。リーダーは大騒ぎしてはいけません。それは悪いことです。

2 

インタビュアー:良いリーダーはどんな人だと思いますか?

回答者:リーダーというのはそもそも、信念をより適切なものにしたり、具現化できるような人です。そして、良いリーダーは集団が掲げるゴールに働きかけ、それを実現できるように周りの人々を支援します。リーダシップというのはある種の奉仕であり、組織の人員が職務に意味を見出す支援をし、個人のゴールが集団のゴールに包摂されるように働きかけを行うことでもあります。

3

インタビュアー:良いリーダーはどんな人だと思いますか?

回答者:信頼することができる人です。 インタビュアー:リーダーを信頼することはどうして重要なのですか?

回答者:リーダーを信頼できれば、嘘をつく必要がないからです。

インタビュアー:嘘をつく必要がないことはなぜ重要なのですか?

回答者:なぜなら、嘘をついたらもっと嘘をつくことになるからです。 インタビュアー:わかりました。それでは、その他に良いリーダーについて考えていることはありますか? 回答者:正直であるということです。 インタビュアー:どうしてそれが大切なのですか? 回答者:正直でなければ、何か悪いことが起こるかもしれないからです。

インタビュアー:それはどういう意味ですか?

回答者:嘘をつくことがやめられなくなるという意味です。

4 

インタビュアー:良いリーダーはどんな人だと思いますか? 回答者:ルールに従い、行動に境界線を引ける人です。さらに、前に進むためにしなければならないことをする人でもあります。良いリーダーは、人柄が良く、周りを知ろうとし、周りを助けるような人です。

上記のデータを順に見ていくと、興味深いことに気づかれたのではないだろうか?不思議なことに、私たちには意識の段階を直感的に掴み取る感性のようなものが備わっているのである(拙書『なぜ部下とうまくいかないのか:「自他変革」の発達心理学』でも言及している)。

つまり、ほとんどの人は上記のデータを発達の低い順に並び替えると、「1→3→4→2」の順に並び替えられたのではないだろうか。仮に上記のような並び替えをある一定の人数の人たちに依頼をしたら、その順番に関して常に驚くべき程のコンセンサスを持って並び替えがなされる。

さらに興味深いのは、並び替えられた回答というのは、発達測定の専門家と大抵同じ回答になるのだ。この実験は実際に、レクティカがハーバード大学教育大学院と共同して行っていたものでもある。この実験は、数百人に及ぶ人を対象に、様々な知性領域(例:物理学や倫理学など)を対象にしていたが、同様の結果が得られたのである。

ここで強調したい点は、Lレクティカが提供している測定手法はまさにこうした発達段階を見極める人間の直感力をさらに洗練化させたものであるということだ。大雑把にいうと、否定することのできない人間の直感的な「発達分別能力」を測定システムとして洗練させる必要があり、その集大成がLASと呼ばれる測定システムなのである。

長さを測る物差し、重さを測る重量計、温度を測る温度計がなかった時代を想像してみていただきたい。その当時の人間は、測定基準と測定手法がなかったため、長さ一つをとってみても、「1cm」と「100cm」を明確に区別する基準は存在しなかったのかもしれません。

しかしながら、両者は明らかに見た目が異なるため、その違いに気づいた人間が物体の長さを比較するため(並び替えるため)に物差しを開発したという歴史的経緯がある。つまり、何かしらの測定手法が開発される前に、私たちは測定対象が持つ差異にすでに気づいているのだ。

要するに、私たちには知性や能力の発達を示す特性を掴み取る直感力が内在的に備わっており、それは徐々に科学的な測定システムとして洗練化される方向に進む、ということに過ぎない。往々にして、他者の発達段階を見抜く直感力は、日常言語を介在して行われる。

子供、友人、同僚、上司と接する場合に、私たちがいかに言葉を変化させて交流を図っているかを思い出していただきたい。私たちは、コミュニケーションを図る他者がどういった意識段階を持っているのかに応じて、言語を巧みに変化させていく。こうしたことが可能なのは、まさに人間には相手の意識段階を直感的に把握し、その場にふさわしい言語表現を選択しているという理由が考えられる。

ここから導きだされるように、発達測定システムの開発の肝は、実はシンプルであり、人間がすでに持っている直感的な発達分別能力を活性化・洗練化させ、より信頼性と妥当性を担保することなのだ。

上記で紹介した会話事例を見てみると、直感的に発達の階層性に気づくだろう。それらの事例を並び替えることを要求されると、私たちは会話事例が持つ発達の特性に焦点を当てていくことになる。発達の特性とは、例えば、発話の長さ、語彙、文章の洗練性、自我中心性の度合い、視点取得能力、抽象性、複雑性などである。

回答者の一つの発話の長さを例にとってみると、それだけで「1→3→4→2」と並び替えができるだろう(ただし、実際の測定現場で字数の多寡を基準にすることはない、ということに注意をしていただきたい。発達段階と字数には幾分かの相関関係が確かに存在するが、それだけを基準に測定を行うことは正確な発達測定とは言えない)。

語彙や文章の洗練性をとってみても、「1→3→4→2」の順に並び替えができるのではないだろうか。ここからもわかるように、発達を示す言語特性はいくつも存在するのだ。しかし、100年に及ぶ認知的発達心理学の研究成果はそれらのリストを選別し、わずかな言語特性のみが客観性を伴った領域全般型の測定手法の開発に資すると提唱している。

構造的発達心理学の起源を辿ると、言語表現に現れる構造に着目することが大切となる。いかなる言語表現においても、必ず発話内容、つまり語られる内容が存在する。しかし、語られる内容だけを見ると、言語表現に現れる文章の長さや語彙などの非構造的なものしか見えてこない。

実際は、構造的発達心理学の考え方を採用すると、語られる内容の背後には二つの構造が存在していることが明らかになる。最初の構造は、「表層構造」と呼ばれるものである。表層構造は、ある特定領域においてのみ見られる発達の構造的な特性である。

実際のところ、ほとんどの発達測定手法はこの表層構造をターゲットにしている。こうした測定手法では、特定の領域に焦点を当て、その領域で観察される発達特性をもとに独自の測定基準を設けていくことになる。例えば、コールバーグのモラル発達測定手法では、特定のキーワードとモラルの発達段階を対応させている。

同様に、ドン・ベックのスパイラル・ダイナミクスも明示的な発話内容と価値観の発達段階を対応付けている。つまり、これらの測定システムは、ある特定の領域に見られる発達現象と発話内容を結び合わせているということだ。

要するに、それらのシステムは領域特定型の表層構造に焦点を当てているのである。優れた道徳的判断と科学的判断は異なるように、表層構造に見られる発達特性は領域固有のものである。

ケン・ウィルバーが「多様な知性領域はりんごとオレンジのように異なる」と指摘しているように、表層構造においては明確な差異が存在する。そのため、コールバーグのモラル発達測定をモラル以外の他の発達領域に適用することはできないのだ。

一方、LASは言語表現に見られる「深層構造」に着目していくところにユニークさがある。深層構造は表層構造よりも一段深いところに存在しており、それは発達の普遍的な特性と言える。言い換えると、深層構造は、表層構造に通底するより一般的な発達特性のことを指す。

構造的発達理論で頻繁に指摘されているように、「複雑性」や「抽象性」というのは深層構造を示す指標となる。深層構造を対象とした測定手法の優れたところは何かというと、一言で言えば、いかなる発達領域も測定できてしまうということだ。

深層構造は全ての発達領域で共通する性質のものであるため、それが可能になる。例えば、上記の会話事例を深層構造(複雑性と抽象性)の観点で眺めてみると、会話事例2は明らかに会話事例3よりも複雑かつ抽象的であり、会話事例3は会話事例1よりも複雑かつ抽象的であることがわかる。深層構造に着目していけば、このような分析が可能になるのだ。

重要な点として、多様な知性領域に通底する普遍的な発達特性に着目することは、領域特定型の測定手法が誤りであるとか領域全般型の測定手法が正しいということを意味しない。確かに、LASはすべての発達領域を一つの尺度で測定することが可能であるが、領域固有の発達特性を除外しているのも事実である。

要するに、LASは領域固有の発達特性を捨象して普遍性と客観性を担保しているという点を念頭に置いておくことが大切となる。

表層構造や深層構造に着目する発想の仕方は、ウィルバーの構造的発想と関連していると言える。著作『アートマンプロジェクト』から始まり、 “Integral Psychology(邦訳なし)”に至るまで、ウィルバーは多様な発達構造名を提唱している。

例えば、「持続段階」「移行段階」「表層・深層構造」「基本構造」などである。持続段階は、新しい発達構造が生まれた後も機能し続ける構造を意味し、移行段階は、新しい発達構造が生まれた後に消滅してしまう構造を意味する。深層構造は普遍的な発達特性を持っているのに対し、表層構造は固有の発達特性を持っている。

基本構造は、大雑把に言うと、持続的な深層構造である。その観点から考えると、まさにLASが焦点を当てているのは、ウィルバーが述べる基本構造だと言える。

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