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191. ゼミナール受講生からの質問:スポーツと発達理論

発達理論ゼミナールの受講生の方から、スポーツと発達理論に関する大変興味深い質問をいただきました。

【受講生からの質問】

ゼミナールを受講している中で、新たな疑問が浮かびました。幼少期から高齢期まで一生涯に渡り行われるスポーツという文脈において、この成人発達理論をどう捉えたらよいのかという疑問です。

企業文脈と異なり、人間のほぼ生涯を通してスポーツコーチングという現象が現れます。もちろん参加者はスポーツへの参加時期や期間は多様ですが、スポーツは学校教育よりも長く続く可能性もあり、企業よりも早い段階から人を扱っています。

ゼミナールでは、企業コンサルなどの成人同士の関わり合いが設定になっていたと思います。しかし、スポーツという領域を考えると、この成人発達理論をどう扱っていけば良いのか。

私自身とコーチということであれば、成人同士、もしくは相手が18-24歳の人間ということになりますが、コーチとアスリートの関係を考えると、成人前のアスリートや学生を扱うカテゴリー(幼児から高校生)では、「大人たちと子どもたち」で、成人以降のアスリートを扱うカテゴリー(大学、会社人、プロフェショナル)では、「大人たちと大人たち(新成人以降)」となります。

・特に、「大人と子ども」において、アスリートの自律性を促すこと、つまり人間性理論やエンパワメント理論から、子どもたちを独立した一人の個人として扱って自律性を促すことは、健全な発達といえるのだろうかと。

・子どもを対象とするコーチは発達段階をどこまで高める必要があるのか?自律を先取りすることは害なのではないか?。もしくは、アスリートという側面と一人の人という側面を分けながら、そして、含めながら捉えるべきなのか。

【私の応答】

ご質問を送っていただきどうもありがとうございます。

発達理論は、一生涯にわたる人間の成長・発達を対象とするものであるため、生涯を通じて行われるスポーツとの親和性は極めて高いと改めて思いました。多様な発達段階の方がスポーツと関わるため、身体のみならず精神を含めた健全な全人格的発達を考慮すると、発達段階ごとにアプローチを変えていくことが理想だと考えています。

特に、成人前のアスリートを対象とする場合と成人以降のアスリートを対象とする場合とでは、意識の発達段階が大きく異なるため、アスリートとの関わり方を変えていく必要があると思います。ご指摘いただいた「自律」に関する点において、成人前のアスリートが獲得するべき「自律性」と成人以降のアスリートが獲得するべき「自律性」は、少し意味合いが違うように思われます。

例えば、10歳のアスリートに対して、発達段階4のような自律性(例:試合に向けた練習メニューを全て自分で組み立て、それを計画通りに遂行し、改善点があれば自ら改善していくこと)を求めることは、発達段階上(構造上)不可能です。10歳の子供は、発達段階3を通過する必要があり、特に「規律性の獲得」という重要な発達課題がこの時期に存在するため、その発達課題を乗り越えていくための指導が必要だと考えています。

ただし、規律性といっても、指導者から子供に指示や命令を一方的に下し、それに従わせるような意味ではなく、例えば、チームスポーツであれば、他のチームメンバーはどんな思いや考えでプレーしているのかを考えてもらう、という問いを投げかけることによって、チームの一員としてプレーや行動を行うことができるようになる、という意味での規律性を養う必要があると思います。

つまり、盲目的に指導者や他者に従属するような規律性ではなく、他者の視点を取れることによって実現される規律性を涵養するアプローチが求められると考えています。

そして、チームスポーツ・個人スポーツを問わず、一つ一つの練習の意図をアスリートに考えさせる問いやアクティビティを入れることによって、段階3の規律性と合わせて、自律的に思考する下地を作ることができるのではないでしょうか。

私の時代には、小学生や中学生を指導する方の中で、一つ一つの練習の意味や意図をアスリートに考えさせるような問いを投げかける指導者はほとんどいなかったのではないかと記憶しています。彼らが行っていたのは、上からの絶対的な指示・命令であり、そこには自ら考えて自律的に練習に取り組むような姿勢を身につけてもらう、という配慮が欠けていたように思います。

小学生や中学生において、発達段階4のような自律的な自己を確立することは不可能であっても、「自律的に思考すること」は十分に可能だと思うのです。残念ながら、私の時代においては、自律的に思考する機会を剥奪するような指導が横行していました。こうした指導は、子供達の成長・発達を支援することにつながらず、スポーツを単なる苦行に変えてしまう危険性をはらんでいると思います。

要約すると、発達段階4のような自律的な自己を確立することは、子供達にとって不可能ですし、それを指導者が強制することは、意識の発達上、害悪ですらあると思います。

しかしながら、自律的に思考すること・行動することを促すことは、子供達が一生涯をかけてより成長していくために必要であり、害悪ではないと考えています。各発達段階には、それぞれの段階に対応する自律的な思考や振る舞いが存在するため、段階ごとに異なる自律性の意味に着目し、アプローチを変えていく必要があると思います。

【受講生からの応答】

「段階ごとに異なる自律性の意味」とても興味深いところです。発達理論を知る前までは、自律とは全てにおいて自律であると考えており、自律の具体性に理解がなかったように思います。アスリートやコーチの成長の中で、自律のどの側面を発達させていくかという考えを持っておりませんでした。

暗黙的に、自己が元々備わっているもので、規律や規格化によって元々備わっている自己の発達を阻害してしまう、特に、アーティスティックやクリエイティブな側面を阻害してしまうと考えていたのかもしれません。人間性心理学に依拠した考え方だったのかもしれません。

また、このことに気づけたのが、規律という言葉に鍵があったとは驚きです。私がこれまで考えていた規律とは、決められたルールや権限に従わせることであり、権利を剥奪させてしまうものでした。しかし、今回のやり取りを通じて、規律にも様々な側面があり、身に付けるべき発達課題としての規律があるのだと気付きました。ありがとうございます。

これまでの私の大学や大学院でのコーチ教育の支援実践では、アスリートの自律性を促すコーチングをすることを推奨してきていました。その中で、規律を重要視してきたコーチが厳しい規律をやめて自主性を重視して取り組んだところ、指導が放任的や無関心的になることが何度か見受けられました。しばらく経つと、暗黙的に成果優先になってしまったり、成果が出なくなると自律は不必要だと考えてしまったりするケースがありました。

この場合では、我々のチームが送った自律というメッセージが画一的だったため、コーチに間違った理解をさせてしまったのかもしれません。また、大学生アスリートとなると、盲目的に指導者に従ってプレーすることでパフォーマンスを高めてきた子も中にいることから、その子たちからの拒否反応を自律性の浸透がうまくいかない理由と考えてしまうことがありました。

原因は、こちらの自律と規律の理解の低さだったのでしょう。とても反省させられるところです。段階に合わせた自律と規律の支援について、もっと学んでいきたいと思います。

自分の言葉でうまくまとめたいのですが、整理や表現がうまくいかなく非常に苦しいですね。しかし、成人前のアスリートにおける自律と成人以降のアスリートにおける自律の違い、そして、発達課題としての規律についての理解が以前よりも深まりました。

発達段階から見ると非常に整理されますね。やはりスポーツやスポーツコーチングに対する発達理論が持つ意味が大きいですね。今後も学んでいきたいと思います。ありがとうございました。

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