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187. 嘔吐


人間の無意識というのは実に不思議なものである。顕在意識では決して理解できない多種多様な現象が生起する場としての無意識。

ニーチェが指摘するように、深淵を覗き込もうと思った瞬間に、深淵から覗き込まれているという陰陽的関係性が脳裏に浮かぶ。無意識を覗き込もうと思った矢先、無意識からすでに覗き込まれているという感覚。

母国が悲痛な叫び声を発している。それに気づいたのは、アメリカでの4年間の生活が終わりにさしかかっていた頃だった。

私の顕在意識を通じて母国からの悲痛な叫び声を受け取ったのではなく、私の無意識を通じてそれを受け取ったのだ。どんな現象が身に降りかかったのか、今でも鮮明に覚えている。

ロサンゼルスから日本に帰国することを決意した数ヶ月前から、夢の中で嘔吐し続ける自分がそこにいた。決して胃の中から内容物を嘔吐するのではなく、大きなえずきと共に目を覚ますという夢である。

帰国する数ヶ月前から帰国後半年間にわたり、定期的にこの夢を見ることになった。

当初は、帰国することを拒絶しようとする自分を象徴した夢なのか、逆に、母国が自分を拒絶していることを象徴した夢なのかもしれないと解釈していた。実際に、夢の中での嘔吐の様子は、自己の存在から自分の内側にあってはならぬものを外に吐き出すような姿だった。

しかし、日本でこの一年間生活をしてみて、その夢解釈は正確性を欠いたものであったことが歴然と判明した。ユング的な解釈を施すと、どうやら私の無意識は、精神病理や体制の歪みに苦しむ日本の集合的な無意識と結合していたようだった。

つまり、夢の中の嘔吐は、日本が私に対して投げかけてきた悲痛な叫び声を表現したものであったように思え、それは私個人の嘔吐ではなく、母国が異質なものを体外に吐き出そうとし、自己の健全性をなんとか回復させようとする懸命な試みに思えた。

日本を覆う、このドロドロとした病的な精神風土やガタガタと崩壊しそうな諸々の虚飾の仕組み。東京で一年間過ごしながらそんなことを感じた。

特に、日本の心臓部としての役割を担う東京は、私にとってとても不健全なものに映っており、その不健全さは日本という身体全体に感染し、母国は救いを求めているような気がしてならないのだ。

こうした解釈も大変主観的なものではあるのだが、この強烈な感覚を疑うことは今の自分にとって極めて困難である。私のこれからの探究活動は、母国の精神病理や体制の歪みの治癒に結びつくようなものにしたいと強く思う。

不思議なことに東京で生活を始めて半年後、この嘔吐現象はピタリと止んだ。「あぁ、自分は毒を十分に浴び切り、免疫ができたのだ」と思った。毒と同一化していては、この毒が持つ根源と治癒方法の解明はできない。

そんな考えが頭をよぎった瞬間、日本を離れるべき潮時に来たと察知した。

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