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175.ハーバード学派とフランクフルト学派の発達思想:甘い香りと苦い味


拙書 『なぜ部下とうまくいかないのか:「自他変革」の発達心理学』の帯文の中で、私の師匠の一人であるオットー・ラスキーが言及しているように、私はハーバード学派とフランクフルト学派の発達思想に強く影響を受けている。私の発達思想は、両者の学派によって育まれたものであると言っても過言ではない。

ハーバード学派の発達思想とは、道徳的知性の研究で功績を残したローレンス・コールバーグを筆頭に、コールバーグの弟子であるキャロル・ギリガンやロバート・キーガンたちによって拡張された構造主義的発達心理学の枠組みに基づいた発達観である。

一方、フランクフルト学派の発達思想は、"Dialectic of Enlightenment(邦訳「啓蒙の弁証法」)” の著者であるマックス・ホルクハイマーとテオドール・アドルノが創始した哲学思想に由来する。最近私が関心を寄せているヨルゲン・ハーバマスはフランクフルト学派の出身であり、何より私の師であるラスキーは、ホルクハイマーとアドルノに直接師事をして博士号を取得している。

要するに、私は、キーガンを筆頭にしたハーバード学派の発達思想のみならず、フランクフルト学派の発達思想からも多大な影響を受けているのだ。そう考えてみると、これまでの私の探求活動は、両学派が形成してきた発達思想の系譜の中に位置付けられるのだと思う。

どちらの学派も人間の知性発達に関する論考を数多く残しているが、どうも両者の思想が持つ香りと味は相当異なる気がしている。言い換えると、両者の発達思想が持つベクトルの方向性が違うように思えるのだ。

端的に述べると、ハーバード学派の発達思想には、どこか甘い香りが立ち込めているような感覚を受ける。「上へ上へ」という上昇的な発達観とでも呼べるだろうか。

要するに、ハーバード学派の発達思想は、「発達することは善である」という安直な思想を信奉する傾向がある、あるいは、意識の高度化に伴う危機意識が希薄のように思えるのだ(しかし、ハーバー大学教育大学院で博士号を取得したザカリー・スタインは、自らが所属する学派のそうした思想傾向に対して確固たる警鐘を鳴らしているという点において、本当に優れた哲学者だと思う)。

一方、フランクフルト学派の発達思想は、どことなく苦々しい味がする。人間の知性発達という観点から、”Dialectic of Enlightenment”という書籍を読み返すと、ホルクハイマーとアドルノは、知性の高度化に伴う危険性を見事に掴んでいたのだとわかる。

ホルクハイマーとアドルノは、人間が合理的な知性を獲得したにもかかわらず、なぜ人々はナチスのような野蛮へ走ったのかという原理を考察している。ホルクハイマーとアドルノの思想には、まさに、意識の高度化によって暴走した人間に対する省察が刻印されている気がするのだ。

両者の思想に長らく触れて思うのは、ハーバード学派の発達思想は知性発達の光の側面に焦点を当てる傾向が強く、フランクフルト学派の発達思想は知性発達の闇の側面に焦点を当てる傾向が強い、という大きな違いがあるということだ。

そうしたことを考えると、知性発達に伴う光と闇を的確に捉えた哲学思想を展開しているザカリー・スタイン(Zachary Stein)は稀有な存在であるし、発達理論をこれから学ぼうとする日本の方々にとって、彼の思想は多大な洞察をもたらしてくれると思う。

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