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130. 人間としての器の成長と実務能力の成長


ハーバード大学教育大学院に在籍する発達心理学者ロバート・キーガンとカート・フィッシャーはともにピアジェから影響を受けた構成主義的発達論者ですが、両者が研究対象とする領域は若干異なります。ケン・ウィルバーが “Integral Psychology (2000)”で提示した発達理論の比較表を眺めてみると、やはり両者は異なる知性領域を扱っていると言えます。

確かに人間の意識に存在する多様な知性領域はどれも相互依存的であるため、明確に領域を区別することは困難です。国や地域によって、虹の色が7色だと認識されているところもあれば5色のところもあるでしょう。

また、仮に7色であったとしても各色の間にはグラデーションが存在します。虹の色を切り分けるのが困難であるのと同様に、発達領域の切り分けも難解な作業となります。

こうした事情を考慮しつつ、あえてキーガンとフィッシャーの対象領域を切り分けるならば、キーガンは自己認識力と他者認識力の成長に着目し、フィッシャーは私たちが社会生活を営む中で発揮する諸々のスキルの成長に着目していると言えます。

企業社会を例として言い換えると、キーガンはリーダーとしての器の成長に焦点を当て、フィッシャーはリーダーが発揮する具体的な実務能力ー意思決定能力、問題認識能力、問題解決能力、共同能力などーの成長に焦点を当てています。

さらに両者が対象としている領域の微妙な差異を指摘すると、キーガンもフィッシャーも確かにピアジェから影響を受けているのですが、フィッシャーの方がピアジェからの影響を強く受け、キーガンはモラルの発達段階理論を提唱したローレンス・コールバーグに強く影響を受けていると思います。

キーガンはコールバーグの思想を受け継ぎ、自己認識能力と他者認識能力の二つの軸を行き来する意識の進化・発達プロセスを明らかにしたのに対し、実際に「新ピアジェ派」と呼ばれるフィッシャーはピアジェの思想を受け継ぎ、純粋に認知能力の進化・発達プロセスを明らかにしています。

また、両者が用いる発達測定手法も各々独自性があります。キーガンはコールバーグが産み出したモラル測定インタビューの手法を元に「主体・客体インタビュー」という測定手法を開発しました。

一方、フィッシャーはダイナミックスキル理論を元にして、言語で表現されるものであればいかなるものでも測定可能な手法を開発しています。基礎となる理論モデルが異なれば、それに立脚する測定手法も異なるというのは納得できます。

結論として、両者の間には対象とする知性領域の違い、強く影響を与えた人物の違い、測定手法の違いなどがあります。キーガンは人間力を対象とし、フィッシャーは現実世界の様々な文脈で発揮される実務能力に焦点を当てているということだけ掴んでいただければ、要点を外していないと思います。

【追記:人間力と実務能力の相関関係】

キーガンの発達理論とフィッシャーの発達理論の双方をレクチャーする際に、両者が対象とする知性領域の相関関係について尋ねられることがあります。つまり、人間としての器と実務能力には相関関係があるのかどうかという問いです。

この問いに対する研究はそれほど進んでいないので、推測の範囲内ですが、フィッシャーが対象とするスキル領域の中でキーガンが述べるところの自己認識力・他者認識力と強い関係がある実務能力であれば、両者の間には相関関係がありそうです。

例えば、リーダーが他者と共同する能力は、自分が他者をどのように認識しているか、そして他者が自分をどのように認識しているかという認識能力が求められるため、両者の間には強い結びつきがある可能性があります。

逆に戦略思考能力を例にとると、両者の結びつきはそれほど強いものではないでしょう。もちろん、戦略思考能力を発揮するためには様々な視点や観点を認識する必要がありますが、人間力が色濃く出てくるというよりも、純粋にピアジェ的な認知能力が発揮される知性だと考えられるため、両者の相関関係はそれほど高くないかもしれません。

要するに、フィッシャーが述べるスキル領域のうち、どんな認知スキルを取り出すかによって、それがキーガンで言うところの人間力と強く結び付くこともあれば弱く結び付くこともあるということです。

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