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120. 発達理論の動向に対する雑感:静かに進行するフラットランド化


私はアメリカの思想家ケン・ウィルバーから多大な影響を受け、人間の意識の発達という領域に関心を持つに至ったわけですが、ウィルバーのインテグラル理論の枠組みを通して、現代の発達心理学の動きを俯瞰的に眺めてみると、「発達心理学が持つゾーン2の役割が洗練される一方、心の内面領域の探求において、密かにフラットランド化が進行しているのでは」という印象を持っています。

この主張がどういう意味かを議論する前に、ウィルバーが提唱した「8つのゾーン」について簡単に説明すると、ウィルバーは、そもそも現実世界は4つの象限から立ち現れる相互に影響を与え合う現象から構成されているという「4象限モデル」を提唱しました。そして、ウィルバーは、「内面/外面」「個人/集団」という4つの象限を構成する領域をさらに細分化し、8つのゾーンというモデルを提唱しました。

この8つのゾーンのモデルの中で、発達心理学はどこに位置するかというと、個人の内面領域の中の「外面」領域(ゾーン2)にあたります。発達心理学は個人の内面領域の中の「内面」領域(ゾーン1)を扱うのではと誤解しがちなのですが、実際にその領域を担当するのは、フッサールらが述べるところの現象学などです。

このあたりの議論については、"インテグラル理論入門II(春秋社)”や ”Integral Spirituality (Wilber, K., 2006)”に詳細な説明があります。

本題に戻ると、ウィルバーの8つのゾーンモデルにおいて、発達心理学はゾーン2を専門とします。本来、発達心理学はゾーン2の領域を扱うものなのですが、これまでの発達心理学の偉人たち——例えば、ジェームズ・マーク・ボールドウィン、ウィリアム・ジェイムズ、ロバート・キーガンなど——は、発達心理学という領域を超えて、現象学的な領域(ゾーン1)を含めた意識の発達について探求していました。つまり、彼らは意識の構造的な特性のみならず、意識の中で起こる純粋な経験についても探求していました。

それに対して、近年では、ダイナミックシステム理論という応用数学の一分野が、発達心理学の領域に取り入れられ、内面領域の現象を数学という客観的な言語で記述しようとする動きが広まりつつあるように思います。

つまり、心を扱う学術領域の細分化と専門化がさらに推し進められ、心の構造特性を解明しようとする発達心理学の先端領域においては、構造特性の記述に用いられる道具がより客観性を重視するような傾向になってきています。

ダイナミックシステム理論という応用数学が発達科学に取り入れられることによって、人間の意識進化の解明に対して、新たな境地を切り開いているのは間違いありません。しかし、ウィルバーがインテグラル理論を打ち出した当初に危惧していた「フラットランド化」が、個人の内面領域の探求を専門とする左上象限の内部でも静かに起きつつあるのかもしれないという危惧があります。

とかく応用数学を発達科学の領域に活用する際に問題になるであろうことは、数学言語があまりに強力であるばかり、その限界性に盲目となり、個人の内面領域の中の「内面」領域を抑圧し、個人の内面領域の中の「外面」領域ばかりに焦点が当てられてしまうという危機です。

現在、自らの研究にダイナミックシステムアプローチを採用している身として、内面領域の探求世界で密かに進行しつつあるフラットランド化には細心の注意をしながら探求生活を続けていかなければならないとふと思いました。

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