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119. 成人への教育・トレーニングに対する新ピアジェ派の理論の活用


これまでの記事で新ピアジェ派の根幹思想や様々な概念・理論を紹介してきました。仮に皆さんが成人へ教育・トレーニングを提供する立場にあるならば、どういった気づきや発見事項があったでしょうか?また、皆さんの実務の現場にそれらを活用させる方法に関して、どういったアイデアが得られたでしょうか?

「新ピアジェ派」という一見すると仰々しい学派名が付されていますが、新ピアジェ派の思想はそれほど難解なものではありません。構成主義的な立場と発達をダイナミックなものとする立場を踏まえて、新ピアジェ派が述べているのは、私たち成人は、与えられた学習内容やタスクに応じて、様々な認知レベルを示し、学習内容やタスクに対する解釈や理解度が認知レベルに応じて異なるというものです。

この点を考慮すると、どういった形式で教育やトレーニングを施すのが望ましいでしょうか?一例として、ビジネススクールなどでよく用いられているケーススタディを使って教育・トレーニングを行う場合、ファシリテーターは、様々な点に配慮しながら議論を導いていく必要があります。

仮にA社とB社の経営戦略を比較するケースを取り上げるならば、学習者によって議論の視点やアプローチの仕方が当然異なります。新ピアジェ派の観点からすると、例えば、フィッシャーの表記で言うところの「単一抽象段階(レベル9)」の学習者は、抽象的な事柄を二つ同時に思考することができません(注意点として、多くの成人はレベル9以降です)。

つまり、A社の経営戦略は何かを特定することはできますが、B社の経営戦略と比較するという思考形態はまだ備わっていません。

そして学習者が「抽象配置段階(レベル10)」になってくると、二社の経営戦略を巧みに比較することができるようになります。より高度な「原理・原則段階(レベル12)」に到達すると、二社の経営戦略を比較するだけではなく、そもそもそれらの経営戦略がどのような背景や文脈の上に成り立っているのかを考慮した議論が可能になってきます。

世間では「多様な視点」ということが強調されますが、安易に多様な視点と一言で括ってしまう場合、多様な視点が本来持つ構造上の差異が蔑ろにされているケースをよく見かけます。

つまり、ファシリテーターあるいは教師・講師として議論を導いていく場合、学習者の発言がどういった認知構造から生み出されたものであるのかを考慮するだけでも、より建設的な議論がなされるのではないでしょうか。

特に成人以降において、各人が持つ経験や知識量の差が拡大し、認知レベルの差にもばらつきがあるのは避けることができません。こうした状況を鑑みると、成人に対して教育やトレーニングを提供する者に求められるのは、学習者の構造上の差異を適切に把握し、自らの実践を通じて、新ピアジェ派が提供している理論や概念を積極的に応用させていく姿勢だと思います。

これまで紹介してきた通り、幸運にも新ピアジェ派は、成人に対する教育やトレーニングに応用可能な様々な概念や理論を提供してくれています。

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