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90. チャールズ・ダーウィンの進化論の発達過程:カート・フィッシャーのスキル理論の観点から


これまでの記事で、科学分野の電磁石に関する理解やソフトウェアのSASスキルの発達について、カート・フィッシャーの段階表記を説明しました。今回は、チャールズ・ダーウィンがどういったスキルレベルを経て、進化論を完成させたのかについて紹介したいと思います。

発達心理学者のヴァン・ガートは、ある一人の人物の発達を詳細に分析することによって、動的な発達過程を明らかにすることができると述べており、ダーウィンという一人の学者がどのように自然選択による進化論を完成させたのか紹介したいと思います。

ダーウィンは、1831年、22歳の時に、ベーグル号に乗って5年間にわたる航海へ出発しました。ダーウィンは、航海の過程で出会った様々な自然現象を観察・記録し、旅を続けました。実際には、1839年の段階で、ダーウィンは種の進化に関する理論の大枠を構築していたのですが、1859年に出版された「種の起源」まで理論を改訂し続けました。

結論から述べると、ダーウィンが残していたノートから分析すると、1839年の時点で自然選択に関する法則をすでに記述していた点において、ダーウィンはフィッシャーのスキルレベルで最も高度な「原理・原則段階(レベル12)」に到達していたと言えます。

ベーグル号での航海を始める直前において、ダーウィンは、当時における他の科学者と同様に、慣習的な宗教観に即して世界を認識していました。具体的に述べると、ダーウィンは、神は二つの異なる世界(物質で満ちた物質界と生き物で満ちた生物界)を創造したと信奉していました。

これら二つの世界は、神の法に基づいて存在しており、両者は区別されて認識されていました。スキルレベルの観点から述べると、、二つの異なる世界を認識することができているが、両者の相互関係を認識することができていない点において、当時のダーウィンの世界認識方法は「単一抽象段階(レベル9)」であったと言えます。つまり、ダーウィンは、フィッシャーで言うところの「単一抽象段階(レベル9)」のスキルレベルから進化論の構築を開始したと言えます。

その後、ベーグル号での旅を続ける中で、ダーウィンは両者の相互関係に気づき始めました。ダーウィンは特に、環境の変化によって、例えば欠陥のある羽を持った鳥は、その環境に上手く適合することができず、その種を死滅させる傾向があることを発見しました。つまり、この発見が示唆していることは、環境的な変化と生物の変化は密接に関係し合っているということです。

このように、二つの世界が相互に影響を及ぼし合っているという洞察を得たダーウィンは、少なくとも単一抽象段階(レベル9)を超えて、抽象配置段階(レベル10)に到達していたと考えられます。ダーウィンは、その後も観察を続け、この洞察をより深めていきました。

次に重要な発見事項は、ガラパゴス諸島に生息するフィンチのくちばしに関する発見です。ダーウィンは、異なる食性を持つフィンチはくちばしの形が異なることを発見しました。さらに、各々のくちばしの形は、その環境で食物を得る際に最も適切な形であることを発見しました。

つまり、環境に適応するために、フィンチはくちばしの形を最も最適な形に進化させていたということです。また、ダーウィンは、化石の分析に関する知識を基にして、種がどのように進化していくのかを考察し、現在の種と以前の種がどのように関係し合っているのかを解き明かそうと試みていました。

このように、ダーウィンは、いくつかの独立した学問領域を行き来し、進化論に関する洞察を得ていた点を考慮すると、この時期において「抽象システム段階(レベル11)」に到達していたと推測できます。

その後、ダーウィンは、無数の概念を組み合わせたり、時には不要な概念を排除しながら、彼の進化論をより洗練させていきました。ダーウィンは、新たな自然法則を構築することに四苦八苦しましたが、複数の複雑な概念(サンゴ礁の生態系、フィンチのくちばし、化石の分析を基にした種の進化)を関係付けるだけではなく、それらの概念を一つの法則としてまとめあげる(抽象化する)ことによって、最終的に「自然淘汰による生物種の進化」という法則を打ち立てました。

この段階において、ダーウィンは「原理・原則段階(レベル12)」に到達していたと考えられ、様々な学問領域を横断しながら、物質界と生物界におけるあれだけ複雑な関係を見事に分析し、当時において画期的とも言える進化論を構築するに至りました。

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