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86. 自然発生的に獲得されることのない形式論理思考:構成主義的発達理論の功罪〜進化心理学の観点より


成人以降の心の発達について講義を行うたびに、世の中の成人の多くはどの発達段階にいて、その発達段階に留まっている要因は何かを頻繁に質問されます。カート・フィッシャーら、文脈依存型の発達モデルを提唱している理論家の議論を脇に置いて、発達心理学者のロバート・キーガンの発達モデルで言えば、多くの成人は5段階中の3段階目に意識の重心を置いているとされています。

発達段階3は、別名「他者依存段階」あるいは「慣習的段階」と呼ばれるように、他者に依存すること無く、自分独自の価値体系を構築することができません。発達段階3の人々は、「善良な市民」と呼ばれることもあり、彼らは社会規範に忠実であるため、社会の秩序にとっては非常に望ましい存在です。

こうした点を考慮すると、社会という集合意識が成人の発達段階を3に留めようとする吸引力を持っていることは確かにあると思います。私もそのような論理を用いて、多くの成人が発達段階3に留まっている理由を説明することがよくあります。

しかし、ピアジェの構成主義的発達理論にばかり囚われていると、それ以外の要因が覆い隠されてしまう危険性があります。未だ成人の多くが到達できていない発達段階4は、ピアジェが言うところの「形式論理思考(帰納的思考や仮説検証的思考をおこなう能力)」という思考形態を要求します。

ピアジェに起源を持つ構成主義的発達理論に執着していると、どうして形式論理思考の獲得が難しいのかという理由が隠蔽されてしまう可能性があります。ここで心の発達を違った視点、例えば進化心理学の観点からこの問題を眺めてみると、違った理由が考えられます。

基本的に、ピアジェを母体とする構成主義的発達理論では、ある発達段階における発達課題と格闘しながら、次の発達段階に到達するという思想が根付いています。つまり、発達という現象はある種、自然発生的な現象と捉えられています。

実際に、形式論理思考という高次の思考形態も自然発生的に生まれてくると考えられています。しかしながら、多くの成人が形式論理思考を獲得できていない実情を鑑みると、こうした自然発生論的発想はどこか誤っていると考えられます。

進化心理学者のジェレミー・ジェノバの考え方を用いると、形式論理思考の前段階にある「具体的操作思考」は、自然発生的に獲得される生物学的に主要な能力であり、形式論理思考は生物学的に二次的な能力であるために、形式論理思考は自然発生的に獲得されることがないと言えます。

つまり、形式論理思考は、決して自然発生的に獲得されるものではなく、絶え間ない鍛錬と教育的介入を持ってして初めて獲得されるものなのです。現在、日本の高等教育の基盤が脆弱になっていることが指摘されていますが、高等教育の場こそ、こうした高次の思考形態を獲得するための訓練場となるべきです。

形式論理思考というのは、学習者の内在的な学習動機に依存するような高等教育で獲得されるほど生易しい思考形態ではありません。高等教育の場は少なくとも、教育のテクノロジー的側面、つまり、確固とした学習(トレーニング)プログラムや型の提供などの外在的な介入を通じた、思考鍛錬の場としての役割を果たす必要があると思います。 質問・コメント・記事の共有をご自由にしていただければ幸いです。

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