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81. オルタナティブ教育から得られる第二言語獲得に関する洞察:身体性と言語獲得


私自身の経験を振り返ってみると、米国に滞在して現在4年目になりますが、英語という第二言語を獲得したと呼べる段階には至っておりません。実際のところ、未だに少しずつではありますが、自分の言語力が常に進化しているのを感じています。

英語空間と日本語空間を日々行き来する生活を送っていると、英語という第二言語のみならず、母国語の日本語までも進化を止めることなく、どこか発達し続けている様子を見て取れます。こうした言語に対する関心から、既存の教育システムだけではなく、オルタナティブ教育において、どのように言語の発達を支援しているのかについて関心を持っています。

シュタイナー教育やモンテッソーリ教育で提供しているリテラシープログラムを見てみると、私自身が経験的かつ直感的に感じていた「言語獲得における身体性」の大切さを具現化しているプログラムだと感じます。

自分の経験を思い出してみると、英語空間に参入した当初日々嘆いていたのは、言語が魂に響いてこない、あるいは身体感覚を通じてほとんど何も感じないという点でした。聴く音・話す音ともに、どこか自分の身体感覚から遊離し、聴く音が無機質な記号体系に感じ、話す音はどこかに着地することなく、虚空の彼方に響くような印象を持っていました。

このような若干抽象的なレベルではなく、英語を発音する際の舌の筋肉の重要性を考慮すると、言語の獲得が身体と密接に関係していることがわかります。英語を発話することに関して、やはり日本語と違う舌の動かし方をするため、英語を発話するための舌の筋肉トレーニングはとても大切であると経験から感じています。

意識的に舌の動き、舌の筋肉を鍛えることにより、自分の話す英語がより身体と密接に結びつき、腑に落ちるような発話、あるいは地に足がつくような安定感のある発話に変化していったのを覚えています。シュタイナーやモンテッソーリが強調しているように、言語というものが身体と密接に結びついている以上、身体を通じた言語学習をおこなうことは非常に大切です。

一般的に、幼少期の方が第二言語を獲得しやすいというのは、身体的な発達の最中に言語を獲得しようとする試みがおこなわれているからだと考えられます。つまり、舌の筋肉にせよ、言語を司る脳の一部分にせよ、それが大人に比べると柔軟であり、成長過程にあるため、幼少期の方が大人よりも第二言語が獲得しやすいのだと思います。

しかし、ここまでの議論は主にグロスボディ(粗大な身体)から第二言語獲得について見てきましたが、サトルボディ(微細な身体)から言語獲得プロセスを見ると、また違った洞察を得ることができます。個人的な経験から思うのは、グロスボディを通じた言語獲得は、その言語の文法構造を身体に浸透させ、身体を通じて言語を感じ、反射的に発話をしたり、聴くという行為を促すため、初期の言語発達において極めて重要な意味を持ちます。

しかしながら、より高次の言語構造の獲得、より複雑かつ抽象的な言語空間にアクセスするためには、グロスボディだけを鍛錬していては、そこに到達することはできないと思います。興味深いことに、ヨガの行者として、あるいは禅の行者として、サトルボディを長年鍛錬することによって、グロスボディだけではアクセスできない言語空間が確かに存在しているということを実感しています。

シュタイナーやモンテッソーリのリテラシー教育に対する思想に触れれば触れるほど、身体を通じた言語獲得がいかに重要かに気づかされます。特に、グロスボディだけではなく、より微細なサトルボディ、あるいはコーザルボディの身体感覚において、言語感覚を包括的に養っていくことが言語獲得に求められるのではないでしょうか。 質問・コメント・記事の共有をご自由にしていただければ幸いです。

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