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11619-11628: フローニンゲンからの便り 2023年12月16日(土)



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タイトル一覧

11619. 今朝方の夢

11620. 今朝方の夢の続き

11621. シヴァの置き物とヒンドゥー教の天地創造神話

11622. シヴァと自分との繋がり

11623. 共有夢/クラシック音楽と自身の死と再生

11624. 夢と絶えず一体化している私たち/ふとやって来た宇宙論のイメージ

11625. シロシビン・マッシュルームがオンラインゼミナールにもたらす予期せぬ肯定的な影響に驚いて

11626. 集合学習を促進するシロシビン・マッシュルームの効果に注目して

11627. 今後のゼミナールに期待すること

11628. 導き/円環的覚醒プロセスの流れの中で/クラシック音楽を友として


11619. 今朝方の夢     


時刻は午前4時を迎えた。今週も気がつけば週末を迎えていて、時の着実な進行を実感する。その時の流れはクロノス時間によるものではなく、自分の内側のカイロス時間によるものとして知覚されている。内側の時の流れは外側の流れに左右されず、しっかりと己の足で進行している。あるいは、己の翼でゆっくりと飛翔する形で進行していると言えるだろう。こうした時の流れをすこぶる大切にしたい。自分自身がその時の流れ自体であることもあり、内側の時は流れておらず永遠を体現しているようにも感じられる。有機的に流れゆく内側のカイロス時間の中に流れのない永遠を見出すこと。それが成長においていかに重要なことか。そして己の人生を歩む上でどれだけ大事なことか。自分は永遠を体現した存在。永遠に基づいて日々の取り組みに従事する。


今の気温は5度だが、今日は9度まで気温が上がる。今この瞬間は晴れているようだが、日の出の午前8時半まではほぼ何も見えない状況なので、今どれだけ晴れているかの判断はつきようがない。しかし、外が晴れていると知るだけで見えてくるもの、感じられるものがある。天が雲を介さず直接見守ってくれているという感覚。それは安心感を自己にもたらし、天への感謝の気持ちを醸成させる。


今朝方は1つ印象的な夢を見ていた。夢の中で私は、大学時代のゼミの先輩と偶然に再会して、久しぶりの再会を祝う形で話に花が咲いていた。その先輩は学年として1つ上だったのだが、大学3年生の時に1年間ほどイギリスに留学していたので、ゼミでは同じ学年として最後の1年間を過ごした。先輩は卒業後、メーカー勤務を経て、転職して名門コンサルティング会社に就職していた。


久しぶりに再会してお互いの仕事の話でもするのかなと思っていたところ、仕事ではなく、仕事とは離れて自分たちが今関心を寄せて勉強していることをテーマにして話を始めた。すると先輩のイギリス人の彼女がサイケデリクスに関心があるらしく、その話を先輩が切り出してきたので驚いた。その先輩は気配りの能力に長けており、またコミュニケーション能力にも長けていて、誰かと話をする際には相手の関心が何なのかを事前に入念に調べた上で会話を進めていくことを心掛けていることが伝わってくる人だった。先輩はきっと、私の最近の様子を調べ、自分がサイケデリクスに関心を持って研究していることを事前に知っていたのだと思う。それと偶然が重なって、先輩の彼女がサイケデリクスに関心を持っていたことからそのような話題を切り出したのだろうと思った。イギリスでは、サイケデリクスは依然として厳しく規制されているのだが、多くの一般人がそれに対して関心を寄せている。規制はされているものの、何らかのサイケデリクスを摂取したことがある人はイギリスの中ではかなりの割合を占める。先輩の彼女もそんな1人だった。そこからしばらくはサイケデリクスの話で持ちきりだった。そのような場面があったのを覚えている。フローニンゲン:2023/12/16(土)04:28


11620. 今朝方の夢の続き


昨日に無事にハーバード神学大学院(HDS)への出願を終え、一夜が明けた。今はまだ午前4時半を迎えたところなので、夜明けはまだまだ先であるが、いずれにせよ出願を終えた翌日を迎えてみると、自分の心はいつもと変わらずに穏やかだ。HDSへの出願もまた自分の人生においては必然の流れだったように感じられる。その結果もまた必然のものなのだろう。もちろん出願したからには合格通知を得たいものだが、どのような結果であったにせよ、それはこの人生において必要不可欠なことなのだと思う。自分が経験する事柄で必要不可欠なもの以外を見つけることはできない。全てが必要不可欠なものとして人生の中に起こる。一見偶然に思えることの中にも、その因を無限に辿っていけば、何かしらの因を見つけることができるだろう。無数の因がこれまた無数の階層の中で相互作用しているために、本来は因の特定は困難を極めるが、全て何かしらの因によって体験がもたらされるのではないかという認識を自分は強く持っている。偶然の入り込む余地はないのか。偶然が入り込む余地はある。必然を必然と認識していなければそれは偶然となる。そのように考えると、必然と偶然は1つの円を構成していて、陰陽のような姿をしていると言えるかもしれない。この世界は自分の認識次第でどこまでも必然となり、逆にどこまでも偶然となる。必然と偶然を決めているのは、自らの因果特定能力によるのではないだろうか。


先ほど1つ夢を振り返っていたが、夢にはまだ続きがあるのでそれについても振り返っておきたい。夢の中で私は、少し薄暗い大学教室の中にいた。私は母校の入試の試験監督をしていて、ひょんなことから自分も問題を解いてみることになった。最初に取りかかったのは得意としている英語だった。英語の問題用紙を開き、ざっと全ての問題に目を通したところ、自分が受験生だった頃よりも問題数が増え、試験時間も増加していることに気づいた。英語以外に得意としていた数学に関しては、もはや受験生時代の力はないと思っていた。確かに、オランダの大学院では応用数学を用いた研究をしていたが、研究で使う数学と入試問題を解くための数学とでは随分と質が異なる。そうしたことから数学の問題を解くことにはあまり期待をせず、まずは目の前の英語の問題を楽しみながら解いてみようと思って問題に取りかかった。大問1は結構空欄補充問題が多く、見た感じ空欄に埋める単語は意味が否定的なものなのか、肯定的なものなのかによって分類すれば速やかに補充していくことができそうだぞという方針が立った。その方針に沿って空欄を埋めていこうとすると、意外とその問題が難しく、完全正解しているかどうかは怪しかった。そこから和訳問題に取り掛かろうとすると、空欄補充に思った以上に時間を使っていたことがわかり、まだ大問1なので、これは少しペースを上げていこうと思った。そこからも大問2、大問3、リスニング問題、そして英作文問題と続くため、随分と長丁場の試験になりそうだと思ったところで目が覚めた。フローニンゲン:2023/12/16(土)04:55


11621. シヴァの置き物とヒンドゥー教の天地創造神話

   

前回のシロシビン・セッションを受けて、シヴァ神への関心が高まっている。昨夜読み返していた文献の中に、シヴァを表現したオブジェの写真が掲載されていた。その作品解説を読むと、シヴァの足下には無知の悪魔がいて、それを踏み潰しているとのことだった。日々自分の無知さと格闘する中で自己探求と世界探求を進めている自分を象徴しているような表現だった。無知さを認識し、無知さに屈しないこと。そして自分の無知さを超克していくこと。個人としてそれを行いながら、社会全体としても種々の無知さを克服していくことが求められている社会の中で、自分はとりわけサイケデリクスに関する自分の無知さと社会の無知さを乗り越えていく試みに十全に従事したいと思う。文献の中で描かれていたシヴァのオブジェはとても魅力的で、その他にも色々なシンボルが隠れていることに気づいた。シヴァを取り巻く円は生と死のサイクルを象徴しているらしく、シヴァの近くにいる数匹のヘビたちはコスミックエネルギーを象徴しているとのことだった。それを受けてますますシヴァに関心を持ち、写真にあるようなオブジェを手元に置いておきたいと思ったので、シヴァの小さい置物を購入することにし、早速昨夜注文をした。来週の初旬には早速届くようなので、書斎の机の上のいつでも目に入る場所に飾っておき、シヴァからエネルギーをもらい、自らがシヴァであるという自覚を強めていこうと思う。


そこからシヴァに関する文献の記述を読み進めていったところ、インドやネパールにおいては、カンナビスがシヴァの象徴として崇められていることを知った。シヴァの色がなぜ青いのかについては、ヒンドゥー教における神話と絡んでいる。ヒンドゥー教における天地創造の神話では、不老不死の霊薬「アムリータ(amrita)」を作るために「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」を起こすことになった。乳海攪拌によって山々の樹木や草花が海に流れ込み、それが毒となって、シヴァはそれを飲み込むことによって青く変色されたと伝えられている。アムリータはソーマとも呼ばれていて、それは植物起源のサイコアクティブな物質とされているが、それが実際には何の物質かは特定されていない。植物ではなくて、青く変色する性質を持つシロシビン・マッシュルームではないかという説も候補として挙がっている。いずれにせよ、シヴァはサイケデリクスとも密接に関係している存在なのだ。そんなシヴァはカンナビスともゆかりがあるとされている。ヴェーダにおいても、シヴァにカンナビスを捧げる儀式についての記述がある。また、シヴァはそもそもカンナビスの摂取によって酩酊状態となり、コスミックダンスを踊ったという説もある。シロシビン・マッシュルームだけではなくカンナビスについても研究を進めている自分にとって、シヴァは本当に導き役となる大きな存在だということを改めて実感している。そんなシヴァの置き物が届くのがとても楽しみである。フローニンゲン:2023/12/16(土)05:26


11622. シヴァと自分との繋がり


モーニングコーヒーを先ほど淹れ、今それをすすりながら一息ついている。今日の第59回目のクラスが始まるまでの時間は読書に充てたい。バーナード・カストラップの書籍の再読をしながらリサーチノートを拡充させていき、必要であれば日本語でも日記を書き留めておきたいと思う。


サイケデリクスに関して思う存分に論文を執筆する日が近づいている。その日が本当に自分にやって来たら、少なくとも毎月1本のペースで何かしらの論文を執筆していきたいと思う。査読付き論文を執筆する中で自分の考えがどんどん整理され、より考えが深まるだろうし、レビューアーからのフィードバックによってまた研究が広がっていく。書き溜めた一連の論文を書籍化することも検討していて、ここからは英語空間への貢献を強く意識したいと思う。英語の論文と英語での学術書の執筆。それを近い将来に必ず実現させよう。


シヴァについて改めて調べていると、シヴァの別名は「吉祥(きっしょう)者」であることを知った。偶然ながら「吉祥」という言葉がつく東京の吉祥寺で幼少期を過ごした自分がここにいることに、シヴァとのまた違う運命的な結び付きを感じざるを得ない。吉祥とは、幸い、めでたいこと、良い兆し、縁起が良い出来事を意味するらしい。「吉祥」という言霊に含まれるそれらの意味とエネルギーに惹かれるものがある。今こうしてオランダにいることも吉祥であるし、毎日思う存分に探究活動と実践活動に従事できていることもまた吉祥である。自分の人生の全ての瞬間が吉祥であることをこの上なく感じる。それは自分が吉祥者であるシヴァの化身だからだろうか。ここからは、自らの内側に宿る吉祥性を育んでいこうと思う。


その他に育むべきものは、シヴァが持っている慈悲心だろう。この涵養に向けた取り組みを日々意識したい。シヴァは実に様々なものを司っていて、それは破壊と創造だけではなく、再生、瞑想、芸術、ヨーガ、解脱を司っているとのことである。それらの全てが自分にゆかりのあるものであることに改めて驚く。シヴァは形の無い、無限で超越的な不変絶対のブラフマンであり、同時に自らの根源であるアートマンでもある。シヴァは単なる創造者ではなく、シヴァ自身も自らの創造物であり、シヴァは全てであり、普遍的な存在であるという認識。そうした認識を大切にしたい。


数秘術的な観点で言えば、数字の「5」はシヴァと結び付けられて考えられる神聖な数字とのことである。5で連想するのは今のところ、中学校時代のバスケ部で付けていた背番号が5だったことと、英数国理社+体育の成績が基本的に5だったことくらいしか思いつかない。その他に何か5と関係する人生の出来事はあっただろうか。そんな回想をしながら、日本の大黒天(財と幸運の神)はシヴァと大国主が融合した存在であることを思い出し、日本との繋がりも思った。フローニンゲン:2023/12/16(土)06:18


11623. 共有夢/クラシック音楽と自身の死と再生


この世界は絶えず1つの共有された夢であること。このリアリティは共有夢なのである。グロス、サトル、コーザル、目撃者、非二元の全ての意識状態階層において1つの夢が共有されている。そんな認識が降って来た。きっとこの世界のどこかに、自分と同じこの認識を持つ人がいるだろう。


世界は共有された夢。私たちはそんな1つの巨大な夢の中で、各々が異なる夢を見ていると錯覚して生きている。なるほど、胡蝶の夢の示唆には納得せざるを得ないものがある。現実か夢かのせめぎ合いを多くの人は行っているが、実はいずれもが巨大な共通夢の分岐的派生物に過ぎないのである。巨大な共通夢の観点から言えば、共通夢こそが普遍かつ不変のリアルなのであって、多くの人が思っている現実と夢は移ろいゆく儚き幻想なのである。きっとそうなのだろう。


次回のシロシビン・セッションは奇しくも、そして幸いにもクリスマスの日に行う予定になっている。来週の日曜日に予定された第22回のセッションの際にかける音楽が決まった。そこではバッハとモーツァルトの協奏曲集をかけることにしたのである。それは直観的に降って来た音楽選定だった。それらの音楽をセッションでかけることを想定して、セッションに向けた向けた予習として、さらには音楽のフィット感を確認することを目的として、久しぶりに書斎での研究中のBGMとして彼らの音楽を流してみることにした。以前の自宅や今の自宅に引っ越して来た当初は、学習中は常にクラシック音楽をかけていたのだが、いつかのタイミングでそれをやめていた。その習慣を再び復活させてみて、研究にどのような影響を与えるかを観察したい。これまで長らくクラシック音楽をかけながら勉強して来たところから、突然パタリと音楽をかけなくなった。クラシック音楽を聴きながらの勉強は大学に入学してから始めたように思う。そこから随分と長い間クラシック音楽と共に勉強を積み重ねて来た。今再びクラシック音楽と共に勉学に打ち込もうとする自分が新たに誕生した。クラシック音楽をかけなくなったのはある種の死であり、死を経て再生された形で誕生した新たな自己が今ここにいると言えるかもしれない。フローニンゲン:2023/12/16(土)06:56


11624. 夢と絶えず一体化している私たち/ふとやって来た宇宙論のイメージ


見られる対象と見る主体の溶解、そして合一。見る夢と夢を見る私たちは元来同じ存在なのである。やはりそれを見落としている人が多いのではないかと思う。夢を見る私たちは夢そのものに他ならない。夢を見ているサトルの意識状態の際にはサトルボディ(ドリームボディ)を伴う形で夢の世界の中にいて、夢と合一している。しかし夢を見ている究極的な自己は夢の外から夢を眺めているゆえに夢と合一していないように思えるが、夢を見ているというその行為を通じて夢を見ている存在そのものも夢と化していると言えるのではないだろうか。私たちは対象と1つにならなければ対象を見ることはできない。意識というのは対象と1つになるために存在していると言えるかのような対象合致能力を本質的に備えている。それは世界との一致をもたらす重要な力であり、そうした力を内在させている私たちは、やはり夢を見ている最中に夢と一体化しているのだと思う。そしてひとたび目を覚ましても、今度はグロスの世界の夢が広がっていて、グロスの夢と一致する形で日中の時間を過ごしているのが私たちなのだ。もちろん日中の活動の中では多様な意識状態の階層を行き来するため、グロスの夢の世界と絶えず一致しているわけではない。いずれにせよ、どんな意識状態階層を生きようとも、私たちは絶えず夢と共に生きているのである。夢と絶えず一体化している存在が私たちなのである。それに気付くこともまた1つの目覚めであり、同時に新たな夢の始まりでもある。


物質が意識的なものを必要としたというよりも、意識的なものが物質を必要としたと解釈する方がより妥当だろうか。物理的な宇宙の中のある瞬間に意識的なもの、知的なものが芽生えたのではなく、知的なものが先に存在して、それが形となって顕現したのが物理的な宇宙なのだろうか。物質的なものの進化を積み上げていって知的なものが芽生えたのではなく、宇宙は原初の瞬間から知的な存在であって、知的な力が発出した結果として実に様々な物質が生まれ、それが進化していったのではないだろうか。この発想は一見すると、ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの宇宙論とは相入れないように思えるかもしれない。シャルダンが述べた知性圏は物質圏と生物圏を経た後に誕生するとされているが、それは人間が知性を獲得して叡智に向かう過程を説明したものであって、本来宇宙は最初から知的な存在として存在し、究極的な叡智に宇宙自身が向かっていくという発想をシャルダンは持っていたように思え、そうした発想は自分のそれに近しいように思える。補足としては、宇宙はアルファポイントの段階から究極的な叡智を発現させていて、オメガポイントに向かって運動を進めているように思えるが、最初から最後まで宇宙は常に究極的な叡智を持ち、叡智として存在しているのではないかと思う。その観点においては、宇宙は進化などしておらず、最初から最後までずっと叡智として運動を続けるのみで、宇宙の創造物が私たちが名付けるところの進化のような現象を見せているのに過ぎないのではないかと思う。そんな宇宙論のイメージがふとやって来た。フローニンゲン:2023/12/16(土)07:36


11625. シロシビン・マッシュルームがオンラインゼミナールにもたらす予期せぬ肯定的な影響に驚いて


時刻は午後2時を迎えようとしている。今日は午前中から昼前にかけて、オンラインゼミナールの第59回のクラスが行われた。年内のクラスも今日を含めて、残り2回となった。2023年を締め括るにあたって、今日のクラスもまた大変実り多いものになった。厳格なLSDセッションを自らに20年間ほどにわたって課していたクリストファー・ベイシュ教授が、継続的なLSDの摂取によってクラスルームの集合意識を深い学びにふさわしいものに変容させていったことと似ているようなことが自分にも起きているように感じる。とりわけシロシビン・マッシュルームの摂取頻度を上げてからは、毎週末のクラスの場にシロシビンが与えてくれる治癒と変容の力を活かすことができているように思う。それは決して狙って行ったものではなく、偶然にそのような現象が起きているように思う。


シロシビン・マッシュルームを摂取する頻度を上げてからは、自らの無意識の深層部とより繋がり、そこに存在している無限の創造性と可能性をクラスの場に自然と体現させているように思える。実際にクラスの中で起きていることとしては、受講生と自分の間で作られる集合意識の密度が高まり、非常に肯定的なシンクロニシティがいくつも起こっているということだ。これは本当に偶然の産物であり、まさにベイシュ教授が執筆していた書籍の中で紹介しているクラスルームの中で起きていた事柄が実際に自分のクラスの中でも起きていることに驚きを隠せない。それはもちろんクラスの中だけで起きているのではなく、クラスの外においても起こっているように思える。シロシビン・マッシュルームの摂取を通じて、受講生の方々と集合意識の次元でこれまで以上に深く繋がり、クラスの内外での学びを促進し、人生を豊かにする現象を予期せぬ形で引き起こすことが無数に起きているように思う。なるほどこれからはより意識的に、自らのシロシビン・マッシュルームの摂取とゼミの中で何が起きているのかについても記録していき、実験と考察を重ねていき、サイケデリクスの効果を集合学習にも活かしていきたいと思う。きっと集合学習の質を引き上げることにもサイケデリクスは有効活用できるに違いない。その点についての考察を深め、この実践道を深めていくために、ベイシュ教授の該当書籍を改めて読み返してみようと思う。善は急げで今から読み返してみよう。フローニンゲン:2023/12/16(土)13:55


11626. 集合学習を促進するシロシビン・マッシュルームの効果に注目して    


今日のゼミナールのクラスに触発されて、そしてここ最近のクラスの中で起きていることに後押しされて、クリストファー・ベイシュ教授の"The living classroom: Teaching and collective consciousness”という書籍を再読した。


私たちはある特定の学習や実践に従事すればするだけ、目には見えない次元に学習場・実践場を形成していく。「伝統」と呼ばるものや「型」と呼ばれるものの正体はこれであろう。それらは共に、長大な時間を通じて多くの人による学びや実践によって形成されたものなのだ。今の自分が大事にしている実践としては、ゼミの運営とサイケデリクス(とりわけシロシビン・マッシュルーム)の継続摂取が挙げられる。それらはいずれも自分の中で今後長きにわたって継続させていきたい実践である。今この瞬間において、すでに1年数ヶ月継続してきたゼミの運営によって形成された学習・実践場の力と恩恵を思うと、ゼミの運営は是非ともこれからも続けていきたいと思う。また、サイケデリクスについてもシロシビン・マッシュルームを中核に据えて真剣に摂取し始めてからというもの、それが自分の人生の流れに大きな肯定的影響を与えているだけではなく、ゼミにも非常に肯定的な影響を与えていることに気づく。その影響力を見た時に、この実践についてもこれからできるだけ長く継続させていきたいと思う。


集合学習を促進する目には見えない場の力を高めていくためには、個人としてはシャドーワークとしてのシロシビン・マッシュルームの摂取と、霊的実践としてのシロシビン・マッシュルームの摂取は大きな核となる。シロシビン・マッシュルームの摂取は霊的実践としてだけ括られがちだがそんなことはなく、それはシャドワークにも活用できる。サイケデリクスには「サイケデリックセラピー」として活用されて来た歴史があるし、現在再びその分野の価値が見直され、サイケデリックセラピーは非常に注目されている。シロシビン・マッシュルームの力を借りて行うシャドーワークと霊的実践は、それがない時の実践と比べて格段に深い実践となる。ようやく自分はそれらの実践においてさらに深い領域へと進む時期に来たのだと思う。シロシビン・マッシュルームを通じたシャドーワークと霊的実践を通じて、無意識層の浄化と涵養を継続的に行っていくことが、ゼミという集合学習場をさらに良いものにしていくことに繋がるに違いない。そんな確信をベイシュ教授の書籍を読みながら改めて思った。フローニンゲン:2023/12/16(土)14:46


11627. 今後のゼミナールに期待すること


今後のゼミナールに期待することは、ゼミの受講生の中には何名か海外大学院への留学を志しておられる方がいて、その方々の留学が実現し、その国でサイケデリクスの摂取が合法であれば、その方たちがサイケデリクスを定期的に摂取した場合にゼミナールの学習・実践場がまた大きな変容を遂げるのではないかということだ。今は基本的に海外に住んでいるのは主催者の自分だけであり、サイケデリクスが合法な国に住んでいるのも自分だけのため、サイケデリクスの力を借りての場への貢献は自分を通じてだけになる。しかし、ここからサイケデリクスが合法な国に留学する人が増え、その方たちがサイケデリクスを定期的に摂取して、そこで得られた学びをクラスの場でシェアをしてもらえればそれは直接的な大きな貢献となるだろう。クラスの場で体験を語らなかったとして、その方たちのサイケデリクス体験は間接的に大きな影響をゼミに与えるだろう。まさに私たちのマインドは菌糸体のように繋がっていて、サイケデリクスの摂取によって菌糸体が拡張され、菌糸体同士の繋がりはさらに密度の高いものとなり、言葉を超えた高次元の情報伝達なども実現するであろう。そのような形で生じるのがわかりやすいもので言えばシンクロニシティかと思う。


このように、シロシビン・マッシュルームを真剣に継続して摂取していこうと誓いを立てて以降、本当に思わぬ恩恵の数々に遭遇していることに驚きと感謝の念が尽きない。シロシビン・マッシュルームが内包する宇宙的な力を思えば、まだまだ無限の可能性が眠っているように思える。それらの出現を焦ることなく、ここからじっくりとゼミを運営する中で、無限の可能性が徐々に紐解かれていく奇跡を目撃したいと思う。そんな楽しみがゼミの運営にあると気づかされたクラスだった。こうした気づきを年末のこの時期に得られたことは大きい。年内はあと1回クラスがある、2024年からのゼミの運営がますます楽しみになって来た。フローニンゲン:2023/12/16(土)15:03


11628. 導き/円環的覚醒プロセスの流れの中で/クラシック音楽を友として  

 

もし仮にであるが、来年にハーバード神学大学院(HDS)に進学できたら、自身にとって4つ目の修士号の取得に向けた学習がそこで行われることになる。晴れて神学の修士号を取得した暁には、人間とリアリティについて哲学・科学・神学の3つの領域でそれぞれ修士号を取得したことになる。これまでの3つの修士号は、日本における分類で言えば1つは哲学的な文科系のもの、残り2つは科学的な理科系のものだった。いずれの修士号取得においても人間発達という現象を通じて人間とリアリティについて研究を進めていくものだった。そこに欠けているのは神学の眼差しであり、仮に神学大学院に進学することが決まったら、それはその欠落を埋めるための本当に導き以外の何ものでもないように思える。哲学・科学・神学の三位一体の観点でサイケデリクを探究することを通じて人間とリアリティについて理解を深めていくこと。それを行うためにこれまでの学びがあったように思えるし、それを行うためにHDSでの学びがあるように思う。本当にその導きが実現するかどうかはもう神のみぞ知るである。


今の自分に起きていること。それはきっと、体験が体験を呼び覚まし、深さが深さを呼び覚ますという現象だろうか。それが連続的なサイクルとして生じている。新たな体験がまた新たな体験の扉を開く。新たに獲得した1つの深さがまた別の新たな深さに自分を誘ってくれている。そんなことを実感する日々を過ごしている。そうした連続的なサイクルを形成し、そのサイクルの中に留まらせてくれているのはシロシビン・マッシュルームの力のおかげかと思う。その助けがなければ、このような円環的覚醒プロセスの流れの中に留まることはできなかっただろし、その恩恵に気づくことも授かることもできなかっただろう。


こうして日々日記を綴ること、その中でも夢日記やシロシビン・セッションの振り返り日記を綴ることは、それらの極めて個人的な体験を読み手に追体験してもらうことであったり、体験から得られる気づきや洞察をダウンロードしてもらうことにも何かしらの貢献をしていきたいという密やかな願いの現れのように思える。その観点において毎日の日記の執筆は、極めて自他的、あるいは宇宙を見据えての自宇的なものなのだろう。


今日からの午前中の探究活動はコーヒーとクラシック音楽が友となった。クラシックを友にする形で進む読書はこれまでにない感覚刺激を伴いながら新たな深まりを見せている。早朝から夕方のこの時間帯までの時間、まだ再読していないサイケデリクスに関する学術書を読み返してみると、初読から一巡してまた色々な気づきと発見があることに気づかされる。これからも二巡、三巡、四巡と読み返していく中で、知識が波のように広がっていき、波の構造的次元が上がる瞬間が自然とやってくるだろう。読書を通じて多様な波に乗りながら、波の相転移現象を体験する瞬間をこれからも味わい、その奇跡に感謝しながら楽しんで読書を進めていこう。フローニンゲン:2023/12/16(土)15:55

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