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10988-10996: フローニンゲンからの便り 2023年9月29日(金)



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成人発達理論とインテグラル理論を楽しく学んでいただける「成人発達コラボラジオ」を2023年7月14日より始めました。

タイトル一覧

10988. 今朝方の夢

10989. サイケデリクスに関する実利的·実践的な知識の獲得に向けて/セロトニン系サイケデリクスの交差耐性について

10990. トランスヒューマンとサイケデリクス/分子崇拝の目覚め/バッドトリップVSハードトリップ

10991. 『ONE PIECE(ワンピース)』のカードゲーム

10992. サイケデリクスによるスピリチャルイマージェンシーについて

10993. 未知さとリスク/シロシビン・ティーの作り方から学んだコーヒーの淹れ方

10994. 奥深い茶の世界を彷彿させるシロシビン・ティーの世界

10995. 人間・自然・宇宙のフラクタル的関係/エコデリクスとしてのサイケデリクス10996. 宇宙の目的論/成人発達理論を活用したサイケデリクス研究における注意点


10988. 今朝方の夢


すっかり秋めいてきたフローニンゲンではあるが、ここ数日は最高気温が20度ほどなので、日中はそれほど寒さを感じない。今日は朝も気温が低くなく、午前6時半を迎えた今の気温は17度もある。ここから日中にかけて気温が上がり、今日は21度まで到達するようだ。午後からは小雨が降るかもしれないとのことだが、散歩がてらの買い物に支障はないだろう。


今朝方はいくつか印象に残る夢を見ていた。夢の中で私は、本が山積みにされた研究室の中でサイケデリクス研究に打ち込んでいた。そこは大学の研究室で、大学はアメリカにあるようだった。ついに自分も研究室を持たせてもらえるところまで来たのだと感慨深く思いながら、その環境に感謝し、四方を取り囲む本棚と書籍の山に気持ち良さを感じ、その気持ち良さのまま学問的研究に打ち込んでいた。すると、今日は来客があることを思い出した。そこで私は、シロシビン·ティーを振る舞うことになっていたので、調理方法についてもう一度確認をし、抜かりない形でティーを作ろうと思った。シロシビン·マッシュルームにかけるお湯の温度やティーとして何を加えるのが最適かなど、その来客の方の好みも踏まえて色々と考えていた。そうして色々と考えることそのものが自分にとっては楽しく、今日のシロシビン·セッションもまたお互いにとって素晴らしいものになるだろうと思った。


それ以外には、自宅の中のバスケットゴールを用いて、ツーオンツーをしていた場面を覚えている。残りの3人は中学校時代のバスケ部の友人で、4人はとても楽しくバスケをしながらも、お互いに真剣だったので、白熱したゲームが展開されていた。試合は常に拮抗していて、その緊張感がたまらない快感だった。この夢の後には、小中高時代の女性友達(NI)にジムのローイングマシンの使い方を教えている場面があった。彼女はマシンを使うのは初めてのようで、最初は慣れない形で動かしていたが、徐々にコツを掴み、最終的にはとても楽しそうに動かしていた。ところが最後の最後で、ワイヤーを後に引きすぎてしまい、彼女は後頭部から地面に転倒した。しかし、彼女はそれすらも楽しんでいて、転倒した瞬間にも自分で大笑いしていた。その様子を見てホッとしながら、彼女のもとに駆けつけて、彼女を起こした。今朝方はそのような夢を見ていた。フローニンゲン:2023/9/29(金)06:43


10989. サイケデリクスに関する実利的·実践的な知識の獲得に向けて/

セロトニン系サイケデリクスの交差耐性について


目には見えない情報次元。そこに流れている情報に導かれて動物たちは季節の移動を繰り返す。帰巣本能というのもまたそうした情報を汲み取ってのことなのだろう。人間もまた本来はそうした目には見えない情報次元にアクセスすることができる。それを知らず知らず行っている人もいれば、武術の達人のように意識的にその次元にアクセスできる人もいる。セラピストの中にもそうした次元にアクセスできる人がいるだろう。だが現代人の多くはその感覚を喪失してしまっている。再びそうした感覚を取り戻すきっかけにサイケデリクスはなり得るかもしれない。その働きと効果を考えてみると、それは十分にあり得ることである。


昨日は、シロシビン·ティーを作ることに関して大きな発見があった。というよりも、これまでの自分は随分と基礎的なことを見落としていたのだと反省させられる。まさかシロシビンが100度の沸騰したお湯で破壊されてしまうとは。そうした化学的な知識の漏れがこれまであったわけだが、道理で過去16回の体験のうち、その深まりにばらつきがあったわけである。最初の数回はティーではなく、刻んでそのまま食べていたが、味が独特のため、そのまま食べることは万人には勧められず、万人に勧められるのはティーとして摂取することである。しかしここに落とし穴として、熱湯をシロシビン·マッシュルームに注いではならないということを昨日初めて知ったのである。これは学術書や学術論文には基本的に書かれていないことで、まさに実利的·実践的な知識である。書物ではなく、直接体験を伴う実践を通じて得られる知識があるということを改めて知る。今後は、企業との協働を含め、協働作業という実践が実利的·実践的な知識を豊かにしてくれるだろう。インテグラル理論や成人発達理論についても、企業との協働作業の中でどれだけそれらに関する実利的·実践的な知識が深まっていったことか。そのことを念頭に置きながら、今後は企業を中心として、サイケデリクスに関して様々な関係者と協働を行っていきたいと思う。


それともう1つ、昨夜改めて、シロシビン、メスカリン、LSDは、セロトニン系なので交差耐性があることを興味深く思っていた。それらを交互に毎日摂取することはできない。さらには、それらを一度摂取すると、その瞬間に耐性ができ(tachyphylaxis:「速成耐性」あるいは「急速耐性」と訳される)、体験後から耐性がない元の状態に完全に戻るには2週間ぐらいかかると言われている。ゆえにセロトニン系のサイケデリクスがアルコールやタバコのニコチンと比べてとりわけ中毒性が低いというのはそうした性質による。また、マイクロドーシングに関しては、今のところ研究が少ないが、ノルウェーの研究者が明らかにしたのは、知覚変容を伴わないマイクロドーシングであれば耐性がほとんど作られないとのことだった。人間に備わる耐性も非常に興味深い性質であり、現在サイケデリクスとして括られて研究されているものは、人間の耐性メカニズムに則ったものであり、中毒性がほとんどないという点を押さえておく必要があるだろう。大きな知覚変容を求めるという精神的な中毒についても議論がされるが、それは身体的な中毒が条件になっており、そもそも耐性メカニズムは脳が重要な働きを示しているので、脳が耐性を作ることによって、精神的な中毒性もほとんど起こらないようになっている点が興味深い。もちろん耐性の度合いは人それぞれであるという注意点があるし、体制についての研究もこれからもっと進んでいく必要があるだろう。ひょっとしたら、耐性を構築させないような合成物も今後生まれてくるかもしれない。そのようなことを考えていた。フローニンゲン:2023/9/29(金)06:59


10990. トランスヒューマンとサイケデリクス/分子崇拝の目覚め/

バッドトリップVSハードトリップ


DMT研究の第一人者でもあるリック·ストラースマンの話を聞いていると、将来のトランスヒューマンは、DMTをより大量に分泌できるようになるかもしれない。また先ほど考えていたシロシビン、メスカリン、LSDなどのセロトニン系のサイケデリクスに対する耐性についても、あえて耐性を解放させる形で、それらのサイケデリクスを連続的に摂取できるような身体を持つ可能性は十分にあり得る。さらには、そうした身体を生物学的に持てなかったとしても、テクノロジーの力を借りてそれを実現させることは十分に考えられる。こうしたことを考えていると、サイケデリクスとテクノロジーというのは密接な関係性を持っていることが見えてくる。人間は自分の身体を外部化させる形でテクノロジーを生み出したり、その逆に外部のものを内部化させる形でテクノロジーを生み出してきた歴史がある。サイケデリクスがもたらす機能とメカニズムの解明を受けて、本格的にサイコソマティックスピリチャル·テクノロジーがこれから生まれてくるであろうと予想される。


分子崇拝主義的な自分への目覚め。分子を崇拝するということは、その根幹にある原子を崇拝することでもあるし、さらには素粒子や量子を崇拝することにもつながるかもしれず、そうなってくると創造された宇宙そのものへの崇拝の念が湧いてくるわけだが、ひとまずは分子の神秘的な存在とその力に感銘を受ける。例えば、アヤワスカは2種類の植物の掛け合わせによって、DMTとMAOIとして働く分子の双方がなければあのような知覚体験はもたらされないのである。シロシビン、メスカリン、LSDにしてもその効果をもたらすのは分子であってそれを構成している原子そのもではない。そのようなことを考えてみると、原子から1つ次元が上がったところに存在している分子への崇拝の念が自然と湧いてくる。これまでの自分は、知覚変容をもたらす植物や菌に敬意を表していたが、その敬意は今後も持ちつつも、それらの植物や菌が持っている分子にも敬意を表するべきだと思ったのである。こうした敬意の念がここからの探究をさらに深いものにしてくれるだろうし、今後のサイケデリクス体験を深めてくれるに違いない。


それともう1つ、先ほど視聴していたDMTに関する動画の中で、ある学者から「バッドトリップなどなく、それはハードトリップなだけである」というコメントがあった。確かにそれはそうかもしれないと思った。バッドなトリップというのは基本的に存在せず、それはセット·セッティング·ドースを通じて生じたハードなトリップとして捉えた方が正確なように思えたのである。バッドな体験というのは基本的に、身体的·精神的に受け止めることが難しかったり、消化·咀嚼したりすることが難しいものなのだ。なのでそれはバッドというよりもハードと言う方が的を射ているように思える。そのようなことを考えていた。フローニンゲン:2023/9/29(金)08:07


10991. 『ONE PIECE(ワンピース)』のカードゲーム


先ほど通り雨が降った。朝の静寂さに包まれる世界の中を雨音が駆け巡っていた。今は再び静けさに包まれた世界が目の前に広がっている。


昨日もまた11冊のサイケデリクス関係の書籍を注文したのだが、昨日近所の玩具屋に書籍を受け取りに行った時、アスペルガー系の知性の高い少し小太りの店員が私を見て、「マッシュルームが来た!」と笑いながら述べていた。その玩具屋で働く店員の全員が、私がサイケデリクス研究をしているということを知っている。アマゾンから届けられた梱包を店の奥で開封させてもらうことをよく行っていたので、彼らが私が読んでいる本に興味を示し、店の奥でサイケデリクスの雑談をよく行っていた。彼らからすると、私は「マッシュルーム野郎」なのだろう。しかし、確かに自分はシロシビン·マッシュルームに最も焦点を当てているが、その他のサイケデリクスについても精力的に探究しているので、「サイケデリクス野郎」という名称がふさわしいかもしれない。いずれにせよ、昨日は彼から書籍を受け取り、その後に、彼からONE PIECEワンピース)』のカードゲームがあることを教えてもらった。毎週木曜日は、その玩具屋でマジック·ギャザリングや遊戯王のカードゲームのゲーム会が開かれていて、昨年世に出たワンピースのカードゲームもそこに加わったとのことだった。彼はアニメとしては、HUNTER×HUNTERが一番好きとのことで、私もその作品は好きなので、かつてもよくそのアニメについて話をしていて盛り上がっていた。ワンピースのカードゲームがあることを私は知らなかったので、頭をサイケデリクス研究から少し解放させ、ワンピースのカードを見せてもらうことにした。すると、オランダ語ではなく英語を話す2人の若者がやってきて、ちょうどワンピースのカードを購入するとのことだったので、購入と開封の現場に立ち会わせてもらうことにした。その際に、近くにいた男性が良いカードが当たるように手を合わせて祈ったところ、その男性はにっこりと微笑みながら私に感謝の念を述べた。1パック目を開封し、2パック目を開封し、その後最後の3パック目を開封したところ、なんと最もレアなカードが当たり、彼は相当喜んでいた。レアカードの値段はもちろん老舗のカードゲームのマジック·ギャザリングほどの値段はしないが(「ブラックロータス(アルファ版)」はかつて1枚で1,000万円ほどの値段がついたことがある)、それでも十分な値打ちのあるカードだった。今は色々な映像作品を毎日見ている都合上、ワンピースのアニメを追い切れていないのだが、懐かしいキャラクターがカードになっていてとても微笑ましく思った。店員の彼曰く、難易度はそれほどではなく、難易度と戦略性の双方を勘案すると、マジック·ギャザリングと遊戯王のカードゲームの中間に位置づけられるとのことだった。彼はワンピースのカードゲームを愛しているようで、時間があれば木曜日のゲーム会に参加してはどうかと勧められた。もしサイケデリクス研究をしていなければ、時間的に余裕もあるので参加してみたいところだが、今はサイケデリクスに全集中をした方が良さそうだと思った。そのような出来事が昨日あったことをふと思い出した。フローニンゲン:2023/9/29(金)08:22


10992. サイケデリクスによるスピリチャルイマージェンシーについて


「霊的危機」あるいは「スピリチャルイマージェンシー」というのは、サイケデリックセッションにおいて確かに気をつけなければいけない現象である。それは、突発的な霊的体験や神秘体験を通じて、自分のアイデンティティが大きく変容し、精神的·社会的·職業的に重大な影響をもたらすものである。ある意味、サイケデリクスを通じて自我の脱構築が起こるからこそ大きな治癒と変容がもたらされるのであって、サイケデリクスによる知覚変容が精神的·社会的·職業的に重大な影響をもたらすことは否定的なものではなく、むしろ肯定的なものかと思われる。問題は、本来肯定的なその力が否定的な力に転化してしまうことだろう。サイケデリクス体験そのものもファーマコンなのであり、それは肯定的な力を帯びることもあれば、否定的な力を帯びることもある。それではこのスピリチャルイマージェンシーにおいてどのようなことが両者の分水嶺になるのかと言えば、それは兎にも角にも摂取者側のサイケデリクスリテラシーとそれまでの内面探求の度合いが鍵を握るように思える。最初から摂取者がそのような現象が起こり得るかもしれないという心構えがあれば、それはひどく否定的なものになり得ないだろうし、霊的実践とシャドーワークを積み重ねていれば、スピリチャルイマージェンシーのような緊急事態にはならないはずである。端的には、サイケデリクスを通じてスピリチャルイマージェンシーが起こるというのは、摂取者側の無知さと無防備さ、さらには内面探求の準備不足が大きな要因としてあるように思える。当然ながら、環境設定や状態を整えることもまた重要になるのだが、少なくともサイケデリクスの摂取を通じたスピリチャルイマージェンシーのリスクはそれらの点に気をつければ相当に軽減されるだろう。スピリチャルイマージェンシーというのは、スピリチャルトランスフォメーションの対極に存在するものであり、サイケデリクスはどちらの極に触れることもあり得るということを弁えておくべきであるし、スピリチャルイマージェンシーではなくスピリチャルトランスフォメーションの極に持っていくための種々の学習と実践を平素から積み重ねておくことが決定的に重要かと思う。洗濯物を干しながらそのようなことを考えていた。フローニンゲン:2023/9/29(金)08:59


10993. 未知さとリスク/シロシビン・ティーの作り方から学んだコーヒーの淹れ方


サイケデリック·セッションを自分に対して行う時にせよ、他者に対して行う時にせよ、そこには常に未知な側面とリスクがあることを弁えておく必要がある。未知を完全に既知にすることも、リスクを完全にゼロにすることは、どんなに探究と実践を進めても不可能である。外科医が外科手術をする時に、そこに人間の身体に関する未知さが残っていることやリスクが必ず存在しているのと同じである。そうしたことを踏まえて、常に謙虚な気持ちを持ち、絶えず学びを深めていくことを自らに課していきたい。


昨日の書籍の追加注文を受けて、先月と今月で合計300冊を越すサイケデリクス関係の学術書を購入したわけだが、書籍の注文はここで一度ストップしようと思う。もちろんまだまだ読みたい学術書はあるのだが、ここまで購入した300冊を読み込んでいくことに専念したい。良書が見つかる都度、書籍の購入リストに入れていく。それらの書籍はまたどこかのタイミングで一括注文したいと考えており、タイミングとしては仮に来年アメリカでの生活が再び始まったら、そのタイミングが一番望ましいように思う。日本円を媒介させる場合、円安であってもユーロよりドルの方が幾分安いため、アメリカのアマゾンを経由して書籍を注文した方がコストを抑えることができる。年内及び年初に数冊ほどどうしても読みたい書籍が出版されるので、それについてはアメリカに行くのを待つことなく注文しよう。ここからは、まずはまだ未読の書籍の初読を進めていき、そこから再読のフェーズに移っていく。初読の際にも再読の際にも英語で研究ノートをつけることは怠らず行っていきたい。それが論文の執筆や英語での書籍の出版につながっていくはずである。


昨日、シロシビン·ティーの作り方におけるお湯の温度の大切さを学んだわけだが、そこからふと、今朝方コーヒーを煎れる際の温度も気になった。調べてみると、お湯の温度が高すぎたり、低すぎたりすると、美味いコーヒーが抽出できないとのことだった。最適な温度は90~95℃とのことで、沸騰したお湯を約1分間時間を空けるとだいたいこの温度になるとのことだった。早速この知識を用いて実験してみたところ、確かに旨味成分が熱湯を用いていた以前よりも引き出されていることを感じた。このように化学的な不思議さを感じながら、まさに隠れた錬金術的な知識が至る所に無数に存在していることに畏怖の念を覚える。フローニンゲン:2023/9/29(金)10:25


10994. 奥深い茶の世界を彷彿させるシロシビン・ティーの世界


時刻は正午に近づいてきている。今日の午前中のサイケデリクス研究も非常に捗った。午前中は4冊ほどの書籍の初読を終えた。午後からも買い物に出かけるまでの時間を読書に充てたい。


午前中に念押しの意味もあって改めてシロシビン·ティーの作り方を調べていた。シロシビンが分解され始めるのは70度からとのことだが、一方でシロシビンをしっかり抽出するためにはお湯の温度が低すぎてもダメであり、60度から70度の間が最適のようだ。さらに細かな話になるが、シロシビンは50度を超えたところからシロシンに変わり始め、87度以上になると、シロシビンは急速にシロシンに変換されてしまうため、そのような高温は勧められない。シロシンに変換されると、そこからシロシンは時間の経過と共にどんどん効力を弱めてしまうため、お湯を注いで15分ぐらいしたら飲むのがベストであり、長く放置しすぎるのも良くない。シロシンの持続時間は6分というデータもあり、シロシビンからシロシンに変換させるための時間を確保しながらも、その変化が行われたら速やかにシロシビン·ティーを摂取する必要がある。前回はティーを作ってからかなりの時間放置してしまったことも問題だったように思う。


またこれまではまな板の上でトリュフを刻んでいたが、コーヒーミルを使ってパウダー状にすると、さらにシロシビンが効率良くかつ多く抽出できることを知った。さらにはそれによって、吸収も早く、知覚変容体験の開始も早まるとのことなので、コーヒーミルに入れるために少し小さく切ってからコーヒーミルに入れて挽いてみようと思う。そうすると、フレンチプレスの器具を使うことができ、色々と便利である。このような一連の隠れたノウハウがあるところを見ると、まさに良いお茶を淹れる茶の世界を彷彿させる。それくらいにシロシビン·ティーを作るのは奥が深い。フローニンゲン:2023/9/29(金)11:52


10995. 人間・自然・宇宙のフラクタル的関係/エコデリクスとしてのサイケデリクス


そう言えば今日はまだ換気のために窓を開けていなかったこと気づいたので窓を開けた。もうめっきり朝夕の気温が低くなってきたので、今後は朝にコーヒーを淹れている時に窓を開けて換気をしようかと思う。


先ほど昼食時に、庭のクルミの木から落ちたクルミの殻を割ってみたら、脳を彷彿させる美しい実が姿を現した。その姿に思わず恍惚的になり、クルミと脳のフラクタル構造を見た。そして、自然と人間のフラクタル性を感じた。このように自然と人間は深く繋がっていて、両者は写鏡のような関係性になっていることを実感する。


「サイケデリクスは「エコデリクス(ecodelics)」としての役割を果たしうる」そのように述べたのは、ペンシルヴァニア大学教授のリチャード·ドイルである。ドイルの主著"Darwin’s Pharmacy: Sex, Plants, and the Evolution of the Noosphere”はまだ手元になかったので昨日注文をした。本書の中でドイルは、サイケデリクスの摂取により、エコデリックな洞察を私たちは獲得しうることを述べている。それは私たち人間を含め全ての有機体は、相互連関的な巨大なエコシステムの一部であるという認識である。この認識に基けば、サイケデリクスの摂取は単に個人に便益があるだけではなく、地球全体を健全にしていくための集合的な責任意識を目覚めさせ、それに向けて私たちをアクションに導く働きがあるとドイルは述べている。エコデリックな洞察はしばしば自然への畏敬の念や畏怖の念に裏打ちされており、私たちが生命の巨大な網の目の一部であるという触知的な認識をもたらす。確かにここ最近の自分は、とりわけシロシビン·マッシュルーム(トリュフ)の摂取を通じてエコロジカルな認識がこれまで以上に目覚め、地球の生態系に関する問題の研究を進めているし、卑近なところで言えば食実践においてヴィーガンになった。もちろんすでに長らくベジタリアンであったため、その変化は必然的な流れだったのかもしれないが、その変化を促したのは間違いなくシロシビン·マッシュルームによるところが大きい。とりわけ自然系のサイケデリクスの摂取を通じたエコロジカルな認識の目覚めは大変興味深く、これが多くの人に起こるものなのか、そしてその度合いはいかほどであり、目覚めた人々はどのような行動に出ていくのかを研究してみたい。色々な研究アイデアが毎日次から次へと溢れ出してくる。これそのものが絶えず生成を繰り返す宇宙の特性のフラクタル的な現れのように思えてくる。自分という人間は、自然と宇宙のフラクタルなのだという直接体験を通じた実感が湧き上がってくる。フローニンゲン:2023/9/29(金)12:59


10996. 宇宙の目的論/成人発達理論を活用したサイケデリクス研究における注意点


小鳥の鳴き声が辺りに強く響き渡った。今、時刻は午後4時半を迎えた。午後から雨が降り始め、一時は強い雨が降っていたが、幸運にも買い物に行く直前に雨がピタリと止んだ。なので先ほどの中央市場の買い物に向けた散歩は、折り畳み傘を差さずに気持ち良く行えた。体がとても軽やかに動き、今日の散歩は格別だった。それはまるで身体に養分を与えているかのようだった。散歩もまた良薬になり得ることを強く実感する時間だった。早朝から午後3時半の出発まで旺盛に読書を進めていて、そこで得られた膨大な情報が散歩によってゆっくりと消化されていくことも重要な身体的·認知的感覚かと思う。幾つになっても体を動かすことを忘れずに、心身共にますます健康かつ強靭になっていきたいと思う。


散歩に出かけながらふと、宇宙は内面的にも外面的にも、複雑性を生み出すことを毎秒楽しんでいるかのように感じた。そこには絶えず斬新さがあり、宇宙は複雑性と斬新さを創造することを楽しんでいる芸術家なのだという気づきがやって来た。宇宙に目的論があるすれば、それは絶えず新規さを求め、絶えず複雑性を求める形で巨大な調和世界を生み出すことなのだろう。


発達心理学、とりわけ成人発達理論とサイケデリクスを絡めた研究において、「構造·状態の誤謬(混同)(stage-state fallacy)」を犯さないようにする。サイケデリクス体験の諸々の状態を説明する良い理論モデルは未だなく、それを構築していく際に、もちろんインテグラル理論の大まかな意識状態のモデルを活用できるが、それはかなり荒い。なので段階モデルをサイケデリクス体験の説明に活用する道を探っているのだが、その時にはそれは段階モデルであって、サイケデリクス体験は意識の状態であることをきちんと念頭に置いておかなければならない。段階と状態が容易に混同されることがしばしば見受けられるので、なお一層のことこの混同の罠に陥らないようにすることが重要だ。とりわけ高次元の発達段階や高次元の意識状態の学術書を改めて集中的に読み返す時間をどこかのタイミングで設けたいと思う。こうしてこれまで学習して来たことが決して無駄にならず、むしろサイケデリクス研究に全て繋がっていることを嬉しく思う。ひょっとしたらサイケデリクスは自分にとっての巨大な黄金の水脈で、これまでの全ての学習と実践はそこから分岐して生まれていた支流だったのかもしれない。今こうして様々な支流から本流に還って来たことを純粋に喜びたい。フローニンゲン:2023/9/29(金)16:39

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