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10880-10888: フローニンゲンからの便り 2023年9月12日(火)



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成人発達理論とインテグラル理論を楽しく学んでいただける「成人発達コラボラジオ」を2023年7月14日より始めました。

タイトル一覧

10880. 今朝方の夢

10881. 今朝方の夢の続き

10882. 儀式が生み出すエネルギー/アントラージュ効果

10883. 統合化としてのアントラージュ効果/カンナビスの品種改良のデータ

10884. THCカンナビスとIQとの関係

10885. サイケデリクスに関するケン・ウィルバーの警句と慧眼

10886. 自己と環境の構造的カップリング/THC入りのチョコレートのもう1つを食べて

10887. 10mgのTHCの摂取を振り返って/スタメッツ·プロトコルの実験と服用量に対する自分の在り方

10888. 箏の即興演奏を楽しんで/4象限の窓としてのサイケデリクス


10888. 箏の即興演奏を楽しんで/4象限の窓としてのサイケデリクス


時刻は午前7時を迎えた。今、庭側では小鳥が鳴き声を上げていて、キッチン側では鳩が鳴き声を上げている。昨日まではフローニンゲンは夏が戻ったかのような暑さが続いていたが、今日からはもうそれが収まり、秋の気温となる。午後には雷を伴う雨が降るようなので、その前後に買い物を終わらせておきたい。明日からは最高気温は20度に到達せず、最低気温は7度ほどとのことなので相当に冷えそうである。気温の変化に伴って、体調管理には気をつけようと思う。


今朝方はいくつかの夢を見ていたのでそれについて振り返っておきたい。まず覚えているのは、オバマ元大統領夫妻にダンスを披露するためにダンスの練習をしていた場面である。数人の見知らぬ若い日本人たちと一緒にダンスを練習し、練習後に休憩がてら街に出かけていくと、そこで小中高時代の女性友達(MH)と出会った。彼女はランニング中で、私と街中で遭遇したことを驚いているようだった。彼女はとても元気そうで、彼女のランニングを邪魔してはいけないと思ったので少しだけその場で立ち話をしてすぐに別れた。しばらく散歩を楽しんだ後にダンス会場に行くと、すでにオバマ夫妻がその場にいて、ウォータースライダーのあるプール脇で寛いでいた。どうやらオバマ元大統領はこれから聴衆へのサービスも兼ねてウォータースライダーを試してみるようだった。聴衆が拍手を送り、盛り上がりを見せ始めたところで夢の場面が変わった。


さらに覚えているものとしては、実際に通っていた中学校の体育館に似た場所でシャトルランを行おうとしていた場面である。私は2人の筋肉質なハーフの若い女性たちと一緒にシャトルランをこれから行おうとしていた。準備運動はすでにしているようで、もう今にでも走り出せる状態だった。いざ合図を受けて走り出すと、2人の女性はなかなか体力があり、後半に全力疾走に近いような速度で走り始めてもバテることなく最後まで3人で走っていた。すると突然、体育館にやってきた先生とサッカージャーナリストのある方が私たちのシャトルランを止めた。そしてすぐにクールダウンをするように命じたが、どのようなクールダウンをすればいいのかの指示が曖昧で、大変不満に思った。せっかく気持ち良く走っていたのにそれを無理やり止められた不快感があって、それが怒りの感情に変わっていった。そのような夢を見ていた。フローニンゲン:2023/9/12(火)07:15


10881. 今朝方の夢の続き


耳を澄ませると、救急車か消防車の音が遠くの方で鳴っているのが聞こえる。町の中心部で何かあったのだろうか。


先ほど今朝方の夢について振り返っていたが、夢にはまだ続きがある。その他に覚えていることとして、まるでオープンワールドのアクションRPGゲームのような世界の中にいた場面があった。そこでは自分は色々な魔法を繰り出せたり、自分を守ってくれている霊のようなものを召喚することができた。そうした世界の中で私は自由気ままに冒険を楽しんでいた。その有り様は現実世界のそれと変わりなく、とにかくその世界にいることを楽しみ、一挙手一投足を楽しんで過ごしている自分がいた。もちろん凶悪な怪物と対峙することもあったが、その瞬間もまた自分にとっては楽しい瞬間で、怪物を倒すときにも慈愛に満ちた気持ちで一杯だった。怪物との出会い、仲間との出会い、不思議な魔法や霊との出会い、美しい町や自然との出会い、それら全てが自分を魅了し、感謝の念を沸き立てた。至福さに包まれた中で夢の一幕が閉じていった。


さらにもう1つ覚えているのは、薄暗い一軒家にいた場面である。その一軒家は荒野の中にポツリとあって、自分が所有している家に違いはなかった。もともと両親が所有していたもので、さらに遡ればどちらかの祖父母が所有していたものだった。私は一夏をそこで過ごすことに決め、そこでの生活はすでに数日が経っていた。人は誰もやって来ず、やって来るのは虫か小動物ぐらいだった。夕暮れ時に辺りの散策から帰ってきて家の中に入ると、どういうわけか今夜は誰か人がやって来るのではないかと思った。人と言っても空き巣を狙う者であり、その人物の行動を抑制するために、この家に人が住んでいることをアピールしようと思った。普段は電気を付けずに月明かりだけで暮らしているが、その日は部屋の電気をできるだけ付けることにして、それで空き巣を狙う者を追い払おうと思った。結果としてそれは成功し、その夜もまた誰も人が来ず、とても静かな1日を過ごしていた。部屋に灯した明かりが自分の心を和らげながらも、そろそろ人との交流が必要だと渇望し始めたので、明日には荒野を離れていこうと思った。フローニンゲン:2023/9/12(火)07:28


10882. 儀式が生み出すエネルギー/アントラージュ効果


今日もまたサイケデリクス研究を早朝より始めた。今朝は霧に包まれていて、そよ風がひんやりとしていて心地良い。昨日で夏が本当の意味で終了し、今日から正式に秋に入ったことを実感する。


菌学者のポール·スタメッツは、シロシビン·マッシュルームが南米のシャーマニズムで活用されているその方法に注目し、儀式の大切さを説いた。儀式というのは、心の安全基地を構築し、体験を安全なものにしてくれる。興味深いのは、儀式の型をを通じて何度も体験がそこで行われると、その型がある種の生命エネルギーあるいは意識エネルギーを形作るものに変容していくことだ。これは毎週末のゼミナールでも起こっている現象である。毎週末のゼミナールのクラスは、学習·実践における儀式的行為のように思えて来る。その儀式に参加すればするだけ、儀式そのものにエネルギーを生み出す型が形成されていく。それこそが集合学習の肝なのかもしれない。スポーツチームにおいて伝統があるチームにはこうした目には見えないエネルギー形成場のようなものがあり、それは何らかの儀式を通じて絶えずより強固なものになっているのではないかと思う。いずれにせよ、自分にとっては毎週末のゼミナールを開催することが儀式を執り行うことと同義であり、それを通じて集合学習場を形成し、より高次元の学習·実践エネルギーがそこに生まれることを実現させていきたいと思う。


その他にスタメッツ教授の興味深い話は、昨日も書き留めたかもしれないが、シロシビンを自然物のマッシュルームから摂取するのか、研究室で作られたシロシビンタブレットを摂取するのかの効果の違いである。その違いを「アントラージュ効果(entourage effect)」と呼ぶ。もともと“entourage”はフランス語に語源があり、「側近」という意味である。すなわち、シロシビンをマッシュルームとして摂取する場合には、シロシビン成分だけではなく、マッシュルームに含まれるその他の成分を側近と見立てて、それらと一緒に摂取することにより、研究室で作られたシロシビンタブレットとは違う働きや効果の度合いに差を生むかもしれないということを説明する概念だ。 この効果の差については研究が進んでいる段階だが、システム理論の全体と部分の総和の関係性で言っても、アントラージュ効果というのは確かに存在するのではないかと思う。フローニンゲン:2023/9/12(火)08:13


10883. 統合化としてのアントラージュ効果/カンナビスの品種改良のデータ


読書をし、考えや洞察が生まれたら立ち止まってそれについて書き留めようとする自分がいる。先ほど、シロシビン·マッシュルームを例に取ってアントラージュ効果について書いていたが、それはカンナビスにおいても当然起こるということが今読み進めている書籍の中に書かれていた。カンナビスの場合も、植物の状態として摂取するのか、成分だけが取り出された製品として摂取するのかで効果が変わって来る。その差については諸々研究が進められている状態だが、全体は部分の総和ではないというシステム理論の原理に則れば、何かしらの差はあるだろうと想像される。


そこから、毎週末のゼミナールにおいては、1人1人の受講者の方たちがその場に参加してくださるからこそ生まれるアントラージュ効果があると思われる。それはワインと食事の組み合わせでいうようなマリアージュ効果とも似ていて、やはりそこからも人と人がその場を共有し、交流することによって生み出される掛け算的な掛け合わせ効果があるだろう。それは足し算的なものではおそらくなく、掛け算的なものであるから、複合化ではなく統合化の現象だと解釈できるのではないだろうか。


カンナビスについて興味深い事実として、アメリカにおいて1972年に押収されたカンナビスのTHC含有量はわずか1%だったところ、品種配合によって、1990年代には4%まで高まり、2017年にはなんと17%まで高まっているとのことだ。これはカンナビスの合法化がアメリカの様々な州で進み、ビジネス化の流れを受けて、消費者たちがより高濃度のTHCを求め始めたことと関係しているだろう。ちなみに自分が今育てているカンナビスの夏輝はTHCが20%ほど含まれているので、かなりの高濃度だ。いずれにせよ、今現在もより医療効果が高いカンナビスやさらに高い濃度のTHCを含むカンナビスの開発が進んでいる。フローニンゲン:2023/9/12(火)08:47


10884. THCカンナビスとIQとの関係


今朝方は本当に涼しく、昨日までの夏日が嘘のようだ。こうした涼しい環境の中にいると、学術研究がすこぶる捗るのがとても有り難い。


菌学者のポール·スタメッツ教授が笑いながら、しかし真剣に述べていたのは、頭の硬い古い政治家にシロシビン·マッシュルームを摂取させよと述べていたことが印象的である。自分もまた全く同じ考えを持っていて、社会悪とでも呼べるような政治家·官僚·企業人の重役には是非ともシロシビン·マッシュルームなのか、世界観や価値観を脱構築するようなサイケデリクスを摂取してもらいたいものだと以前から思っていたので、強く共感する主張だと感じた。


先ほどまでカンナビスの医療効果に関する学術書を読んでいた。さすが医学博士が執筆した書籍だけあって、科学的証拠を豊富に提示し、読み応えのある内容だった。今の自分の化学的·薬理学的知識だと難解な単語も多数あったが、今後継続的に学習を続けていけば、それらの難解な単語も当たり前の単語になるだろう。


書籍の中で、THCが含まれたカンナビスを吸引している12歳から18歳の子供たちのIQが低い傾向にあるという調査結果が引用されていたが、著者も指摘するように、その研究結果についてはすでに科学者たちが疑問を呈している。THCカンナビスと12歳から18歳の吸引者のIQの間には相関関係が見られたに過ぎず、因果関係が見られたわけではない。冷静になって考えてみればわかるように、12歳から18歳の子供でTHCのカンナビスを常用している若者は、健全な環境下で育っている若者とは随分と異なっていて、彼らを取り巻く社会的要因を考える必要があるだろう。多くは家庭に問題があったり、居住環境に問題があったりで、そもそも大した教育を受けていないがゆえにIQスコアが低く出ている可能性を検討しなければならないし、その効果を除いての検証をしなければならないだろう。今後も科学的結果が提示された場合には、その研究の研究デザインに注目しなければならない。


サイケデリクスとは関係ないがふと、今日から箏の楽譜を片付けて、即興演奏に振り切ることにした。親友のメルヴィンも楽譜などは全く見ずに、ギターの即興演奏を楽しんでいることを思い出し、自分も誰かが作った曲の楽譜に縛られるのではなく、自分がその場で生み出す曲を演奏することを楽しみたいと思った。箏の即興演奏を継続させていくことを通じて、脳内にまた変化が見られるだろう。それは意識と知性にも影響を及ぼすはずなので、その影響がどのような形として現れるか楽しみである。フローニンゲン:2023/9/12(火)09:49


10885. サイケデリクスに関するケン・ウィルバーの警句と慧眼


今から20年ほど前の動画になるが、ウィルバーがコロラド州のコロラド大学かどこかで行ったセミナーでのやり取りが記憶として蘇ってきた。Q&Aセッションの中で、ある参加者が日本人の禅マスターと一緒にアヤワスカを摂取した体験についてシェアをした。彼以外にも参加者がいたようで、そのうちの参加者の1人は敬虔なクリスチャンだったらしく、体験が終わった後に怒りをあらわにし、アヤワスカを提供した禅マスターに向かって、「あれはドラッグか?」と尋ねたところ、その禅マスターは「食べ物だ」と答えたという笑い話からシェアが始まった。


ウィルバーはヒッピー世代よりも古いベイビーブーマー世代の初期に該当するため、サイケデリクスが社会的なスティグマを帯びていたこともあって、摂取体験はほぼないとのことである。ウィルバーはサイケデリクスがもたらす高次元の意識状態の価値を認めながら、注意点を述べていた。それは何かというと、サイケデリクス単体で霊的実践を行わないことという警句だ。もちろんサイケデリクスを摂取するのは様々な目的があり、近年においては医療目的などもあるし、自分の場合には当然霊的実践目的もあるが、霊性の領域と近しい哲学的·実存的領域における探究も目的としてある。いずれにせよ、霊的実践の一環としてサイケデリクスを摂取するのであれば、サイケデリクスが引き起こす霊的体験に向けた準備として、そしてその体験をゆっくり消化·咀嚼していくためにも瞑想実践との併用を強調している。これは慧眼であり、まさにウィルバーの述べる通りだと思う。サイケデリクスによって引き起こされるのは、あくまでも強烈な一時的な意識状態に過ぎないので、それを段階特性まで根付かせていくためには瞑想実践が有効だと自分も思う。哲学的·実存的目的であれば、内省日記を日々執筆していくことも有効だろうが、こと霊的実践でいけば、瞑想以上に優れた体験咀嚼実践はないように思える。この話題についても取り急ぎ、今週末からサイケデリクスを一緒に学んでいくゼミの皆さんにも紹介しておこうと思う。フローニンゲン:2023/9/12(火)10:32


10886. 自己と環境の構造的カップリング/THC入りのチョコレートのもう1つを食べて


時刻は午後3時を迎えた。先ほどまで雨が降っていて、雨が止み、再び穏やかさが取り戻された。今し方、自分の能力を刺激し、その成長を促進させてくれる環境と自己との共鳴現象について考えていた。自己が自身を成長させてくれる環境において成長が実現されるのは、自己という複雑系が環境の構造に自己の構造を適応させていくという構造的カップリング現象があるからなのかもしれないと思った。それであれば、アメリカで実現された成長とオランダで実現された成長のメカニズムとして納得がいく。それらの場所は、自分の成長を引き上げてくれる構造を持っていたのである。それらの日々で日々学習と実践を重ねていく結果として、自己の構造が環境の構造に適応し始めたのだと思う。その結果として、環境に引き上げてもらう形で自分の成長が実現されたに違いない。そのようなことを考えていた。


今日は実は正午にTHC入りのチョコレートのもう1つの方を食べた。しかし、それに含まれているTHC40mgは前回の経験からさすがに多いので、4つに切って10mgの服用量にすることにした。この量は低服用量に該当する。正午にリンゴとバナナを食べた後にその1片を食べ、摂取後、やはり腸からの吸収に時間がかかるようで、1時間は何も起こらなかった。1時間半を迎える頃に身体的に軽さが生まれ、同時に知覚が鋭敏になっていくのを感じた。服用量が前回の半分であるため、摂取してからも読書を続けることができ、日常生活に支障は全くない。これくらいの服用量であれば自分にとってはほぼマイクロドーシングである。明日からはTHCが夢の世界に与える影響を調べるために夕食後に残りの1片を食べてみようと思う。どのような影響が無意識に現れるか観察が楽しみである。フローニンゲン:2023/9/12(火)15:17


10887. 10mgのTHCの摂取を振り返って/スタメッツ·プロトコルの実験と服用量に対する自分の在り方


時刻は午後4時半を迎えようとしている。先ほど中央市場の買い物から帰ってきた。外に出かけてみてすぐにわかったが、昨日までの夏日と異なり、風がとても涼しかった。気温としては今日はまだ20度を超えていたので、半袖·半ズボンで外出をした。市場までの足取りは軽く、認知もはっきりしていて、THC10mgまでであれば外出も問題なく行えることがわかったのは大きな発見であった。一応割り引いて考えなければいけないのは、先週末の土曜日に摂取したTHC20mgによって身体の中に耐性が少し出来上がっていて、今日の量ではさほど効果が現れなかったかもしれないということである。いずれにせよ、今のところの感触では、THC10mgは自分の中ではマイクロドーシングとして活用できる範囲量なのだと思う。


今現在はシロシビンが含まれていない多種類の健康に良いマッシュルームの成分が含まれたサプリメントを毎日摂取している。今使っているサプリは3ヶ月ぐらいで使い切ることができるので、その次はいよいよポール·スタメッツ教授が提唱した「スタメッツ·プロトコル」に従って、シロシビン·マッシュルームと山伏茸、そしてナイアシンの組み合わせのキットを購入して試して見たい。何事も経験が重要であり、シロシビンのマイクロドーシング、とりわけスタメッツ·プロトコルの効果を実感する上では良い経験になるだろう。


服用量に対する自分の在り方に関して言えば、テレンス·マッケナが提要した「英雄の服用量」はスピリチャルメディスンとして、あるいはスピリチャルクエストとして、さらには哲学的·実存的洞察を得る目的で利用していくことにする。マイクロドーシングは日常用として、認知機能の健全化と脳の活性化に役立てていく。身体的·精神的なコントロール機能を奪う酩酊成分を含むTHCやサイケデリクスの高服用量の摂取はあくまでも治癒目的とし、治癒が完了したらその使用を止めるか、マイクロドーシングに切り替えて病気の再発を予防するような形で使用していくのが望ましいだろうか。そのような方向性が見えてくる。フローニンゲン:2023/9/12(火)16:36


10888. 箏の即興演奏を楽しんで/4象限の窓としてのサイケデリクス


時刻は午後5時を迎えた。夕方の空には夕日が浮かんでいて、先ほどは天気雨のような形で小雨が降った。今日はこれから気温が下がっていき、明日からはさらに秋を感じられるだろう。


つい今し方、箏の即興演奏を楽しんだ。同じ箏の演奏であっても、即興演奏と楽譜を見ての演奏では求められる能力が異なるのではないかと思う。感覚的に両者には随分と差異がある。自分は誰かが作った曲の楽譜を演奏するよりも、その場でしか生まれない即興的に創造された曲を演奏したい。それを強く望むし、強く好むのだ。そうしたことから箏のオンラインレッスンはちょうど先生の体調を崩した時点でストップしている。今後も自分の音楽を求めて、毎日独りで練習に励んでいきたいと思う。過去の天才的な演奏者は大抵、独学だったのだから。


箏の演奏を終えた後に、書斎の机を綺麗にした。綺麗にしたと言っても机の埃をティッシュで拭き取り、書斎の机の上に置く書籍を全てサイケデリクス関係のものに統一していっただけなのだが。現在の探究エネルギーの全てがサイケデリクス研究に向かっている。サイケデリクスは4象限の窓であり、それぞれの象限から汲み尽くせないものが毎日現れてくる。サイケデリクスをテーマに研究している限り、4象限的な無限探究運動に従事し続けることができるだろうし、4象限を通じた社会への関与が実現するだろう。サイケデリクスは社会の闇とも深く関係しているし、政治の深いドラマがそこにあることもまた探究上の魅力である。そしてそれは実践上の魅力とも言えるだろう。そのような考えから、机の四方に置かれている書籍は全てサイケデリクス関係のものにしようと思った。そう思ったのは、中央市場への散歩中で、先ほどのそのアイデアを具現化させた。本当に思考は実現するのである。思考には、思念には、脳内に浮かぶ言葉には、この世界に今はないものを創造する力があるのである。そのようなことを思う瞬間の中にいる。フローニンゲン:2023/9/12(火)17:22

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