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10579-10581: フローニンゲンからの便り 2023年7月8日(金)



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タイトル一覧

10579. 現在の部屋・今の部屋/創作活動と瞑想実践を組み合わせて

10580. 今朝方の夢

10581. オンラインゼミナールの第37回のクラスの振り返り


10579. 現在の部屋・今の部屋/創作活動と瞑想実践を組み合わせて


時刻は午前7時を迎えた。今日も神々しく輝く朝日に出迎えられた。涼しい風が朝の世界を吹き抜けている。こうした世界に招き入れてもらえるだけで気分が良くなる。最高の形で1日をスタートさせてもらったことに感謝したい。この世界への深い感謝の念が自ずから生まれてくる。この自ずから性を大切にしよう。全ては自ずから発出する。そこに身を委ねていく。


今日は早朝より雲ひとつない世界が広がっていて、予報では31度ほどの気温に達するとされているが、昨日は26度の予報で結局33度まで気温が上がっていた。不思議とそれくらいの気温でも暑さはさほどではなく、夕方になると涼しくなっていて夕方に庭に出たときには気持ち良かった。夕方と言っても今の日照時間の感覚で言えば午後8時半なのだが。いずれにせよ、今日はどこまで気温が上がり、その時の体感がどのようになるかを観察したいと思う。明日からは天気が崩れ、また涼しくなっていくので何よりである。なかなか理想の気温で安定してくれないが、天気はこちらの都合で動いているわけではないのでそれは仕方のないことだろう。


昨夜考えていたことを思い出したので、それについて綴っておきたい。


現在の中に現在の部屋を作ること。今という瞬間に今という瞬間の部屋を作ること。それが書くことの本義である。同時にそれは、今で構成された自己を十全に顕現させる唯一の道でもある。言葉の形で、絵の形で、音の形でそうした部屋を作ること。それだけに毎日自分は深くコミットしている。そうしたことを昨夜考えていた。


その他にも、内的な音のリズムに従って音楽空間に絵画を描くようにして作曲していこうと思った。先ほど行っていた早朝の即興演奏作曲実践では、瞑想をしているかのように目を閉じて演奏をしていて、それを絵画的な形にしていった。しばらく実験的に、即興演奏作曲をしているときには目を閉じて、まるで瞑想をしているかのように曲を作ってみようと思う。創作活動と瞑想の実践をうまく組み合わせることができるのではないかと思うし、瞑想の意識状態から生み出された創作物はより大きな治癒と変容をもたらす効果を内包しているのではないかとも思う。後ほどまた創作活動を瞑想実践と共に行ってみよう。フローニンゲン:2023/7/8(土)07:26


10580. 今朝方の夢


小鳥たちが鳴き声を上げてどこかに飛んで行った。そして、今度は別の小鳥が戻ってきて、近くで鳴き声を上げている。家の周りにある木々がそよ風で揺れる音が聞こえてくる。こうした自然音がどれだけ自分の心を穏やかにしてくれることか。


今朝方は起床直前に見ていた夢が一番印象に残っているように思う。その他にも夢を見ていたが、まずはそれについて書き留めておこう。


夢の中で私は、飛行機の中にいた。中にいたと言っても、乗客としてそこにいたわけではなく、その空間を見守る目撃者としてそこにいた。飛行機は小型のもので、一見すると戦闘機のような作りになっていた。機内には数名の人がいて、どうやら飛行機から今すぐに脱出しなければいけない状態になっていたようだった。機内にはゴルゴ13のような風貌をした男性が指揮を取り、脱出に向けて準備をしていた。準備が整ったところで、まず最初の男性が飛行機から飛び降りてパラシュートで脱出することになった。その男性は勇気を振り絞って脱出し、最初こそ順調に空を飛んで移動していたが、最後の着陸のところで気を抜いてしまったのか、予定していた場所ではないところに着陸してしまい、パラシュートに火が付き、体が火の海の中に入った状態で死んでしまった。それを見ていた飛行機の中の人たちはとても残念そうにしていたのと同時に、脱出に伴う恐怖が増してしまったようだった。それを受けて、次に脱出する人はすぐには決まらないだろうと思っていたが、長身の物静かそうな男性が次に脱出することになった。機内の奥から勢いよく助走をつけ、いざ脱出口から空に向かって飛び出していこうとした瞬間に、その男性は足をすくめ、身体が強張ってしまい、うまく外に飛び出していくことができなかった。そこでその男性は心の中で何かを唱え、空に飛び出していった。その男性が空を舞い、着陸予定地に向かっているところを見届けていると夢の場面が変わった。


今朝方はその他にも、以前オランダに住んでいた友人が中国人の男性とメッセンジャーで独特な口調で何回かやり取りをしていた場面に遭遇した。場所は欧州のどこかの港町で、漁港付近で2人のやり取りを目撃した。彼らのやり取りは地面に表示されていて、2人の言葉には方言だけではなく、サブカルチャーで使われているような独特な語りがあったのが印象的である。フローニンゲン:2023/7/8(土)07:37


10581. オンラインゼミナールの第37回のクラスの振り返り


先ほど仮眠から目覚め、今こうしてまた日記を綴っている。今日は幼少期の夏休みを思い出させるような感覚に浸らせてくれる世界が目の前に広がっている。空には雲がひとつもなく、満点の青空が全てを包み込んでいる。そよ風は涼しく、30度を超える気温を忘れさせてくれる。すでに気温は31度に達していて、もう1度ほどこれからさらに気温が上がるようだ。オランダは湿度がさほどではなく、調べてみると、東京とフローニンゲンでは湿度が半分ほど違うので、同じぐらいの気温であっても体感は全く異なる。オランダの家にクーラーが基本的にないのはそのためだ。気温が30度を超える真夏日であっても窓を開けていれば十分に過ごすことができる。クーラーによって身体感覚を麻痺させてしまったり、脆弱にさせてしまったりすることなく過ごせるのはそうした気候上の特性による。


今日は午前中から正午にかけて、第37回目のゼミナールのクラスが行われていた。今日のクラスの冒頭の受講生の皆さんの話を思い出している。学習や実践におけるアンテナを張り、自由に探求を進めていきながらも、自己が戻ってこられるような錨を下ろしておくことの重要性を思う。しかもその錨は固定したものではなく、探求という航海の中で色々な場所に下ろすことができるものである。


今日はテーマとして、無常感というものを扱った。その中で、自分が無力感を感じる事柄に対してどのように向き合っているのかの話になった。結局このリアリティは幻想でできているのだが、それでも無意に陥ることなく自分がなすべきことをなすという姿勢は非常に重要なことなのではないかと思う。さもなければ虚無主義に陥ってしまい、自己は堕落の道を歩んでしまう。悩むというのもクヨクヨ悩むのだとか、虚無的に悩むのではなく、悩みもまた学びの一貫であり、悩みもまた私たちの教師であるという考えのもと、悩みと丁寧に向き合うという意味で、丁寧に悩むという在り方を取り入れたい。


無は結局有に転じ、有は結局無に転じる。無であり続けるような虚無はなく、有であり続けるような虚有もまたない。全ては無と有の往復運動を為しているのだ。無と有の戯れの中で、それらと戯れながら自由自在に生きていくという在り方をより柔軟強固なものにしていきたいと思わせてくれるクラスだった。フローニンゲン:2023/7/8(土)14:29

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