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10303-10309: フローニンゲンからの便り 2023年5月7日(日)



No.4726 感覚世界の表出(その3)_The Expression from the Sensuous World

(Part 3)


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本日の3曲


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タイトル一覧

10303. 次の旅行への思い/問題の難易度の識別眼を養うこと

10304. 今朝方の夢

10305. 自らの霊性観/今朝方の夢の続き

10306. 読解における認知バイアス/公共政策と倫理

10307. タンポポからのレッスン

10308. ジークンドーの稽古(139):ランク3の試験からの学び

10309. ジークンドーの稽古(140):武術・芸術・学術の三位一体の水脈


10303. 次の旅行への思い/問題の難易度の識別眼を養うこと


時刻は午前6時半を迎えようとしている。今、小鳥と鳩が同居して、交互にその鳴き声を別々の場所から奏でている。起床した直後には小雨が降っていたが、今は止んでいる。ただし、今日は10時頃までは雨に見舞われるようである。今日の午後にはジークンドーのプライベートレッスンがあり、今日はランク3の試験の日である。いつの間にかもうランク3を卒業することになったのかと自分でも驚く。ジークンドーの稽古も毎日少しずつ継続していて、確かな進歩を感じる。今日の試験も無事に通過して、次回からはランク4に入り、これまで習った技を組み合わせることや、さらには戦術的なことをより深く学べるのではないかと期待する。


先日のイタリア旅行を終えて、しばらくは都市への旅はもういいかと思っていたのだが、考えや感覚が変わるのは早いもので、旅への思いがやはり増してきた。次回は以前からの計画通りにプラハとミュンヘンに訪れたい。どちらも主要な都市だが、直感的にイタリアの2つの都市ほどは観光客でごった返していないのではないかと思う。どちらの町にも見所となる美術館がたくさんあり、調べてみたところ、いずれも自分の関心を引く芸術家たちの作品を数多く所蔵している。次回の旅の予約についても来週末にでも行っておこうかと思う。日程を確定させ、フライトとホテルの予約をしておこう。


それでは今日もまたGREの対策を積極的に進めていく。このところはGREの対策に取り掛かりきりだが、それを自分のアカデミック英語の向上に向けて前向きに取り組んでいることから、実際にその効果を実感しているし、何より脳の塑性が変化しつつあるのを実感する。GREで要求される高度な語彙やパッセージに試行錯誤しながら取り組むことが脳を刺激して活性化させているようなのだ。これは思わぬ副産物であった。今日はまず、公式ガイドブックを用いてreading comprehensionの対策を進めていく。難易度として中間の問題に取り組み、時間を見て最難関の問題にも取り組む。その時に、単に正解を求めて取り組むのではなく、それらの問題がなぜ中間の問題に位置付けられているのか、最難関の問題に位置付けられているのかも考えていく。そうすることで、本番で難しい問題が出た時に後回しにすることが速やかにできるための判断力を養うことができる。数学のセクション以上に時間に追われるverbalのセクションにおいては、とにかく難しい問題とそうではない問題を瞬時に峻別する力が大切になり、簡単な問題を取りこぼさない力を付けていき、余った時間で難しい問題に取り組んで点数を積み重ねていくという戦略が重要になる。今日からの対策では、問題の難易度を見極める目と感覚を養っていくことを意識したい。その後、text completionの対策を進めていく。こちらについては引き続きETSではない発行元の問題集を使っていて、明日か明後日には全ての問題を解き終えるであろうから、そこからは公式問題集に移行していこうと思う。一通り公式問題集の問題を解き終えたら、本番と同じコンピューター上で問題を解く感覚を養う上でも、ETSの公式サイトからオンライン上での対策講座を受講してみようと思う。過去それを受講したことはなく、それを受講することも新たな経験として自分の肥やしになるだろう。フローニンゲン:2023/5/7(日)06:43


10304. 今朝方の夢


小鳥たちの鳴き声が静かに、そして煌めいて聞こえてくる。1つ1つの鳴き声が、光の宝石として輝いているかのようだ。


今朝方は1つ一貫した夢を見ていた。夢の中で私は、自分が昔サッカーをよく見ていた頃の歴代の代表選手たちが集う合宿所にいた。そこはおそらく日本のどこかの県だと直感的に思った。合宿所の周りは山であり、森があって、緑の様子が外国のそれとは違っていたことからそこは日本だろうと推測した。


今日は合宿の初日ということで、どのような練習が行われるのだろうかと期待感があった。私も代表選手の1人として選ばれていて、初顔合わせの選手たちもいたので、彼らにきちんと挨拶をしておこうと思った。監督やコーチの姿は一切見えず、気がつけば練習が始まっていて、最初の練習は全員で温泉に入るというものだった。それは聞こえはいいが、実際には全員裸になって、下に白いタオルを巻いて、変な踊りをして温泉場まで向かっていき、温泉の周りでまた不思議な踊りを踊ることが要求されいていた。私は選手たちが次々と裸になって温泉場に向かう光景が異様に思えたし、変な踊りにも違和感があった。自分はその流れに巻き込まれたくないと思ったので、その練習をサボることにして、別の場所に待機しておこうと思った。そこで選んだのが宿の入り口だった。来た時にちゃんと入り口の門を見ていなかったので、それを見にいこうと思ってそちらに向かった。すると、そこに外国人の観光客が数人いて、彼らはどうやら東南アジアから来ているようだった。彼らが写真撮影をしていたのは、門に埋め込まれた立派な彫刻群である。そこには古典的な彫刻もありながら、動物のキャラクターの可愛らしい現代的な彫刻もあった。宿泊客たちが外に行く時には門の上から降りていなければならず、私はキリンのキャラクターの彫刻の頭を撫でながら地上に足をつけた。


さて、そこからどこで時間を潰そうかと思っていると、右手にフットサルコート があったのでそこに行ってみた。すると、小柄な白人男性がドリブルの練習をしていて、近くに2人のアフリカ系の小柄だががっしりした男性がいた。私は彼らのところに近づいていき、話しかけてみたところ、英語が通じず、身振り手振りでコミュニケーションした。私は彼らと一緒に少しフットサルがしたかったが、その意図があまり伝わらず、彼らは3人で練習を始め、そこからすぐに彼らのチームメートが集まってきて集団練習を始めた。私はその様子を眺めながら、しばらく時間を潰していた。すると何かハッとして、そろそろ練習に戻る必要があると思った。幸いにもフットサルコートとサッカーの練習場が裏でつながっていたので、わざわざ門を登って入り口から練習場に向かう必要がなかった。練習場に向かう通路を歩いていると、突然私は気を失った。気がつくと、私は床の上に敷かれた布団の上で寝ていた。どうやら自分は気を失って倒れた拍子に肩を痛めてしまったようで、そのリハビリをする必要があるようだった。リハビリには数日間を要するようだったが、それくらいの期間でまた復帰できるのは不幸中の幸いであった。そのような感謝の念が湧き上がると、気がつけばもうリハビリは終わっていて、完全な状態に戻っていた。そこで再び練習に参加しようと思った時に、歴代のあるエースストライカーの選手が私の復帰を心待ちにしていたと述べてくれ、それがとても嬉しく、これから大いに練習に励もうと誓った。そのような夢を見ていた。フローニンゲン:2023/5/7(日)07:06


10305. 自らの霊性観/今朝方の夢の続き


日曜日の朝の世界はとても静かで穏やかだ。その世界と一つになってみると、色々な思考や感覚が自ずから立ち現れてくる。その様子を見て、自分という人間がこの宇宙の中で考え、感じるというよりも、この宇宙が自分という人間を通して思考し、感じているのではないかとすら思えてくる。


スピリチャリティ(霊性)というのは、宗教的な概念に留まるものではなく、また何か如何わしいものなのではなく、生と死に関する意味付けを司るものや生き方を決定していくものという観点で捉えてみるのはどうかと考えている。例えば、上記で述べた宇宙と自己との関係性を考えてみた時に、それは何か自分の生き方に関係する考え方であり、生と死に関係するものであることから、上記の考え方もまた自分のスピリチャリティに現れかと思う。


そのようなことを考えていると、今朝方の夢の続きを思い出した。夢の中で私はサッカーの歴代の日本代表の選手たちが集まる合宿に参加していた。合宿の最終日に、歴代でも指折りのファンタジスタの司令塔の選手がサッカー選手を引退するという発表をした。選手の中にはそれをすでに知っている人もいるようだったが、私はそれを事前に知らされておらず、正直かなり驚いた。というのもその選手であれば、まだまだ現役で活躍していくことができると思っていたからである。その選手の引退を祝うべく、私たちは合宿所の広い応接室で会を行った。テーブルには料理が運ばれていて、どれも美味しそうだったが、その選手の引退を祝う会がメインだったので、どの選手もあまり料理には手をつけていなかった。応接室の雰囲気は厳かだったのだが、ふとそこが父の書斎だと気づいた。実際に父の本棚がずらりと壁に並べられていて、そこには重厚な書物がびっしり置かれていた。すると、引退を表明したその選手が父の本棚から一冊の本を取り出し、その本と隣の本の間に挟まっていたクリアファイルを手に取った。何やらそのクリアファイルには、その選手がプロのサッカー選手になった時の写真が挟まっていて、その写真にはその選手の初心表明の言葉が書き込まれているとのことだった。私はなぜそのようなものが父の本棚にあるのか不思議だったが、その選手の父親と私の父が仲が良かったことを思い出し、1人合点した。その場にいた一堂、写真にどのような初心表明の言葉が刻まれているのか興味津々のようで、静かにその選手に視線を集めていた。いざその選手が写真を取り出して初心表明の言葉を読み上げると、その選手は現役生活をまさにその言葉通りに過ごしていたことがわかり、その場にいた全員は感嘆の声を思わず漏らした。最後に、その選手が私のところに近づいてきて、その写真を私にプレゼントしてくれた。私はその選手のファンでもあったので、とても嬉しく、その写真は一生の宝物になるだろうと思った。そのような夢を見ていた。フローニンゲン:2023/5/7(日)07:59


10306. 読解における認知バイアス/公共政策と倫理


午前中のGRE対策が順調に進んでいる。最初に取り掛かった読解問題の中で、やはりどうしても自分はパッセージに書かれていないことを無意識的に解答根拠の中に持ち込んでしまう癖があるようであり、それは特に問題の難易度が上がって選択肢が紛らわしくなってくると誤答を誘発してしまう。それ以外に気をつけるべきことは、複数の選択肢が正解になる問題において、解答根拠として参照するセンテンスが飛び飛びになっていることがあるということである。これは当たり前のことだが、1つのセンテンスに固執して解答を選んでしまうと抜け漏れが発生してしまう。難易度の高い問題になればなるだけ、センテンスはパラグラフを跨って飛んでいることもあるのでその点に注意が必要だ。text completionとsentence equivalenceの問題は、やはり語彙力が物を言い、そこにロジックの力が組み合わされる形で正解を効率良く導くことができる。語彙に関してはかなり増強されてきているが、まだ覚え切れていない出現頻度の高い単語があるので、それらについては本番までに繰り返し触れる中で、その単語を見ただけで意味が一瞬で想起されるようにしたいし、可能であれば実用的にそれらの単語をアカデミックな場面での会話や文章の中で活用したいものだ。


GREの対策の休憩にこうして文章を書いているとふと、公共政策と倫理を絡めた実践的研究に着手することについて考えが及んだ。公共政策の立案にせよ分析にせよ、その時に倫理学の枠組みからそれらを行っていきたい。また、倫理的な議論をする時に、データを用いて倫理的な論を組み立てていくことも重要であり、その点についてもより関心を持って取り組みたいところだ。データの集め方から出発し、統計的なデータの解釈に関しても今一度その知識をアップデートして、公共政策に関して倫理的に議論を進めていく道を探っていこう。そのようなことを束の間の休息に考えていた。フローニンゲン:2023/5/7(日)10:00


10307. タンポポからのレッスン


平穏無事としか形容できないような日曜日の穏やかな夕方の世界が目の前に広がっていて、自分はその一部となっている。小鳥たちがいつも以上に楽しげにさえずっている。彼らの鳴き声が、優しい夕方の光に包まれた世界に静かに満ちていく。小鳥たちに加えて鳩もホーホーと平穏な気持ちで鳴き声を上げている。


それにしても目の前のタンポポの群生に満ちた世界は見事である。スケールは違うかもしれないが、その色彩感覚はまさにオランダを代表する画家のゴッホがこよなく愛したひまわりの色彩世界と寸分も違わない。少なくとも自分にはそのように感じられる。


今日は先ほどまでジークンドーのプライベートレッスンがあったのだが、道場までの行き帰りの道のりの散歩はとても楽しく、幸福感を感じさせるものだった。朝夕はまだまだ冷えるが、それでも日中の気温は随分と暖かくなってきたし、日照時間は長くなり、そして何より晴れの日も増えてきた。いつの間にか花々が生命力溢れる形で顕現する世界になっていた。とりわけ道端のタンポポは自分の目によく止まった。タンポポの白い綿毛と黄色く咲き誇るタンポポの花の組み合わせが作り出す色彩世界は見事であり、何度も足を止めてゆっくりとその世界の中に浸ろうと思ったし、思わずタンポポに話しかけたくなるような気分であった。


タンポポは黄色い花を咲かせた後に白い綿毛に変わり、そのタネを飛ばして次の世代に命を受け渡していく。そんなタンポポと自らの存在を重ねている自分がいた。それは自分だけではなく、全ての人に重なることなのだと思う。道端に咲いた一輪のタンポポは、誰かに存在を気づかれるかもしれないし、全く気づかれないかもしれない。ある人との出会いがあるかもしれないし、その人との出会いはないかもしれない。一輪のタンポポは人知れずして咲き誇り、そして人知れずして命を終えて、次の役割である命のバトンを次の世代に渡すべく自らが種となる。なるほど、私たち人間もそれぞれが貴重な生命であり、同時に次の世代の種子なのだ。私たちは世界の子であって、宇宙の子でもあり、その子が次の子としての人間を誕生させる。なんと素晴らしい生命連鎖のバトンであろうか。こんな素晴らしい生命の円環運動が日常に絶えずあったのである。それは知的にはすでに知っていることであり、何度も聞いたことのある事柄だった。しかしながら、それが自分の実存性を霊性の深部に染み渡る形で了承されることはこれまであまりなかったのではないかと思う。道端に咲いたタンポポから、そのような重要な学びを得た日曜日の午後、今の自分はとても神妙な深い感謝の念に包まれている。フローニンゲン:2023/5/7(日)16:24


10308. ジークンドーの稽古(139):ランク3の試験からの学び


ジークンドーの奥深さ、武術の奥深さ、ありとあらゆる実践の奥深さについて再考を迫られるような機会だった。それが今日のプライベートレッスンを一言で要約した言葉になるだろうか。今日はプライベートレッスンの日でもあり、同時にランク3の試験でもあった。ここ最近はIELTSにせよ、来るGREにせよ、試験が続く。この歳になってこうやって各種の試験に身を晒すのも案外悪くないものだと思う。それは今の自分の立ち位置を客観的に教えてくれる良い機会になるし、次のステップに向けて考察を深めさせてくれる最良の機会になる。そうした形で働く試験というのは良きアセスメントの必要条件かと思う。まさにそれがその人の成長につながるかどうかが肝要な点なのだ。それで言えば、最近の自分が受けている試験はいずれも成長につながる良きアセスメントとしての性質を持っている。


今日のランク3の試験は、これまでの試験以上に落ち着いた気持ちでスタートした。リラックスした状態かつそれでいて集中力も高い状態で試験に臨むことができた。これはひょっとしたら、IELTSの試験に向けて勉強し始めた頃から、数年振りに瞑想実践を毎晩寝る前に実践し始めたことが大きいかもしれない。今でも瞑想は毎晩寝る前に継続的に実践していて、それが脳と心、そして身体全体に良い影響を与えている確信があるし、頭の働きや集中力にも当然ながら良い影響をもたらしている。


結論から述べると、今日の試験は無事に終了し、ランク3の資格証明書をロビンさんから最後に授与してもらった。しかしながら、今後につながるいくつもの学びをお土産として持ち帰ることになった。今回はランク3の試験ということで、ランク3のリストに挙げられている事柄を中心的に鍛錬していて、これまでに習ったランク1とランク2の技については鍛錬が疎かになっていた。今日の試験の中では、ランダムにランク1とランク2の技についてもロビンさんから求められ、その時にいくつか抜け漏れているものがあることに気づいたので、今日からはまたこれまで習ったことを再度一から復習していきたいと思う。特に接触法の9番から21番は少し稽古が疎かになっていたので、それらを実行することを求められた時に少し困惑した。こうした困惑があることは今後のさらなる稽古に励む上で良い刺激となるので肯定的に捉える必要がある。明日からは初心に立ち返って、これまで習った技を1つ1つ復習していこう。それはランク4において重要になることをロビンさんに教えてもらった。すでにジークンドーの基本的な技の全てをカバーしたので、ランク4においては、これまでのランク1から3にかけての技を磨いていくことに主眼が当てられるそうだ。それを見越して、明日からの鍛錬の内容を自分で考えていき、1つ1つの技の精度を今よりもさらに向上させていきたいと思う。少しずつ磨いていくという工程は、箏の演奏においても学術研究においても等しい重要性を持つ。フローニンゲン:2023/5/7(日)16:37

10309. ジークンドーの稽古(140):武術・芸術・学術の三位一体の水脈


本日のランク3の試験及びプライベートレッスンから学んだことの中で重要な実践概念を取り出すとすれば、それはリラックスと集中の同時顕現とでも呼べるだろうか。これは今の自分にとってなかなか難しい。というのもリラックスしようとすると、そちらに意識が向かってしまい、相手の動きに対する意識が下がってしまうことがあるからだ。その逆もまた然りで、相手の動きに集中しようとすると、ついつい身体が緊張状態になって、リラックスとは程遠い状態になってしまう。それらの状態の双方を防ぎ、リラックスと集中の調和的な均衡状態の中で動くということがこれからの課題となる。またそれと似ていることではあるが、その場の状況を受容するということもまた大切になる。パニックに陥ることなく、その場の状況をそれとして受け止め、その瞬間になすべきことをあるがままになすということが大切なのだが、これも言うは易し行うは難しである。少しずつ改善されつつあるが、自分の場合はジークンドー以外に武術の経験は1年間ほどの合気道の経験しかないし、それは武術というよりも武道的で、相手に打撃を加えるようなことやこちらが打撃をもらうような訓練は基本的になかったので、相手に殴られる、そして相手を殴るという実践経験が乏しいことから生じる相手への攻撃への躊躇が今の自分には見られる。今日のレッスンの最後に行ったスパーリング的なエクササイズでは、ヘルメットをかぶって相手の打撃が全く痛くない状態を作っていたにもかかわらず、ロビンさんへの攻撃が躊躇われる瞬間があった。それはロビンさんに打撃を当てることへの躊躇でもあり、同時に痛くないと分かっていながらもロビンさんからのカウンターを恐れる自分の心の様子を見て取ることができた。


その他にも、今日はロビンさんとパートナー契約を結んでいる武術専門のグッズ製造会社が試作品としてロビンさんに提供しているボディアーマーのようなプロテクションを活用して、ロビンさんの腹部にフックパンチやサイドキックを全力で喰らわせるエクササイズを行ったのだが、やはり最初は躊躇があった。確かに道場での1つ1つはエクササイズとして行われるのだが、それをエクササイズと思わないようにしなければならないとロビンさんから改めて教えられた。とにかく1つ1つの動作はその瞬間の魂が籠もったものにせねばならず、いかなる状況においてもなすべきことをあるがままに表現しなければならない。その瞬間の自己がオーセンティックに表現されるというのはまさに芸術につながる考え方でもあり、武術がマーシャルアーツ(martial arts)という言葉が当てられるように、それはやはりアーツなのである。ジークンドーを通しての武術鍛錬から学ばされることは非常に多く、いずれも本当に貴重なものである。その学びが芸術実践と学術研究の水脈に少しずつ合流しつつあることを喜びたいし、それらを三位一体のものとして引き続き探究と鍛錬に精進したいと思う。フローニンゲン:2023/5/7(日)17:00


本日の自由詩(free verse)

No.2938, Morning Openness

My soul is attracted by morning openness.

The more it becomes gravitated, the more it becomes open.

Groningen; 07:41, 5/7/2023


No.2939, Ethical Light

This modern society should be shed light on by ethics.

Otherwise, it would collapse someday soon.

Groningen; 12:53, 5/7/2023


No.2940, Evening Hope

The world at this moment is saturated with evening hope.

It makes tomorrow's new world.

Groningen; 20:05, 5/7/2023

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