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タイトル一覧
13192. 目覚めに繋がる学びと行
13193. 今朝方の夢
13194. 今朝方の夢の続き/心の治癒と発達
13195. マインド以外の実践について
13196. 充実した筋力トレーニングを終えて
13192. 目覚めに繋がる学びと行
時刻は午前6時を迎えようとしている。今はまだ辺りは真っ暗で、小鳥たちの鳴き声も聞こえてこない。敷地の外の通りをバイクが走る音が微かに聞こえてきた。この時間は明かりが灯っている家はほとんどなく、まだ多くの人たちが寝ているようだ。人々が夢の世界にいる間に自分はこうして目覚めて活動を始めている。結局このことは現実世界の中で眠っている人と覚者との違いだと言えるかもしれない。迷いの世界としてのこの現実世界の中で多くの人たちが社会的リアリティの虚構に気づかずにまるで夢の世界にいるかのような状態である。一方、そんな世界の中でも覚者はいて、彼らは目覚めている。社会の虚構性にありありと目覚めていて、そこから解放されている人も確かにいるのである。自らに目覚めをもたらすのはやはり学びと行しかない。しかもそれは目覚めに繋がるものである必要がある。この社会には、およそ目覚めに繋がらないような学びや実践が多すぎるのだ。本来は、全ての学びと実践の中に目覚めに繋がる要素があるはずだが、依然として眠りの世界の中にいる凡夫にはそれに気づくことができないのである。目覚めに至る学びと行を日々粛々と積んでいこうと改めて思う。
今の気温は18度比較的高い。昨日の気温が30度近くまで達したこともあり、その余熱が残っているかのようだ。なので久しぶりに二重窓を開け、空気の入れ替えをしている。18度とは言えひんやりとした風が心地良く部屋の中に流れて来る。目覚めた時には室温が25度あったので、ここからもう少し温度を下げたいと思う。今日の日中の最高気温は26度とのことなので、大変過ごしやすい。雲ひとつない場合には気温が上昇しやすいが、今日はポツポツと雲があるようなので、天気予報通りの気温になるのではないかと思う。心地良い暖かさを感じながら午後にジムに行こう。今日はパーソナルトレーニングの日で、来週の月曜日にケトルベルを用いた自主トレーニングに励む予定である。その自主トレーニングに向けて、パーソナルトレーナーのエリーザにケトルベルの面白い使い方をいくつか紹介してもらおうと思う。通っているジムには様々な器具があって、それらを全て使いこなせているわけではないし、また全てを使いこなす必要もないことはわかっている。しかしトレーニングの幅を広げ、筋肉に違った刺激を入れる意味でも様々な器具の使い方に習熟していくことは好ましい。ケトルベルは今の所ランジで使ったり、スイングさせて使うぐらいしか使い方を知らないので、何かその他に使い方があれば知りたいものだ。プッシュアップを深く行うためにも使えるらしいので、そのフォームを確認してもらうことを検討している。今日もまたジムに行くまでの時間は学術探究に充てていく。昨日注文した書籍が届くまでは、引き続き唯識学に関する和書を読みながら、解説の音声ファイルを作成していくということを続けていく。この取り組みもまた目覚めに繋がるものである。フローニンゲン:2024/8/29(木)06:05
13193. 今朝方の夢
時刻は午前6時を少し過ぎたところであり、ようやく辺りがうっすらと明るくなり始めた。まだ小鳥は鳴いていないが、その代わりに小さなカラスの鳴き声が聞こえてきた。夜明けを待つ世界の中で、今朝方の夢について振り返っている。
今朝方は夢の中で、前職時代のオフィスのメンバーと一緒に社員旅行に出掛けていた。それは毎年恒例のもので、多くの社員がそれを楽しみにしていた。自分もそれを楽しみにしていた1人で、毎回立派な旅館で寛げることがとても有り難かった。旅館に到着して一夜を過ごした翌日に、朝食会場で同じ大学を卒業した一回り上の先輩社員と同期の社員と一緒にご飯を食べることになった。偶然相席となったので、3人でここ最近従事している案件について話したり、仕事とは関係のないプライベートの話などをして盛り上がった。出された和食はとても美味しく、話も面白かったこともあり、二重の意味で朝食を楽しむことができた。
朝食繋がりでいくと、また別の夢の中でも知人と朝食を共にしている場面があった。その場面では旅館ではなく、立派なホテルのレストランが朝食会場だった。どうやら私たちはそのホテルに宿泊しているようで、ホテルの会議室を借りてワークショップを提供しており、ちょうど昨日からワークショップが始まった。2日目のワークショップに向けて、朝食をしっかり摂っておこうという気持ちで朝食会場に到着すると、ある知人の方が席を確保してくれていたようだった。その方が運んでいたプレートを見ると、その方はセットメニューを注文したようだった。それにはコーヒーが必ず付いて来るようで、自分はコーヒーを飲まず、お茶の方が良かったのでそのセットメニューを注文することを避けた。その代わりにブュッフェ形式の朝食を楽しみたいと思ったので、自分は単独行動することにし、その方にその点を伝えて、自分は1人で朝食を食べることにした。正直なところ、雑談をしながら朝食を食べることはあまり好きではなく、話をするのに集中するか、食べるのに集中するかのどちらかにして欲しいという思いがあった。そのような場面があった。最後の自分の思いを振り返ってみると、1つ前の夢の場面では、朝食を食べながら楽しくおしゃべりをしていたことを思うと、単に誰とご飯を食べながら話をするのかが重要なのだと改めて気付かされる。ご飯を食べながら話すのが全く嫌いかというと決してそのようなことはない。なるほど、どうやらその知人の方のように自分が気を遣ってしまうような人と一緒にご飯を食べるのが好きではないようである。それはおそらく自分だけではなく、大抵の人がそう思うことかもしれない。いずれにせよ、やはり誰と付き合うのが気を遣わず、最も心地良く時間を過ごせるかを考える必要がありそうだ。夜明けを待ちながらそのようなことを改めて思う。フローニンゲン:2024/8/29(木)06:22
13194. 今朝方の夢の続き/心の治癒と発達
時刻は午前6時半を迎えた。この時間になってようやく辺りは随分と明るくなった。先ほどまでいたカラスはどこかに消え、その代わりに鳩がやって来てホーホーと鳴き声を上げている。
そう言えば今朝方の夢の続きとして、ホテルのレストランで朝食を摂っている時に、小中学校時代のある友人(KM)と遭遇した場面があったことを思い出した。彼は全粒粉の体に良さそうな穀物パンをプレートに乗せて歩いていた。そのパンがどこで手に入るのかを彼に尋ね、自分もそれを食べてみようと思った。パンを提供している場所に到着すると、随分と大きなパンしかなく、それを切って小さくしてもらえるのかを尋ねてみようと思った。すると突然、自分の体はホテルの部屋の中にあった。どうやらすでに朝食を摂り終えたようで、これからホテルを出発してどこかに向かうことになっていた。旅の終わりとして駅まで送迎されるのか、それとも次の観光地に向かうのか、それは定かではなかった。とりあえず荷物をまとめて1階のロビーに集合する必要があったので、すでにまとめていた荷物を持って1階に降りることにした。部屋を出て廊下を歩いていると、知人や友人たちが宿泊していた部屋のドアが開いていて、彼らの大半はまだ身支度をしている最中のようだった。そうこうしているうちに清掃員の方々が廊下の奥から順番に部屋を綺麗にし始めていた。その姿を見ながら、ある部屋にふと立ち寄ると、そこでは知人の男性が2人の男女に見守られながら絵を描いていた。どうやらその2人の男女はその知人の方のアシスタントのようで、絵が完成したら依頼主に届ける役目を受け持っているようだった。その方が描いている絵で印象的だったのは、見事な桜の花びらを描いたものと、不気味に立ち上がる妖怪の姿だった。同じ絵にそれらを描いていた。川を下る船の上に桜の花びらを降らせ、船が向かう方向、あるいは船を追いかける形で巨大な妖怪が立ち上がっている姿がそこに描かれていた。その絵がとても印象的だったのを覚えている。
こうして今日もまた夢の振り返りから1日が始まった。夢を振り返ることは、心の浄化と発達に大いに繋がっている。心は治癒されることによって発達していくという方向性と、発達することによって治癒が実現されるという方向性の2つを持つ。後者は治癒が未実現のまま進むことになり、その分負荷が高い。ゆえに推奨されるのは前者の漸次的な道かと思うが、私たちは都合良く2つの道を選ぶことはできない。実際のところは、2つの道の双方を同時に歩んでいるというのが実情だろう。重要なことは、発達課題や治癒の対象を見極めながら、それに意識的に取り組むことである。結局のところ、課題や対象の把握が難しく、多くの人は自分の発達課題や治癒するべきものが何なのかわからないのである。発達課題や治癒の対象を発見する意味で学びが重要になるのであり、他者との対話や他者からのフィードバックもそれを促す良い機会となる。治癒と発達を差異化しながらも、それらは同時に進むものであるという認識を持ちながら、引き続き自らの心の治癒と発達を少しずつ実現させていこうと思う。まるで生きることが心の治癒と発達を実現するRPGゲームであるかのように思えてしまうことがあるが、それは自他衆生を救済し、解放するためのなくてはならない試みだと自覚している。フローニンゲン:2024/8/29(木)06:55
13195. マインド以外の実践について
朝の世界がとても穏やかで美しい。心を深く寛がせてくれる清澄な世界が目の前に広がっている。この景色もまた諸行無常なのだろうか。世界も自分の人生もまた諸行無常の原理に貫かれていることから、きっとそうなのだろう。目の前の見事な景色が滅するのと、自分がこの土地から離れていくのとどちらが先だろうか。おそらく自分がこの土地から離れてまた新しい土地で生活をすることの方が早くやってくるに違いない。書斎の窓の外に広がる素晴らしい景色が見納めになるまで、毎日この景色を大切にして味わいたいと思う。
昨日の夜に、親友のメルヴィンに声をかけてもらったエクスタティックダンスのイベントのチケットを無事に予約した。予約の完了をメルヴィンにWhatsAppを経由して報告すると、彼もまたすぐさまチケットを予約したらしかった。今の自分は少しマインド過多の実践をしているかもしれない。本来唯識学は実践を重んじるものだが、その思想を理解していく作業にはどうしてもマインドの取り組みが不可欠となる。その知的理解の作業に随分と多くの時間とエネルギーを充てていることもあって、最近は少し自分の存在全体の調和をもたらすために、マインド以外の実践を欲していた。その折にメルヴィンから即興ダンスのイベントに声をかけてもらえたのは偶然ではないだろう。エクスタティックダンスは即興的な自己表現を大切にしており、音楽に合わせて身体の声を聞きながら自由に踊ることを通じて自分と深く繋がり、自己を治癒していくことが目指されている。それは今の自分が求めていることもでもあるので、今回そのイベントに参加してみることにした次第だ。エクスタティックダンスは単に自分との繋がりを深めるだけではなく、その場にいる他者とも繋がることが可能となり、集合意識を感じながらグループのエネルギーと1つになることが実現されうる。それは関係性を通じた自己治癒をもたらしてくれるだろうし、新たな自己発見もあるだろう。エクスタティックダンスに加えて、箏の演奏も再開してみようかと考えている。先生がお亡くなりになられてから箏から自然と離れていたのだが、メルヴィンがギターの即興演奏に力を入れていることに刺激を受け、久しぶりに箏を演奏してみようという動機が高まっている。実際に、箏は入れ物にしまわずにずっと2階の書斎に置いていて、いつでも演奏できる状態であった。特定の曲を演奏するというよりも、メルヴィンが即興演奏をギターで行っているように、自分もまた即興演奏を楽しむことを再開させてみよう。いずれはそこに即興で歌を付けていくこともできたら幸いだ。こうした形でマインド以外の実践を持つことは、心を健全な状態に保ってくれることに大きな役割を果たす。タントラの実践もまたその1つとして重要な実践になるだろう。フローニンゲン:2024/8/29(木)07:47
13196. 充実した筋力トレーニングを終えて
時刻は午後5時を迎えた。今日の日中はちょうどジムに行く前の時間帯が最高気温となり、28度ほどまで上がっていた。ジムから帰る夕方の時間帯には秋を感じさせる風が心地良く、爽快な気分で帰ってきた。帰りにスーパーに立ち寄り、そこからノーダープラントソン公園を横切っている時に、1人の中年男性が湖の方を眺めながら立ち止まっていた。何を眺めているのかなと思ったら、アヒルの親子を眺めているようだった。両親のアヒルの近くに8羽ぐらいの小さなアヒルがいて、地面を突いて食事をしていた。その姿はとても愛らしく、自分も思わず立ち止まってアヒルを眺めていた。そしてその男性とアヒルの可愛らしさについて少し立ち話をした。その男性はアヒルを示すオランダ語を教えてくれた。それは発音が難しくてなんと言ったのか今はもう覚えていないが、こうして見知らぬ人と野生の動物をもとに自然と会話が始まることに心地良さを感じる。
さて、今日のトレーニングであるが、午前中の段階でパーソナルトレーナーのエリーザにお願いして、ケトルベルを用いたエクササイズをいくつか盛り込んでもらうことにした。今日はジムの室内も気温が上がっていたので、ひんやりしたダンスルームを貸し切ってもらってトレーニングをすることにした。前半からケトルベルを使ったいくつもの興味深いメニューを提供してもらうことができ、それは来週の月曜日の自主トレーニングの際にもぜひ改めて行ってみたいと思う。40分弱ダンスルームで種々のメニューをこなした後に、そこからサーキットトレーニングをした。厳密には、それは「HYROX(ハイロックス)」と呼ぶらしい。ランニング、スキーイング、ローイングなどの心肺機能を高めるメニューに加えて、デッドリフトやバーピージャンプからの腕立て伏せをしながら前に進んでいくメニューなどを含め、合計10種目近いメニューを全体でこなした。300mほどのランニングが合計3回あったので、全体としての種目数は8種目ぐらいだったかと思う。今日は夏日の気温だったこともあり、とても良い汗をかくことができた。前回のトレーニングではジークンドーの鍛錬を忘れており、翌朝の夢で攻撃性が発露する夢が出ていたので、今日は事前にサンドバックを少々叩いて攻撃性を発散させておいた。マインドの実践に加えて、少なくとも週に2回はジムでしっかり体を動かすのはとても良いことだと改めて感じるトレーニングだった。フローニンゲン:2024/8/29(木)17:18
Today’s Letter
I was thinking about the works of Ryohen, one of the most important Buddhist monks of the Hosso school during the Kamakura period. He played a crucial role in rescuing the Hosso school from decline and bridging the gap between it and other schools of Japanese Buddhism. His contributions were significant, which is why I want to research his works. It's time to elaborate on my research plan. Groningen, August 29, 2024
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