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【成人発達心遊記】12932-12935:2024年7月5日(金)



⭐️成人発達理論・インテグラル理論・瑜伽行唯識学の観点から、リスナーの皆様と心の成長を一緒に実現していくことを目指したサイケデリック唯識ラジオの配信をしています。


⭐️心の成長について一緒に学び、心の成長の実現に向かって一緒に実践していくコミュニティ「オンライン加藤ゼミナール」も毎週土曜日に開講しております。

タイトル一覧

12932. 英語の発話能力向上トレーニングの成果を実感して

12933. 今朝方の夢

12934. 夢の後押しを大切にして/今朝方の夢の続き

12935. 「上求菩提・下化衆生」とエロスとアガペー


12932. 英語の発話能力向上トレーニングの成果を実感して 

   

時刻は間もなく午前6時を迎えようとしている。今朝もまた暖房が自動で入って部屋を温めてくれている。今の気温は13度と相当に冷えている。今日の日中の最高気温は17度までしか上がらず、昨日と同様に今日もまたかなり冷え込んだ1日となるようだ。夕方からは小雨が降るようで、それもまた気温の低下を後押しすることになるだろう。ここからの1週間の天気予報を見ると、来週には20度を超す日が多少あるが、それでも涼しいことに変わりはなく、まだ暑さに悩まされることなく気持ち良く生活できそうである。引き続きこの涼しさが続いてほしい。


今日もまた自らの取り組みに集中する形で充実した1日を過ごしていこう。先月は丸々英語の発話能力の向上に毎日かなりの時間を充てていたこともあり、その集中的なトレーニングの成果が現れつつあることはとても喜ばしい。英語の思考回路が以前よりも太く強靭なものとなり、英語の発話の即興性がさらに増したことを実感する。当然ここからまだまだ発話能力を高めていくことができるわけだが、こうして1ヶ月の集中的なトレーニングの成果を実感できることは学習動機の維持向上に繋がる。引き続きネイティブの感覚に近づいていくための地道な鍛錬をしていく。もちろんトレーニング量も重要だが、ここからは質をさらに意識したトレーニングをしていきたい。英語の発話においては、文法、発音、語彙の3点が鍵となり、それらを全て実用を意識した形でさらに磨きをかけていく。現在いずれもかなり高度なレベルにあるが、それでもまだ細かな点を詰めていくことができ、さらなる伸び代があることを自分は知っている。そうした小さな伸び代に注目しながら地道な学習をしていくのがここからの道である。今年の秋にはここまでの学習成果を測定するために、1年振りにIELTSの試験を受けてみようかと思っている。日本に一時帰国する前のタイミングで受験をしてみるつもりだ。前回は初受験ということもあって試験の形式に慣れていないこともあり、いずれのセクションも伸び代が随分とあった。今年の秋の受験に向けて、ライティングについてももう一度基礎から見直し、アカデミックな文章の構造や書き方について学び直したいと思う。それもまた良い機会である。こうした試験を1つの学習到達度の測定機会として捉え、試験のための試験勉強ではなく、英語の実用力を高めるための試験勉強という位置付けで勉強をしたいと思う。秋の受験の予約は来月あたりにしようと思う。IELTSの試験対策を通じた英語の実用運搬力の向上の実践もまた1つの楽しみとなるだろう。フローニンゲン:2024/7/5(金)06:09


12933. 今朝方の夢 


今日も朝からかなり冷え込んでいるが、早朝の朝日は見事である。寒さが残る日々が続いているが、そんな時こそ朝の朝日の輝きは心を温めてくれる。外側の環境世界が寒くても、心の内側はいつも温かい。そんな心の有り様が常にある。


今朝方はいくつか夢を見ていた。まず覚えているのは、高校1年生の時のクラスメートだったサッカー部の友人が現れている場面である。彼ともう1人高校時代の友人がその場にいて、3人で談笑をしている場面があった。何について話をしていたのかはもう覚えていないが、お互いに大人となっていて、高校から現在にかけての歩みについて互いに話し合っていたように思う。そのような場面があった後には、日本のどこかの町の住宅地を歩いている場面があった。ゼミナールでご一緒させていただいている方々と一緒に誰かの家に向かっていた。その誰かとはその土地の名主で、地元の政治を握っている人物だった。私たちはその人に招待され、これから自宅で夕食を食べながら話をすることになっていた。すでに辺りは薄暗くなっており、スマホの地図を頼りにしてその人の家に向かっていた。すると、ゼミのメンバーがいつの間にか二手に分かれてその人の家に向かっていることに気づき、自分と一緒ではないメンバーの姿が見えなくなっていた。自分と一緒に歩いていた人たちはすでに目的地に到着しようとしていたが、もう1つのグループの居場所がわからなくなっていた。なので私はスマホを通じてメンバーの1人に電話をかけることにした。するとどうやらそのグループは道に迷ってしまったらしかった。自分と同じようにスマホの地図を活用することを勧めたが、そもそも目的地がどこなのかを設定していなかったらしく、地図の使い道がないとのことだった。私はすかさずに目的地の大まかな場所を伝え、地図を見ながらその近くに来てもらうことにした。近くまで来てもらえれば自分がそこに迎えにに行くと伝えた。すでに目的地に到着したメンバーの方にはその家の主人に挨拶をしてもらい、先に家に上がってもらうことにした。すると、地元の名主であるその家の主人の方が家から出てきて、私と一緒にもう片方のグループのメンバーたちを迎えに行ってくれると述べた。住宅地はかなり入れ組んでいたので、その方の土地勘はとても頼りになると思い、感謝の言葉を述べてそこから一緒に迎えに行くことにした。夕方から夜に移行しようとしている世界の中で、その方とこれからの日本の産業転換について話をしていた。工業の力を強めるというよりも、再び農業に力を入れることを通じて、農業立国としての在り方を模索していく方が賢明なのではなかろうかとお互いの意見が一致していた。工業も発展維持させながら、農業により力を入れていく具体的な方法についてお互いに意見を出し合っていると夢の場面が変わった。フローニンゲン:2024/7/5(金) 06:34


12934. 夢の後押しを大切にして/今朝方の夢の続き    


先ほど夢について振り返りながら、夢に自分の深層的な思いを語ってもらっているような気がするという気づきがあった。夢は現実世界では抑圧している感情や考えを表出させることを後押ししてくれる何かがある。その働きに身を委ねる形で、夢の世界で感じられる固有の感覚や芽生える固有の考えに注目してみたいと改めて思った。端的には、夢の中の自分と現実世界の自分との間には、共通する受・想・思の心所もあれば、相違する受・想・思の心所もあると思ったのである。とりわけ相違するそれらの心所の働きに注目をし、夢の中だからこそ感じられることや考えられることを大切にしたい。先ほど振り返っていた夢の中で、日本がこれから産業転換を実現させていくためには農業に注目することが大事だと考えていたのも夢の中の固有の受・想・思の心所のおかげであろう。ここからより一層、夢の中で何を感じ、何を考えているかを大切にしていきたい。夢の中の自分が語ることに注目する形で夢日記を執筆することを継続させていこう。


そのようなことを考えていると、夢の続きとして英語の通訳を務めている自分がいたことを思い出した。夢の中の私は、仙台の郊外にある国立大学の病院で医療を学びながら、同時に通訳としての活動にも従事していた。夢の中の自分は医学生でありながら、すでに病院勤務をして医者としての仕事と通訳の仕事に従事していたのである。当初は通訳の仕事をするつもりなど全くなかった。その病院には外国人の患者が結構やって来ることもあり、また海外の病院から外国人の医者を研修として迎え入れていることもあり、英語が話せる人が必要であった。自分のように医学の知識があり、そして高度に英語が話せる人材がほとんどいなかったので、私に白羽の矢が立ったのである。通訳の仕事に最初はあまり乗り気ではなかったが、外国人の患者や研修医と交流することを通じて得られるものがあるだろうと思ったので通訳の役目を買うことにした。実際に通訳としての仕事を始めてみると、本業の医者としての仕事よりも面白さとやりがいを感じたことには自分でも驚いた。英語が話せるというだけで活躍の場が一気に広がり、多様な価値観を持つ人から大いなる学びを得させてもらえることに改めて感謝したのを覚えている。この夢の中で、病院から下宿先まで大学が契約している新幹線を使って移動していた場面があったことを覚えている。郊外にある大学と仙台駅までを繋ぐ新幹線をその大学の学生だけが独占して使えるという贅沢な権利があった。病院での勤務にも慣れたことだし、久しぶりに息抜きとして仙台の街に週末出かけてみようかと思ったのを覚えている。フローニンゲン:2024/7/5(金)06:59


12935. 「上求菩提・下化衆生」とエロスとアガペー      

 

時刻はゆっくりと午後5時を迎えようとしている。今日は午前中に雨が降り、午後には雨が止んだ。とは言え午後から晴れ間が顔を覗かせることはなく、うっすらとした雲が覆う形で夕方を迎えた。早朝こそ暖房が自動で入っていたが、午前と午後において暖房は動くことなく今に至る。2階の二重窓を閉めていれば室温が低くなることを防ぐことができていたようである。


秋の格好で過ごしながら、今日も自らの取り組みを前に進めていた。ふと、「上求菩提・下化衆生」という唯識学の根幹の教えは、そっくりそのまま発達の原理であるエロスとアガペーに対応することを思った。「上求菩提」とは自利の方向性を持つもので、上に向かって悟りを求める心の在り方をいう。一方、「下化衆生」は利他の方向性を持つもので、下に向かって人々を救済することを求める心の在り方をいう。発達の原理と合致する「上求菩提・下化衆生」の精神がどれだけ今の自分に体現されているだろうか。そうした反省の眼差しが自分の心に向かう。ここからも日々少しずつ自らの心を見つめるという自己研鑽と唯識学の教義の理解に努めていく。どちらも長大な時間をかけて前に進められていくものだが、決してその遠き道のりに屈しない心が自分には備わっている。その心を頼りにして、明日からもまた一歩ずつ修道の道を歩んでいきたい。フローニンゲン:2024/7/5(金)16:54


Today’s Letter

We are destined to materialize everything, but we must not be entrapped by the materialized.  We are always allured to embody something. One of the pearls of wisdom from Buddhism teaches us that we need to avoid being trapped by embodied things. 


Living without attachments is a key principle in my life. Attachments cause afflictions. Simply let go of any thoughts and feelings that create attachments. Groningen, July 5, 2024

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