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【サイケデリック学・意識哲学探究記】12126-12132:2024年2月15日(木)



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タイトル一覧

12126. 待ちに待ったハーバード神学大学院の最終選考面接に向けて

12127. 今朝方の夢

12128. ハーバード神学大学院の最終選考面接を担当する3名の面接官

12129. 日常の全ての出来事を通じて心を磨くこと

12130. お経と仏法によるスキャフォールディング/非二元の謳歌

12131. ハーバード神学大学院の最終選考オンライン面接を終えて

12132. ハーバード神学大学院の最終選考オンライン面接を振り返って


12126. 待ちに待ったハーバード神学大学院の最終選考面接に向けて  

   

時刻は午前4時半を迎えた。起床した瞬間に、どこか喜びに包まれている自分がいた。というのも、今日は待ちに待ったハーバード神学大学院(HDS)の最終選考面接があるからである。昨年の12月中旬に出願を終えて以降、書類審査に通過して面接に呼ばれることを首を長くして待っていた。もしかしたら書類審査に通過しない可能性もあったので、面接の招待を受けるまではどうなることかと思っていたが、そんな心配事をしていた自分は過去のものとなり、今日を迎えた。確かに書類選考の段階でも、それに通過しても通過しなかったとしても、それをありのままに受け止めようと思っていた。そうした達観した姿勢が、面接に呼ばれるかどうかの気かがりを軽減し、面接に招待されるまでの時間を有意義に過ごすことができたのだと思う。


今日はとにかくHDSのオンライン面接に向けた準備に余念なく取り組みたい。昨日の段階ですでに準備は整っていると言えるが、今日は最終準備を行っていく。昨日も日本から来られた3名の知人とお会いさせていただていて、昨日も身体治癒を専門としておられる方から施術をしてもらい、面接に向けて身体が整い、良いエネルギーで面接に迎えるのではないかと思う。オンラインで行われる面接においてもその人が持っているエネルギーというのは伝わるものなので、昨日の施術には本当に感謝したい。ここでも自分はその方から施術を受けるという機会を与えてもらったことになる。自分はその方に何を与えることができたのかと考える。兎に角、人から何かを与えてもらったら、できるだけそれ以上のものをその人にお返しをしたい。そんな思いで一杯である。昨日お会いさせていただいた方々にも自分が今日の夕方にHDSのオンライン面接を受けることを伝えていたので、昨夜解散するときには3人から応援のメッセージをいただいた。こうして自分はまた様々なものを多くの人から与えてもらいながら生きているのだと実感した次第である。この世界は本来、受けることと与えるで成り立っている。個人として、社会として、受けるだけでも与えるだけでもなく、両者の調和した状態の実現に向けて、自らもまた受け取ることと与えることの双方の調和を実現した生き方を日々行いたいものである。


面接に向けた具体的な準備としては、昨日同様に、まずは口慣らしの準備運動を兼ねて、書類審査の段階で提出した志望動機書とライティングサンプルの音読をゆっくり行いたい。そこで用いられている言葉は自分の言葉であるから、面接時にも表現として使いやすい。音読をすることで自分の表現をさらに定着させていくことをし、咄嗟の質問に対しても自分の言葉で受け答えできたらと思う。そこから想定質問に対する自分なりの回答の音読をこれまた丁寧に抑揚や感情を込めて何度かリハーサルしておきたいと思う。そうすれば準備に関してもう何も思い残すことはない。今日の面接の結果としての最終結果は来月の中旬にわかる。その結果がどうであれ、今回こうした機会をいただけたことに感謝であり、今日の面接の時間を一瞬一瞬楽しみたいと思う。フローニンゲン:2024/2/15(木)04:55


12127. 今朝方の夢

 

昨日は日本から来られた3人の知人の方と朝から晩まで一緒に過ごしていたのだが、一夜が明けて、どこか夢見心地を感じる。自分は滅多なことでは人に会わないし、わざわざオランダのフローニンゲンまで来られる方が少ないこともあり、久しぶりに人と会ってお話をさせていただく機会を得たことがどこか非日常感を自分にもたらし、夢見心地を醸成したのかもしれないと思う。そんな感覚を抱きながら、今朝方見ていた夢について振り返っておきたい。


夢の中で私は、見慣れない学園の中にいた。そこは中高一貫校のようだが、中学生用の校舎と高校生の用の校舎は完全に分かれていた。私は高校生用の校舎の中をぶらぶらと歩いていた。すると、高校時代のクラスメートの友人が、見知らぬ少し年上の女性に怒られていた。なぜ彼が怒られているのか気になったので彼のところにゆっくりと近寄っていった。すると彼はおしゃぶりのような形で鉛筆を咥えていて、全く口を利くことができず、女性からずっと怒られっぱなしで黙ったままだった。彼は言葉の機能を失ってしまったかのようで、まるで動物のように振る舞っていた。その女性があまりにも長く怒り続けるものだから、彼も痺れを切らして、チンパンジーが逃走するかのようにどこかに逃げていった。その女性と私は逐一彼を追いかけていった。どうやらその女性は彼を頭ごなしに叱っているわけではなくて、意味があってそれを行っているようだった。ひょっとしたら、彼を猿から人間に戻すためなのではないかと思った。そう思ったところで学園の別の場所に私はいた。今度はそこで前職時代の部門は異なるが良くしてくれていた男性の方とお会いし、その方と立ち話をしていた。その方はとても気さくな形で、いつも笑顔で自分に接してくれていた。その方がいつものように冗談を言い、私も冗談を言って笑い合った。すると、近くに高齢の外国人観光客がゾロゾロと学園内に入ってきた。彼らは日本の中高一貫校が珍しいのか、学園内を興味津々の目で見て回っていた。誰も通訳がいないようだったので、私が通訳の役割を買って出ようと思って、ボランティア精神を持って彼らに近づいていった。すると、彼らも通訳となるような人を探していたようだったので、私のことを歓迎してくれ、そこからは私が英語で学園内の設備や見所などを説明していった。そんな場面があった。


確かこの夢の中では、学園内の海を見晴らせるレストランの外の砂浜を走り、ちょっとした崖をよじ登っていこうとしている場面もあったように思う。その時に、レストランから自分を見ていた何人かの生徒たちが自分が崖を登っている姿を批判している声が聞こえていたのを覚えている。しかし自分はそんな批判には一切耳を傾けず、崖の向こうに行くことが急務で兎に角重要なのだと確信していたのである。背後の遠くから聞こえてくる批判の声に耳を傾けず、懸命になって崖を上り切ると、もう批判の声は全く聞こえなくなっていた。おそらくこうしたことは今の自分やこれからの自分にもきっと起こるだろう。自分は兎に角、自他と社会にとって必要なことや重要なことを、誰かからどれだけ批判を受けてもやり通していくのである。やり通すという精神の背後には、心身に力強いエネルギーが通っていることが重要なこととして存在しているかもしれない。フローニンゲン:2024/2/15(木)05:13


12128. ハーバード神学大学院の最終選考面接を担当する3名の面接官      


朝のモーニングコーヒーを淹れ、ホッと一息ついている。すると、小鳥が美しい鳴き声と共にどこかに飛び立っていった。どうやらまだ木に残っている小鳥もいるようで、それが清澄な鳴き声を朝の闇に包まれた世界に届けている。辺りが明るくなってくるまでもうしばらく時間がかかりそうだ。


先ほど、今日の夕方に行われるハーバード神学大学院(HDS)の最終選考面接に向けて、書類選考の段階で提出した志望動機書とライティングサンプルをじっくりと音読した。それを通じて口慣らしをし、ここから最後の調整として、想定質問に対する受け答えを入念にシミレーションしておきたいと思う。また、面接官の候補3人の情報を事前にアドミッションブログを通じて再度確認しておこうと思う。それを通じて自分も相手をより良く知ることにつながり、面接での会話の深みも増すだろう。また、相手を知っていることが、その場の雰囲気を良くし、共感的なエネルギーを双方に醸成するに違いない。そうしたことからも相手をしっかり知ることが重要なのだ。


今日の面接を担当してくださる1人目の候補は、アドミッションのトップを務めるディレクターのオデイヴィス・ソートーさんである。彼は学部からハーバード大学で学んでいるだけではなく、かつてHDSで神学に関する修士号を取得している。2人目の候補は、アソシエイトディレクターを務めるマーガレット・オカダ・シェックさんだ。マーガレットさんは日系ドイツアメリカ人で、秋にキャンパスで立ち話をしていた際に、確かお母さんが日本人だったかと思うが、日本語は話せない。マーガレットさんはハーバード教育大学院で修士号を取得しており、そこから大学院のアドミッションの仕事に携わって随分となるようだ。3人目の面接官候補はジョン・ルザーザさんである。ジョンさんはHDSのアドミッションに関わる前には、ハーバード・ロースクールのアドミッションに携わっていたらしい。3人ともすでにキャンパスでお会いさせていただいており、どなたもとても話しやすい方だったので、今日の面接ではどなたが自分の担当になったとしても、きっと和気藹々とした雰囲気で面接を進めていくことができるのではないかと思う。誰が担当してくださるのかも運命であり、15分の面接の時間もきっと何かここからの運命を変えていくような貴重な時間になるのではないかと思う。ただただそのことに感謝したい。フローニンゲン:2024/2/15(木)06:53


12129. 日常の全ての出来事を通じて心を磨くこと 


時刻は午前9時半を迎えた。辺りはすっかりと明るくなり、今日はうっすらとした雲が空を覆っているが、早朝から引き続き小鳥たちが清澄な鳴き声を上げている。ゆっくりと時間が進んでいくに従って、夕方のオンライン面接へカウントダウンされている印象だ。本来私たちは、自分の人生の終わりに向かってカウントダウンがなされているのかもしれないが、大抵はそれに気づかない。むしろカウントダウンを意識しない形で、常にマインドフルネスに今という瞬間を味わいながら生きていくことが幸福な人生の実現において大事なのではないかと思う。私たちは将来や過去を見る時に苦痛や不安を感じる。ゆえに不確定な未来を憂い、そこからのカウントダウンを意識するのではなく、今という瞬間を味わっていくことが充実した日々を送る上で不可欠かと思う。確かに今日の夕方には今の自分にとって非常に大切なオンライン面接があるが、そこからのカウントダウンを意識することなく、絶えず今を意識していこう。気がつけば面接の時間になっていたという具合に、その瞬間瞬間に没頭していこう。絶えず倫理的な言動を実現し、自らの分離的なマインドが生み出す構築物に悩まされることなく生きるために有益なのがまさに仏教の教えである。今の自分の思考や湧き上がる感情を観察してみると、そこに自分の末那識の性質や阿頼耶識の種子が見えてくる。今日のオンライン面接に向けての過ごし方とそれに伴って生起する種々の思考や感情をつぶさに観察してみると、自分自身がより見えてくる。ここからは大きなイベントに伴う自らの思考や感情を観察することだけではなく、末那識の姿と阿頼耶識の種子をより理解するために、日常のありとあらゆるところで自らの思考や感覚に囚われない内観を実践していこう。それをすればするほどに、末那識と阿頼耶識は透き通った存在になっていくであろう。末那識や阿頼耶識を消そうとするのではなく、重要なことは浄化である。それらを磨いていくことを日常のありとあらゆることを通じて行っていくのだ。自分の身辺に起こる出来事に加えて、他者との協働作業の中で起こる種々の思考や感覚を観察することも本当に良い訓練になる。幸いにも現在は素晴らしい協働者に恵まれていて、その方たちとの仕事においては特に否定的な思考や感情が噴き上がることはほとんどないが、否定的・肯定的を問わず、彼らとの協働の中で自分の内側に起こる思考や感情を客体化し、それを通じて自分の末那識の姿と阿頼耶識に眠っている種子を理解していく試みを実践していこう。ここからの人生において、自分は様々な人たちと協働をしていくことになると思うが、そうした機会は全て自らの心を磨く最良の機会だと捉えて、協働の機会に感謝をし、喜びを噛み締めたい。フローニンゲン:2024/2/15(木)09:46


12130. お経と仏法によるスキャフォールディング/非二元の謳歌


今日の夕方に行われるハーバード神学大学院の最終オンライン面接に向けての準備を終えてからは、楽しみである唯識思想に関する専門書を読み進めていった。こうした仏法に関する書籍を読めば読むだけ、日々のありとあらゆるその瞬間の局面で意識したいことが閃き、仏法を学ぶことは生き方をより良いものに変えていくための最善のスキャフォールディングになっていると実感する。だからおそらく仏教者は毎日何かしらのお経を唱えるのだろう。そのお経に書かれていることをその日絶えず意識して行動するためにお経を読むというのは本当に素晴らしいスキャフォールディングである。こうしたスキャフォールディングの効果は永続的なものではなく、一時的なものであるゆえに、日々繰り返しお経を唱えたり、仏法に少しでも毎日触れることが重要になるのだろう。人はそうしたスキャフォールディングがない状態ではなかなかに善行を積み続けることは難しく、正しく物事を見たり感じたりすることを続けていくことはできない。それは悟りを開き、それを深く定着させるまでずっと続く習性なのであり、そうした習性が私たちにあるという理解に基づいて、お経や仏法に毎日親しむということを行いたいものだ。


全ては非二元であること。その一見すると使い古されたかのように思える言葉に真理がある。自分が何か対象を見た時、自分はその瞬間にそれなのだ。そこには見る対象と見られる対象の一致があるのだ。自分が何かを感じる時、そこにもまた感じる対象と感じられる対象の一致がある。確かに究極的な自己は私たちの思考でも、感情でも、感覚でもないが、私たちは思考、感情、感覚、外的な事物との非二元を絶えず経験しているという点を見逃してはならないのではないかと思う。非二元は何も特別なものでもなく、絶えず今という瞬間に何かしらの形で存在しているのである。むしろ非二元でない時間は存在せず、非二元でない事物は存在しないのだ。


生きているという実感。胸の高鳴りが聞こえてくる。それはおそらくあと6時間後にやってくる最終選考面接によるものだろうか。こうした程よい緊張感が生きているという実感を与えてくれる。心臓の微かな高鳴りが、自分がこの瞬間に生きているのだということをありありと感じさせてくれる。今この瞬間の自分は程よい緊張と非二元の関係を結んでおり、心臓から聞こえてくる高鳴る気持ちとも非二元の関係を結んでいる。やってくる面接の瞬間においては、自分は面接官と非二元であり、その瞬間瞬間と非二元であり、自分の口から紡ぎ出される言葉と非二元であり、生じる全ての感覚と非二元である。毎瞬に刻一刻と変化する非二元を謳歌したい。そんな思いで一杯である。フローニンゲン:2024/2/15(木)10:49


12131. ハーバード神学大学院の最終選考オンライン面接を終えて


あっという間の15分であった。時間が一瞬にして過ぎ去っていくかのような最終選考面接だった。つい今し方、ハーバード神学大学院(HDS)の15分間の最終選考オンライン面接を終えた。面接を担当してくださったのは、ジョン・ラザーザさんだった。最初に、昨年の秋のプレビューイベントで立ち話をした話題からスタートし、和やかな雰囲気で面接が始まった。和やかながらも時間がわずか15分しかなく、向こうからの質問の時間は10分で、こちらからの質問の時間は数分だったので、雑談は程々にしてすぐさま面接が始まった。最初にジョンさんから問われたのは、「HDSでどのような教授や研究者と研究をしたいか、どのようなコースを履修したいか、どのような研究機関で研究をしたいか?」という内容だった。事前に準備していた想定質問の出だしと幾分異なるものだったが、その問いについてもすでに志望動機書で簡単に触れていたり、すでにコースやリサーチセンターでのプロジェクトについて調べていたので、速やかに回答できた。まずパッと思いついたのは、HDSと提携している「世界宗教センター」のラッセル・パウエル博士の名前だ。パウエル博士とは昨年の秋にオフィスで話をさせてもらい、彼のプロジェクトに関心があることを伝えた。その回答は、世界宗教センターへの関心とそこでのサイケデリック研究への関心を伝える内容だった。それ以外にも、仏教を専門とする教授の名前を挙げ、その教授の授業を履修する予定であることを伝えた。そこから2つ目の問いとしては、「もしその他の大学から合格通知を受けた場合、最終的にどこに入学したいか?」というものだった。この問いは、「なぜHDSに出願したのか?」という想定質問への答えと重ねて回答することができると思ったので、準備していた回答を読み上げるような形で、HDSが他の神学大学院と比較して自分にとってどれだけユニークな大学院であるかを伝えていった。HDSには宗教多様性とコースの多様性があり、さらにはHDSが宗教の観点からサイケデリック研究ができる唯一の場所である点を強調した。その次の質問もまた想定していた質問で、「なぜ今修士課程に行く必要があるのか?」という問いを投げかけれた。それに対しても事前に準備していた回答をなぞるようにして落ち着いて回答していった。最初の3問に対してはとても順調に回答していった。そこからまだ時間があったので少し変化球の問いが来た。1つ目としては、「コミュニティを形成する自分にとって望ましい方法は何か?」というものである。まず最初に、確かに最近はテクノロジーの発達によってオンラインでのやり取りが便利になったが、自分は対面式の方法でコミュニティを形成することを好むと述べた。ここで具体例を出したのは、HDSで盛況な「サイケデリック読書会」である。この読書会にあるように、自分も対面式の読書会でリーダーシップを発揮していきたいということを述べた。もう1つの変化球の問いは、「予期せぬ問題に直面したときの対処法」についてであった。この問いは実はより長いセンテンスだったので、ジョンさんにパラフレイズしてもらい、それを受けて回答した。端的に、まずは予期せぬ問題に直面したときに感情が揺さぶられることはあるだろうが、仏教の教えを即座に適用して問題や葛藤に対処するということを述べた。仏教は自分の宗教的バックグラウンドであり、仏の教えを適用してその瞬間に直面した問題の解決に当たるということを述べたところでジョンさんからの質問への回答を終えた。オンライン面接についての振り返りも、自分の人生の記録になるだけではなく、いつか日本からHDSを受験する人のためにも書き留めておきたいと思った次第である。フローニンゲン:2024/2/15(木)17:18


12132. ハーバード神学大学院の最終選考オンライン面接を振り返って      


時刻は午後7時半を迎えた。今、夕食を摂り終えて、改めて夕食前に行われたハーバード神学大学院(HDS)の最終選考オンライン面接を振り返っている。これは確かに自分の人生に起こった映画の一コマなのだが、それを書き留めることがいつか誰かの何かしらの役に立つかもしれないと思って、受け取るよりも与えるという精神で人生を歩むことを前回のシロシビン・セッションで決意したこともあり、もう少し振り返りの日記を執筆しておこうと思う。


振り返ってみると、面接の前にジムでトレーニングをしていたときに、今日は面接の都合上、パーソナルトレーニングをキャンセルして、1人でいつもより早くジムに行って自主トレーニングをしていた。すると、トレーニングを締め括る有酸素運動の最中にパーソナルトレーナーのエリーザがジムにやって来て、駐車場からガラス越しに“Good Luck!”と口を動かして伝えてくれた。その後、テキストメッセージでも応援メッセージをもらった。また、昨日ご一緒させていただいた3名の日本人の知人の方々からもそれぞれから応援メールをいただいて励ましを受けた。その他にも親友のメルヴィンや家のオーナーのペイトラさんからも応援メッセージを今日ではないが、今回のHDSの出願に際してもらった。自分はこうして自らの取り組みに対して心から応援をしてくれる人が身の回りにいて本当に幸せである。今回の面接では、応援してくれる他者の存在と、そうした人たちからの優しさを感じて幸せであったことが一番印象に残っている。


さて、改めて今日のジョン・ルザーザさんとの面接の内容を振り返っておこう。端的には、入念に準備をしておいて本当に良かったと思う。わずか15分間の中の最初の10分の問いに対して、全く準備をしていなかったらきっとうまく回答できなかっただろうと想像される。HDSのアドミッションブログの合格体験記を読むと、英語がネイティブの人たちでも、頭が真っ白になってしまった人たちもいるぐらいであり、自分の場合はもうこれまでの人生で色々な体験をしているので物怖じをすることはほとんどないが、それでもここからの人生を大きく左右する面接であったことは間違いないので、それなりの緊張感があった。だがそれは程よい緊張感であって、むしろそうした緊張感のおかげで気を緩ませずに話ができた側面もある。程よい緊張感が集中力を高めていたと述べてもいい。想定質問とそれに対する回答を文章で練っていたおかげで、実際に想定質問に類する質問をなされたときに回答がしやすかったし、情報量の多い回答をすることができた。そうした問いに対しては特に自信を持って回答することができたように思う。もちろんどんな事柄でもあのようにしておけばよかったとか、もう少しこのように説明しておげばよかったというたらればがつきものだが、今回はその瞬間の自分にできる誠意ある最大限の回答をすることができ、もう何も後悔がないと言える。ジョンさんが述べていたように、あとはここから1ヶ月間はアドミッションが最終決断をする時間となり、静かに待つことだけが求められる。自分の力を出し切る形での面接を終えることができ、今夜はぐっすりと眠ることができるだろうし、明日からはこれまでのように学術研究に没頭したいと思う。明日からもまた唯識三昧である。フローニンゲン:2024/2/15(木)19:43

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