【エディンバラ大学からの便り】19308-19310:2026年9月28日(月)

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タイトル一覧
19308 | 今週からのトレーニング計画/今朝のSprint8 |
19309 | 今朝方の夢 |
19310 | 今朝方の夢の振り返り |
19308. 今週からのトレーニング計画/今朝のSprint8
時刻は午前5時半を迎えた。昨夜は午後10時ごろまで近くのイベント会場で大学生を対象にしたパーティがあったようだが、それが終わる随分前に眠りの世界に入ることができ、快眠を取ることができたし、起床時間も午前4時過ぎであった。そこからアパートメントのジムに行き、今日もまた先客はおらず、Vision Fitnessのトレッドミルに乗り、Sprint8のプログラムを始めた。先週は木曜日に研究方法に関する授業があるというイレギュラーな状況だったが、今週から基本的には火曜日と水曜日に大学で授業とセミナーがあり、隔週の金曜日にセミナーがある。そうしたスケジュールを踏まえて、今週からは月・木・土と大学に行かない日の朝にジムでSprint8をすることにした。ウォームアップとクールダウンを入れてもたったの20分のエクササイズなのだが、心拍数を上げることを繰り返すため、終わってみるころにはいつも良い汗をかく。そうしたこともあり、このプログラムをこなした後には、すぐさま洗濯をするようにしている。洗濯と乾燥を含め、自宅にいた方が都合がいいので、大学に行く必要のない日にジムで運動するようにしている。こうすると、大学に往復70分ほどウォーキングすることが良いアクティブレストになる。大学に行かない日、行く日の双方に何かしらの運動ができる形である。
さて、先ほどのトレーニングを振り返ってみると、今日はレベル17のトレーニングの2回目ということもあり、前回に比べて、最初から最後まで一貫して良いフォームで走り切ることができた。ただしまだ、折り返しのラウンドの前にキツさを感じることがある。確か前回は3ラウンド目が終わってからだったと思うが、今日は2ラウンド目が終わってから一瞬キツさがやって来た。これまで行っていたレベル16でも最初は似たようなことが起こっていたので、ここから2日に1回プログラムをこなしていくと、徐々に身体が慣れてくるだろう。このプログラムのおかげで、自分の心肺機能がますます向上していくことを実感し、それが平素の生活の質を向上させてくれていることに感謝の念が絶えない。エディンバラ:2026/9/28(月)05:41
19309. 今朝方の夢
今朝方は夢の中で、見知らぬ民宿に宿泊していた。そこになんと、幼少期に憧れを持っていた元サッカー日本代表の黄金世代のレジェンドの選手がやって来た。その方には小さな息子がいて、息子さんを連れて民宿に訪れたのである。私は幼少期にその方に憧れの念を持っていたが、成人になると、気づけば知人の関係になっていて、今でも尊敬をしていながらも、話す時には対等の関係だった。そもそもその方は少しも偉ぶる様子もなく、誰に対しても分け隔てなく、優しく接することで有名だった。それは自分に対してもそうであり、そんなその方と一緒に過ごす時間はいつも穏やかで楽しかった。その方の息子さんをふと見ると、驚いたことに、突然小さなチーズに変化していた。大丈夫かと心配して、チーズを少し突いてみたところ、ピクリとも動かず、何の反応もなかった。しかし、父親のその方は何も心配していないようで、いつものことであるかのように振る舞っていた。
次に覚えているのは、パートナーとして付き合っている女性と空港のラウンジにいた場面である。ラウンジでゆっくりしていると、搭乗時間が迫っていることに気づき、そこで少し慌てて2人でラウンジを出て搭乗口に向かうことにした。しかし、ラウンジの自分の席の近くにバスタオルとセーターが落ちていて、それらが自分の所持品のように思えて、本当にそうかを確かめていた。バスタオルに関してはどうもそのようだったが、白いセーターに関しては、これが本当に自分のものなのか最後までよく分からず、とりあえず持っていくか、それともとりあえずその場に置いておくか悩んだ。すると、パートナーが急かすように声をかけて来たので、それを置いておこうと思ったが、バスタオルとセーターの両方を丁寧に畳み、どちらも一旦スーツケースに入れて持っていくことにした。エディンバラ:2026/9/28(月)05:55
19310. 今朝方の夢の振り返り
今朝方の夢は、自分の中で「かつて憧れて見上げていたもの」と「現在の自分が対等に扱えるもの」との距離が縮まりつつあることを象徴しているように思われる。幼少期の英雄であったサッカー選手が、巨大なスタジアムではなく見知らぬ民宿に現れる構造は象徴的である。民宿は一時的な滞在場所であり、人生の途中にある仮の宿のような場所である。そこで英雄と同じ屋根の下にいる自分は、かつて遠く輝いていた星を、現在では同じ地平線の上に見る地点まで移動してきたのかもしれない。尊敬は残っているが上下関係ではないという感覚は、自分自身の成熟によって、理想や権威を過度に神格化しなくなったことを示しているようにも見える。さらに興味深いのは、その英雄が息子を連れていることである。息子は「次世代」「継承」「未来に受け渡されるもの」の象徴である可能性がある。その息子が突然、小さなチーズになるという荒唐無稽な変化は、自分が「価値あるものは常に成長し続け、人間らしい形を保たなければならない」と無意識に考えていることへの揺さぶりかもしれない。チーズは牛乳が発酵して別の形へ変化したものであり、いわば変容した生命である。自分には異常に見える変化を父親が平然と受け入れている場面は、成熟した存在とは、変化をすぐに異常と判断せず、その変化そのものに居場所を与えられる者なのではないか、という心の示唆のようにも読める。後半の空港は、さらに明確な「移行」の象徴であろう。空港とは、現在地にも目的地にも完全には属さない境界領域である。そこで自分はパートナーとともに次の場所へ向かおうとしている。しかし出発直前になって、自分のものかどうか分からない荷物に出会う。バスタオルは身体を包み、水分を拭い去るものであり、休息や回復、日常的な安心を象徴している可能性がある。一方、白いセーターはさらに曖昧である。白は未記入の紙のようでもあり、新しい自己像、まだ完全には「自分のもの」と認識されていない役割や可能性を示しているのかもしれない。重要なのは、自分がそれを捨てなかったことである。搭乗時間は迫り、パートナーは先を急かしている。それでも自分は二つを丁寧に畳み、スーツケースへ入れる。この場面は、人生が次の章へ進もうとしている一方で、自分が過去や現在から生じた曖昧な要素を乱暴に切り捨てることを望んでいないことを示しているように思われる。自分はいま、古い自己を脱ぎ捨てて新しい自己になるというより、複数の自己を一つの鞄に丁寧に畳みながら旅立とうとしているのではないだろうか。この夢全体を貫いているのは「変化しても同一性は失われるのか」という問いであるように見える。憧れの英雄は知人へ変わり、息子はチーズへ変わり、自分のセーターであるはずのものさえ、自分のものか分からなくなる。それでも夢の世界は崩壊しない。むしろ、自分という存在もまた固定された彫像ではなく、旅の途中で衣服を着替え、関係を変え、形を変えながら続いていく川のようなものだと、夢が静かに示唆しているのかもしれない。エディンバラ:2026/9/28(月)06:09
Today’s Letter
I really enjoyed talking with my two friends today. We had a wonderful four-hour conversation, and time flew by. I hope both of them continue to deepen their lives and find an even greater sense of fulfilment. Edinburgh, 9/28/2026



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