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2734. 【ロンドン滞在記】ロンドン二日目の朝に

ロンドン滞在の二日目の朝を迎えた。フローニンゲンで生活をしていたここ数日は早朝の四時半に目覚めることが多かった。 ロンドンとフローニンゲンの間には時差が一時間ほどあり、今朝も四時半に一度目が覚めた。今宿泊しているホテルはロンドン市内の主要な駅の一つであるキングス・クロス・セント・パンクラス駅からほど近くにある。 確かに昼間は一通りが多く賑やかな場所なのだが、昨夜はとても静かであり、今朝もとても静かだと感じている。 四時半に目を覚ましてから、五時過ぎまでベッドの上で何かをぼんやりと考えていた。その際にも辺りはとても静かであり、鳥たちの鳴き声も聞こえてこなかった。 今は午前五時半を過ぎ、少しずつ小鳥の鳴き声が聞こえ始めてきた。フローニンゲンで毎日聞いている小鳥の鳴き声と少しばかり異なる印象を受ける。 異なる種類の鳥だろうか。早朝にベッドの上でぼんやりと考えていたことの内容はあまり覚えていない。 その時は夢と覚醒意識の間に位置するような意識状態にいたため、瞑想的な意識状態で芽生える固有の思考だったと言っていいかもしれない。昨夜はぐっすり眠ることができ、二日目の観光をするにあたって万全の心身の状態だと言える。 初日に自分の内側に流れ込んできた諸々の感覚を今日から少しずつ言葉にしておきたいと思う。今日の行動計画について改めて書き留めておこうと思ったその瞬間、私はふと、今宿泊しているホテルに以前泊まったことがあるような気がした。 ロンドン市内に宿泊することは実際には初めてであるから、そのようなことはないはずだ。だが、私はどこかこのホテルには以前泊まったことがあるという感覚がしたのである。

2733. 【ロンドン滞在記】英国王立音楽院博物館を訪れて

ロンドンの初日の観光を終えて、今は宿泊先のホテルでゆっくりとしている。ロンドンを訪れた感想についてたくさん書き留めておきたいことがあるが、明日の観光に備えて今日は早めに就寝しようと思っているので、とにかく今書き留めておきたいことだけをここに書き記しておく。 ホテルに到着するのが早かったため、一旦ホテルでスーツケースを預け、チェックインの時間が来るまで近くのカフェで休憩を取っていた。カフェでしばらく休憩を取っていると、すぐにチェックインの時間がやってきたため、チェックインを行い、すぐさま英国王立音楽院に向かった。 音楽院に併設されている博物館に関心があり、今日はそこだけを訪れることにしたのだが、ここに来て本当に正解だったと思う。大英博物館やロンドン・ナショナル・ギャラリーと同様に、王立音楽院の博物館にも無料で入ることができる。 地上階は音楽院の歴史を示すパネルが壁に飾られており、メンデルスゾーンやリストなどがこの音楽院と関係を持っており、彼らはロンドンでもコンサートを行っていたようだ。また、最近少しばかり注目をしているメシアンもこの音楽院とつながりのあることがパネル及び展示されている資料を通じてわかった。 地上階の資料をじっくり眺めた後、私は一階(日本でいう二階)に向かった。一階は主に弦楽器の歴史を示す資料が展示されており、その中でもアントニオ・ストラディバリが製作したヴァイオリンの印象が強く残っている。 ただし、私は弦楽器よりもピアノに関心を強く持っているため、この階に展示されている資料や歴史的な弦楽器を熱心に眺めながらも、心の中ではどこかピアノのある二階に関心が向かっていたと

2732. 【ロンドン滞在記】ロンドンに到着して

定刻よりも数分早くロンドンの空港に到着し、先ほどロンドン市内に到着した。今は大英図書館近くのカフェでこの日記を書いている。 英国に到着した時の第一印象は、どこか懐かしい感じだった。空港に到着し、入国審査のカウンターに並ぶ際に、EU居住者と非EU居住者のレーンがあり、EU居住者用のレーンには随分と人がいた。 一方、非EU居住者用のレーンに並んだのは私だけだった。フローニンゲンから英国に来た非EU居住者はどうやら私だけのようだった。 前回英国を訪れたのは2016年の冬であり、今から二年半ほど前のことになる。その時に入国審査を担当した人はあまり感じの良い人ではなかったように記憶している。 だが今回は幸いにも、非常に感じの良い女性が対応をしてくれた。対応は実に親切なのだが、やはり英国に入るときにはあれこれと質問が飛んでくる。 これは数年前に米国に入国するときも感じたことだったが、ここ最近はどの国も昨今の国際情勢により入国するのが厳しくなっているようだ。 今日は予定通りにロンドンに到着し、さらには体力的にも全く問題ないので、これから英国国立音楽院の博物館を訪れようと思う。今回はヒースロー空港ではなく、ロンドン郊外の小さな空港を利用した。 空港はとてもこじんまりしたものだったが、小綺麗な空港だと感じた。空港から電車の駅も近く、駅も複雑ではなく、二つの車線しかないため非常にわかりやすい作りになっていた。 電車を待っている間、私は駅のプラットフォームの上でロンドンの空をぼんやりと眺めていた。広がる青空に白く美しい雲が浮かんでいた。 電車が到着するまで少しばかり時間があったのだが、そこで本を読む

2731. 【ロンドン滞在記】小さなフローニンゲン空港から

フローニンゲン空港に先ほど到着し、セキュリティーを通り抜けた。午前八時半にフローニンゲン空港に到着した時、あまりの人の少なさに驚いた。 今は午前九時を過ぎたところだが、空港には係員などを全て含めたとしても、人は30人ほどしかいないように思う。旅行客、カフェの店員、チェックカウンターの係員、セキュリティーの係員を全て含めてもそれぐらいの人数しかこの空港にいないのではないかと思われる。それくらい閑散としてして、とても静かだ。 こういう雰囲気の空港も悪くない。今飛行機を待つロビーには人が10人ほどいるのだが、誰も話をしていない。 パソコンで仕事をしている人、コーヒーを飲んでいる人、パンをかじっている人、ロビーの窓から発着場を眺めている人など、各人が思い思いに自分の時間を使っている。 そんな様子を眺めながら、今日記を書き留めている。フローニンゲン空港は確かに小さく、一体ここから欧州のどのような都市に飛行機が飛んでいるのかが気になった。 電光掲示板を眺めてみると、ミュンヘン、ロンドン、コペンハーゲンなど、幾つかの主要都市に飛行機が飛んでいるようだ。その他に二つほど見慣れない都市の名前があった。 最初は全く認識できない都市の名前であり、よくよく眼を凝らしてみると、その他に一つわかったのはどうやらマジョルカ島にも飛行機が飛ぶようだ。あと一つの都市はどうしてもそれがどこなのかわからない。“GRAN CANARIA”とは一体どこの国の都市だろうか?後ほど調べてみようと思う。 フライトの搭乗が始まるまであと一時間ほどある。待ち時間を利用して、これから少しばかり過去の日記の編集を行いたい。一時間ほど

⭐️【お知らせ】Back Number Vol 65(記事1281-1300)

いつも「発達理論の学び舎」をご覧になってくださり、どうもありがとうございます。 過去記事1281から1300に編集をし、所々に追記をいたしました。 お役に立てる情報は少ないかもしれませんが、皆さんのご関心に合わせて、必要な箇所を読んでいただければ幸いです。 閲覧・ダウンロードは下記よりご自由に行えます。 ・Back Number Vol 65

2730. 【ロンドン滞在記】膨大な量の短歌を作るように

フローニンゲン空港に向けて自宅を出発するまであと一時間ほどになった。旅の移動の最中に過去の日記を編集できるように今から少し下準備をしておきたい。先ほどゴミ出しを済ませ、あとは出発を待つだけとなった。 起床した時間が早かったため、朝一番に作曲に取り組むことができるかと思ったが、旅に向けた最後の準備もあり、結局集中することのできるまとまった時間を確保することは難しかった。そのため、今日はロンドンのホテルに到着してから夜に作曲をすることにした。 ここ最近は短い旅行に出かけるときにはバルトークの『ミクロコスモス』の楽譜を持参して、宿泊先のホテルで作曲実践を行っていた。今回の旅でもこの楽譜を持って行こうと思っていたのだが、今回はゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)の楽譜を持っていくことにした。 テレマンはバッハとも親交があったドイツの作曲家であり、当時においてはバッハよりもテレマンの音楽に対する評価の方が高かった、ということを先日に知った。テレマンの楽譜を購入してからしばらく経つが、これまでまだ一度もテレマンの曲に範を求めて曲を作ったことがなかった。 バルトークの『ミクロコスモス』よりも薄い楽譜であり、旅に持参するのに便利だったこともあって、今回はテレマンの楽譜を持っていくことにした。今日から数日間は宿泊先のホテルでじっくりとテレマンの楽譜に向き合いたいと思う。 昨日は二つほど曲を作っていた。昨日も改めて、短い曲を作っていくことを継続させていこうと思った。最初から長い曲を作ろうとしていてはあまり上手くいかないように思える。 とにかく最初は作る喜びの中で、一曲を完成させ、完

2729. 【ロンドン滞在記】ロンドン旅行に向けた出発の朝

今日は四時半に起床した。いよいよ今日からロンドンへの小旅行が始まる。ここ数日間と異なり、今日は早朝から快晴に恵まれている。 起床直後には小鳥の清澄な鳴き声が辺りに響き渡っていた。この美しい鳴き声が、早朝から何か満たされたものを私にもたらしてくれる。今もまだ小鳥たちは美しい鳴き声を奏でている。 昨夜の時点で荷造りを済ませているので出発に向けた準備をすることはもうほとんど無い。持って行くものの最終確認をして、リビングの床に広げられたスーツケースを閉めるだけとなった。 時刻は五時半を迎えた。フライトの時刻を確認すると、離陸する時刻と搭乗時刻を混同しており、搭乗時刻が30分ほど早かったので、予定よりも早く自宅を出発することにする。 フローニンゲン空港はアムステルダムのスキポール空港とは異なり、非常に小さい空港であるからほとんど見るものはないと思う。昨年に北欧を訪れた時には、帰りの便でフローニンゲン空港に降り立っただけであり、実はフローニンゲン空港からどこかの空港に行くのは今回が初めてである。 そのため少しばかり空港散策をしたいと思う。カフェなどがあればそこに立ち寄り、カフェでゆっくりしたい。バスの時間の都合上、出発する時刻を一時間ほど早めたため、空港でくつろぐ時間が増えた。カフェを見つけ、そこで過去の日記を編集することにしたい。 天気予報を確認すると、旅行の期間中のロンドンは天気に恵まれるそうだ。これは何よりも嬉しい。イギリスというと天気が悪いイメージがつきものだが、今回は五泊六日の旅の最中ずっと晴れるようだ。しかもフローニンゲンよりも幾分気温が高く、初夏の過ごしやすい気候の中を旅する

⭐️【お知らせ】Back Number Vol 64(記事1261-1280)

いつも「発達理論の学び舎」をご覧になってくださり、どうもありがとうございます。 過去記事1261から1280に編集をし、所々に追記をいたしました。 お役に立てる情報は少ないかもしれませんが、皆さんのご関心に合わせて、必要な箇所を読んでいただければ幸いです。 閲覧・ダウンロードは下記よりご自由に行えます。 ・Back Number Vol 64

2728. ロンドン滞在計画の最終確認

時刻は午後の七時半を迎えた。今朝方は小雨が降っていたが、午後からは一切雨が降らなかった。確かに今も薄い雲が空を覆っているが、雨が降りそうな様子はない。 いよいよ明日からはロンドンへ旅行に出かける。五泊六日とそれほど長い旅ではないが、今から非常に楽しみだ。 これから就寝にかけて、訪問する場所のスケジュールを確定させたい。すでに目星の訪問先は決まっており、あとはそれらをどの日に訪れるかを決めていくだけだ。 今のところ、飛行機の遅延等がなければ初日に少なくとも一つ博物館を訪れたい。ヘンデル博物館かディケンズ博物館に訪れることを予定している。 これは本当にロンドン市内に到着する時刻によって左右されるため、今はどちらに訪れるかを決めることはできない。仮に全てが時刻通りに進めば、初日に二つの博物館を訪れることも十分にできるだろう。 しかしたった今よくよく調べてみると、ディケンズ博物館はホテルから近く、他の博物館よりも朝早くから開館するようなので二日目以降に回しても良いかと思った。初日に関しては、まずは宿泊先ホテルにほど近い大通りをまっすぐに行ったところにある英国王立音楽院の博物館を訪れたい。 二日目の21日には朝から大英博物館を訪れたいと思う。三日目の22日は朝からナショナル・ギャラリーを訪れる。 四日目の23日は朝からディケンズ博物館に足を運び、ランチを近場で摂った後に、二日目と同じく大英博物館を訪れたい。大英博物館を一日で廻ることは難しいであろうから、二日に分けることにする。 同様に、五日目の滞在である24日も朝からナショナル・ギャラリーにゆっくりと向かい、美術作品を再度見て回ろうと思

2727. ショパンの曲と身体感覚の鍛錬

昨日から早朝の時間帯にも作曲実践を行うようにし始めた。これは今の自分にとって非常に良い実践のようだ。 早朝の頭が冴えている時間帯に集中して一曲を作ること。これをこれからの完全な習慣にしたい。 やはり朝はしっかりとした睡眠をとった後であるため、曲の世界に入っていきやすい。外の世界も静かであり、曲を作る上では申し分ない時間帯だと思う。 早朝はショパンの曲に範を求めて曲を作っていた。まずは長調の曲を参考に短めの曲を作り、その後モチーフは同じものを用いながら短調の曲を作った。 ショパンの短調の曲は本当に素晴らしいものが多い。その音色には引き込まれるようなものがある。 そこには冷たい哀しみや暖かい哀しみがあり、多様な色の哀しみがそこにある。ショパンの音色が持つ色彩については本当に探究をしていきたいと思う。 ショパンの曲を楽譜を眺めながら静聴すること、そして実際にそれらの曲をもとに自分の曲を作っていく実践を行っていく。そうした地道な鍛錬が自らの音楽的な色彩感覚を磨くことにつながるのだと思う。 午前中の作曲実践を通じて、リズムによってメロディーを生み出していくためには、音楽のみならずある種の運動神経が必要になるのではないかとふと思った。リズムは文字通り、音の律動であり、それは自分の身体の諸々の律動と関係している。 心臓の鼓動、脈拍、脳波の動き、身体エネルギーの動きなど。音のリズムと自分の身体の様々な律動は密接に関係していることにふと気付いたのである。 ここから音感を鍛錬していくのみならず、純粋に自分の身体意識をより一層研ぎ澄ませていこうと思った。それを実現させる方法はいくつもあるが、早朝と午

2726. 夢と時間に関する実践

起床してから一時間ほどの時間が経つ。空は相変わらず薄い雲で覆われており、朝日は一向に姿を現さない。このままだと今日はおそらく朝日を拝むことは難しそうだ。 新鮮な空気を室内に取り入れるために先ほど窓を開けたところ、冷たい風が入ってきた。もう七月に迫ろうかというのにこの肌寒さには驚かされる。 確か昨年もこの時期にそのような驚きを持っていたように思う。昨年の八月にデンマークとノルウェーに旅行に出かけた時、とりわけノルウェーの肌寒さは予想外のものであり、半袖で活動をしていたら少しばかり風の症状に見舞われてしまった。 今年も八月に北欧のフィンランドを訪れる予定であり、その時は長袖や上に羽織るものなどを持参したいと思う。夏の時期に寒さ対策が必要になるというのは北欧の特徴だ。 一日の活動をゆっくりと開始するに際して、今朝方の夢について少しばかり思い出していた。ここ数日間は印象に残る夢をほとんど見ておらず、日記に夢を書き留めることはあまりなかったように思う。 今朝方の夢の中で私は、ある旅館に宿泊をしていた。それは修学旅行のような雰囲気を醸し出しており、実際に私が小学校六年生の時にお世話になった担任の先生や旧友たちがその旅館にいた。 ちょうど私は、担任の先生と数人の友人たちと一緒に午後からの授業について話し合っていた。その日の授業のスケジュールが書き込まれた黒板を眺めると、午後からは「別館にて特別授業」と書かれていた。 一体どのような授業なのかを先生に確認すると、今宿泊している施設のすぐそばにある別館で、招待した哲学者の授業が行われるそうだ。先生はその授業の概要を少しばかり話してくれた。 それを

2725. ロンドン旅行前日の早朝

今朝は五時に起床し、五時半を迎える前あたりから一日の活動を開始させた。書斎の机の前に座った瞬間に、窓を叩く音がした。 音のする方を見ると、一羽の小鳥が窓の近くにやって来ていたようだった。その小鳥はその場であまり休むことはなく、再びどこかに飛び立っていった。 フローニンゲンはここ最近曇りの日が多い。今日もどうやら曇りとなり、午前中には少々雨が降るようだ。 明日からロンドンに旅行に行くが、旅行の期間もフローニンゲンの街はあまり晴れの日は多くなく、最高気温が15度の日が何日か続く肌寒い日々となるようだ。明日からのロンドン旅行に向けて、今日は夜に荷造りをしようと思う。 今回は五泊六日の旅行となるが、先月末の三泊四日のアムステルダム旅行とそれほど荷物の量は変わらないだろう。持参する書籍は一冊だけにする。 まだ何を持っていくか決めていないため、今日の夜にでも一冊持っていく書籍を何にするかを決めたい。以前の中欧旅行の時もそうであったが、こうした小旅行の際にはバルトークの『ミクロコスモス』の楽譜を持っていくことが習慣になっている。今回もこの楽譜を持参し、旅の合間に作曲を行っていきたいと思う。 明日は午前八時過ぎに自宅を出発し、近くのバス停からバスに乗ってフローニンゲンの空港に向かう。フライトの時刻は11時に近いものであり、ロンドンの空港に到着するのは時差の都合上同時刻となる。フライトの時間は一時間ほどであり、ロンドンとフローニンゲンの時差は一時間ほどであるから行きに関してはそのような計算になる。 明日、ロンドンの空港に到着し、スムーズに市内に到着することができたら、まずはホテルのチェックインを

2724. ヨガ・呼吸・色彩

時刻は夕方の五時半を迎えた。もうしばらくしたら入浴をして夕食を摂りたい。 早朝の起床時にヨガを行うだけではなく、午後の時間帯にも一度ヨガを行うと随分と読書や文章の執筆などの取り組みに集中できることが改めて分かった。ヨガのインストラクターの資格を取得してから気づけば五年ほどになるだろうか。 サンフランシスコ時代に少しばかりヨガスタジオでヨガを教えていたことがあるが、それ以降はティーチングをすることなく、日々の生活の中で少しばかりヨガを実践するぐらいであった。しかも欧州に来てからは朝にヨガをすることさえないような状態が続いていたが、欧州での三年目の生活を迎えるにあたってまたその習慣が再開した。 やはり起床直後にヨガを行うことによって、その日一日の仕事を開始する際の心身の状態がまるっきり異なっており、それは一日の仕事全体に影響を及ぼすように思う。今日午後に一度ヨガの実践をしたおかげで、夕方以降の仕事に取り組む際の集中力が非常に高かったように思う。明日からは数分程度でもいいので午後にもヨガを実践しようと思う。 そしてもう一つ重要なことに気づいた。それは呼吸のあり方である。ヨガにおいて——実は全ての実践領域において——呼吸は非常に重要であり、先ほど読書をしている際にずっと深い呼吸をすることを意識していた。 すると脳に十分な酸素が行き届いているためか、非常に集中した状態で読書に取り組むことができていたように思う。今後は読書をする際、そして作曲する際にも深い呼吸を意識したい。 可能であれば、日常のありとあらゆる場面において常にゆったりとした深い呼吸を行いたいと思う。長年ヨガをしてきたことによ

2723. ローレンス・コールバーグの論文を読んで

今日はこれから仮眠を取り、午後からの仕事に集中する。午前中、アルフレッド・マンが執筆したフーガの技法に関する書籍の初読をようやく終えた。 これは随分と前に初読を開始していたのだが、途中で読むのを中断しており、今日ようやく全ての内容に目を通した。この書籍は今の自分にとっては非常に応用的な内容であり、初読で理解することができたのはほんのわずかであった。 これまでフーガの技法を活用した曲をほとんど作ってこなかったので、そもそも経験値が不足しており、それに伴ってフーガに対する問題意識も低かったことが本書の理解を難しくしていたように思う。今後少しずつ特にバッハのフーガを参考にしながら曲を作る中で経験値を積み、問題意識を育むことによって、本書の内容がより一層意味のあるものになっていくだろう。 作曲に関しては、本当に実践という経験を積むことが大切なのだと知る。実践の中で数多くの試行錯誤と失敗を経験することがとりわけ重要だ。 人は固有の経験とそれに伴う固有の失敗を通じてしか学べない生き物なのかもしれない。失敗を伴う経験を数多く積みながら、自分の固有の作曲方法を確立していきたい。 外国語を学ぶようにゆっくりと作曲実践を積み重ねていく。作曲技術の高度化のみならず、あらゆる能力領域において、試行錯誤の伴う経験の蓄積ほど大きなものはないように思う。 昼食前から降り注いでいた雨が止み、今少しばかり晴れ間が顔を覗かせ始めた。午後からはウォルター・ピストンが執筆した“Counterpoint (1947)”の二読目を行うのと同時に、本日二度目の作曲実践を行いたい。 作曲に関しては、インターバルを設けて早朝と

2722. 意識の階層とウェブの世界

つい先ほど昼食を摂り終えた。ロンドン旅行に向けて、普段は夕食に食べているカレーをここ数日間は昼も食べている。 一週間分作ったカレーを食べ切るためには昼と夜にカレーを食べる必要がある。カレーを一日に二回食べても全く飽きがこないところを見ると、この食べ物の奥深さを知る。 天気予報の通り、小雨が降り始めた。窓ガラスには滴り落ちることのない雨滴が付着している。それほどまでに雨脚は弱い。 昼食前にトイレに行った時に気付いたが、トイレのヒーターの電源が自動的に入っていた。今はそれくらい気温が下がっているという証拠だろう。事実、今も長袖を着て部屋の中で過ごしている。 ロンドンに出発する日だけ気温が上がるというのも何か不思議だが、それ以外の日は今週を通じてずっと気温が低くなる。 午前中に幾つかの断片的な事柄を考えていた。一つには、意識の発達階層は上にも下にも張り巡らされており、それらの階層によって見えるものが全く異なることから、インターネットの世界を想起した。 純粋に覚醒意識の発達階層を考えるのではなく、無意識の階層まで含めると、人間の意識には本当にディープウェブやダークウェブのような世界があることに気づく。覚醒中は表層的な世界しか認識することができないが、実は意識そのもの、そして意識が認識し得る世界の階層は無限に深い次元にまで続いていく。 また、高度に発達した意識だけがアクセスできる認識世界が広がっているということも、ウェブの世界に通じるものがあるように思う。実は常にダークウェブは私たちの身近に存在しているが、一般的に私たちはそこへアクセスすることができず、そこでなされているやり取りを知るこ

2721. 早朝の作曲実践とロンドンへの旅

どうやら目には見えないほど小さな雨が降り始めたようだ。霧のような雨が降り始めたのと同時に、近所で工事の続きが始まった。昨日はまでは休日であったから工事も一旦中断していたが、今日からまた工事が再開したようだ。 今朝は起床直後に、早朝の静かな時間帯に一曲作ってみようと思い、先ほど一曲作った。作曲も文章の執筆と同様に、ある種の内的緊張と集中力を要するため、一日が終わりに差し掛かる頃の少しばかり疲れた状態で曲を作るようりも、早朝に曲を作ることは望ましいように思えた。 実際に先ほど一時間ほどの時間を充てて一曲を作った。しっかりとした睡眠を取った後の早朝の方が断然集中力が高いため、朝に作曲をすることは自分のリズムに合っているように思えてくる。 過去の日記を読む前に、まずは作曲実践から一日の活動を開始していこうと思う。流れとしては、軽めの身体運動、内的感覚のデッサン、一つの日記記事の執筆、作曲、それから過去の日記の編集という流れにしたい。今日からその流れが一つの習慣となっていく。 先ほど過去に作った曲を聴いていると、心の空に緑色の星々が瞬いているのを知覚した。その瞬きに対して少しばかり夢想をしていた。 曲に固有の音色についてはこれからより真剣に探究をしていきたい。「音色」というのは比喩では決してないのだ。本当にそこには色があるのだ。 それは肉眼で捉えることのできるものではなく、心の眼と耳を必要とする。それら二つの心的感覚器官の感覚を養っていこうと思う。 一つ一つの音や調が持つ固有の音色を聴きわけ、それらを自分の曲の中で表現できるようにしていきたい。こうした感覚を養うためには、以前に購入したル

2720. 迫る旅に向けた期待と音楽体験の不思議さ

週末が終わり、今日から新たな週を迎えた。気がつけば、ロンドン旅行に向けた出発まであと二日となった。 明日の夜は旅行に向けた荷造りをしようと思う。そして今日は、七月の半ばに予定していた、デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園内にあるクレラー・ミュラー美術館を訪れる二泊三日の小旅行に向けてホテルを確保しておきたい。 昨年の11月に訪れた時と同じホテルに宿泊するか、あるいは前回とは違うホテルにするかをまた後ほど考えたいと思う。日々の探究活動の合間に旅を時折挟むこと。それが今うまく回り始めている。 こうした生活を欧州での三年目に確立していく。書物から得られることが多いのと同時に、旅から得られるものも本当に多い。昨夜は就寝前に改めてそのようなことを考えていた。 日々書物を読み、時折旅に出かけ、そして日記の執筆と作曲実践という創造活動に耐えず従事していくこと。自分の中で、読書、旅、日記、作曲が全て等しい重要性を持ちながら一つの大きな生活実践へと昇華されつつあるのを実感する。 これを完全な一つの形にすることが欧州での三年目の生活に求められていることだ。またそうしたことを行うために私はもう一年ここに残ることになったのだと思う。 とにかくそれを実現させることに近づく行動だけを取り、それから離れることを招き得る行動は取らないようにする。この一年を欧州の地でいかように過ごすかは今後の人生において決定的な重要性を帯びているように思えてくる。 今朝はあまり小鳥の鳴き声がしない。どうしたのだろうか。その代わりにたった今、数羽のカラスが雄叫びを上げながら飛び去っていったのを目撃した。 昨日は一日が終わりに近づくにつ

2719. 変容作用を持つ曲の創出に向けて

時刻は午後八時を迎えた。先ほど瞬間的に雨滴が空から落ちてきたが、空は晴れ、今は暮れ行く西日が地上に降り注いでいる。 今日は昼寝をしている最中、印象的な内的ビジョンを見た。広大な砂漠がそこに現れ、砂漠の大地が太陽の光で輝いていた。 大地を駆け抜けていくかのようにビジョンが移り変わり、最後にはオアシスと様々な色に彩られた街を発見した。徐々にビジョンが消えていき、そこで昼寝から目覚めた。 今日は午前中にエリック・サティの手紙を読んだことに触発されてか、サティの曲に範を求めて午後に曲を作った。日常を新たな眼で見ることを誘う音楽、既存の感覚を一新するような音の創出を実現したいという思いが強くなる。 これは以前から芽生えていた関心であったが、それが実現するのは本当に気の遠くなる程先のことだと理解している。だがその実現に向けた足取りは全く苦ではなく、そこには絶えず小さな喜びと進歩の実感がある。 そうした実感があることに本当に感謝しなければならない。それさえあれば自分はどこまでも進んでいけるような気がする。 夕方から、先日に購入した“Expanding Tonal Awareness: A Musical Exploration of the Evolution of Consciousness (2014)”という書籍を読み始めた。読み始めてすぐにこの書籍の虜になった。 ここ最近購入した書籍の中では最も私の関心を引く書籍だと言っていいかもしれない。著者はルドルフ・シュタイナーの思想に影響を受けている音楽理論家かつ作曲家であり、本書に記述されている内容の一つ一つが私の心を完全に掴んでいた。 人

2718. 「外国語を学ぶ意義」の続き

昼食を摂ってからしばらくの時間、スザンヌ・クック=グロイターの論文の続きを読んでいた。クック=グロイターが指摘しているように、外国語を学ぶことは自己の特性を理解する上で非常に重要な役割を果たすと私も考えている。 それは単に認知的な同意というよりも、自分個人の言語体験に根ざした上での同意である。 外国語を学ぶことは、単に自らの思考のあり方に気づくということだけではなく、自らの日本人性にも気づくことに本質的にはつながる。先ほどの日記で書き留めていたように、ほとんどの外国語学習者は、外国語を通じて自分の世界認識方法を客観的に捉え直したり、日本語空間を対象化させることができない状況にある。 そうした状況に留まっているのであるから、自らの日本人性を理解することなどできなくて当然と言えば当然である。自己を本当に深く知ろうとしたら、外国語を徹底的に学ぶことは必要不可欠なのではないかとここ最近よく思う。 本当にごく稀に、日本語だけを鍛錬し続けることによって自らの思考のあり方や自己の日本人性の本質に気付ける人もいることはいるが、それは本当にごく少数だ。 相変わらず空には分厚い雲が覆っている。ただし、少しばかり日が差し込む瞬間もある。今日は少しばかり不思議な天気だ。 外国語を真に学び始めた時のことを思い出す。私にとってそうした真の外国語習得への一歩は、日本を離れ、身体も思考も日本の外に置き始めて初めてもたらされた。 外国語を真に学び始めた当初は、自分の中にどこか異星人を住まわせるような感覚だった。あるいは、異星人を自らの内側に育み、それと生活を共にするような感覚だ。 そうした期間はおそらく米国で生

2717. 外国語を学ぶ意義と人間発達

雲行きが見る見るうちに怪しくなってきている。午前中には数滴だけ雨が降るような状態が二度ほど訪れた。 今は雨が降っていないが、これは天気予報とは異なって、午後からは少しばかり雨が降るような予感がする。午前中の早い時間帯にエリック・サティの日記を読み終え、その次に発達心理学者のスザンヌ・クック=グロイターの二本の論文を読んだ。 それらは査読付き論文ではないが、一つ目の論文は“Ego Development: Nine Levels of Increasing Embrace (2005)”であり、もう一つは“Comprehensive Language Awareness: A Definition of the Phenomenon and a Review of its Treatment in the Postformal Adult Development Literature (1995)”という論文だ。後者の論文については再読を進めている最中であり、昼食後の今からその続きに取り掛かりたい。 まず午前中に読み終えた前者に関しては、改めて得るものが多かったように思う。新たな観点を得たというよりも、既存の自分の観点をさらに深めてくれることにとても役立ったように感じている。 特に、現在の自分の発達段階について深く内省する機会を与えてくれたことは大きい。これまでの自分の歩みをここで改めて振り返り、ここからまた新たな歩みを進めていくための羅針盤のような役割を果たす論文だと改めて思う。 特に印象に残っているのは、後慣習的段階の発達段階の特性に関する記述を読み返している時に、自分がなぜ

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