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2067. ライフワーク

起床してから二時間以上が経ったが、相変わらずあたりは真っ暗である。よくよく考えてみれば、今日は五時に起床していたから、今のこの時間帯が闇に包まれていたとしても一向におかしくはない。 今日は日曜日であるため、その静寂さが一層強さを増す。そうした中にあって、小鳥の声がいつもよりひときわ鮮明に聞こえてくるのは喜ばしいことだろう。 どこからか、ピヨピヨ、チヨチヨと鳴く小鳥の声が聞こえてくる。小鳥の声に耳を澄ませ、心が洗われるような気持ちになっていると、昨日スーパーのレジで私の前に立っていた客が手に持つ花の良い香りが想起された。 花々について造詣が深くないのが残念で仕方ないが、その名前のわからない花が持つ豊かな香りを忘れることはできない。ときどき私は、街を歩いている時に、花屋の前で足を止めることがある。 特に花を買うわけでもないのだが、ついつい足を止めてその花々の美しさに見入ってしまい、そこに漂っている香りの世界の中に入ってしまう。そのような体験を花屋の前でするたびに、花を生けてみたり、植物を育ててみたいという気持ちになる。 いつか今後もう少し落ち着いて定住するような生活が始まったら、植物を育ててみたいと思う。 昨夜の就寝前に、「この世界でかつて最も絵画作品を描き続けた人間は誰だろうか?」という問いが浮かんだ。それに対する私の回答は、「葛飾北斎ではないだろか」というものだった。 昨年の年末に、母方の叔父と共にすみだ北斎美術館に訪れた時の記憶が蘇ってきた。北斎は寝ても覚めても、そして死の直前まで絵画を描き続けた人間であった。 そのことに大きな感銘を受けていた自分をふと思い出した。そこか

2066. 他者の謎の上を他者の足で歩こうとする人間

いつも大抵、日本語でこのようにメモ書きとして日記を残す分量は、だいたい4,000字から5,000字の間に落ち着く。主題が先にあることが当然多いが、仮にそうだとしてもそれをどのように文章の形にしようかなどは一切考えていない。 そう考えると、主題をある一定形式に基づいて形にしようとしないこれらの文章は悪文と言えるかもしれない。事実、悪文であり駄文である可能性が高い。 だが、私たちは往々にして形式的に文章を書こうとするあまり、それを言い訳に結局何一つとして文章を書かない、あるいは文章を書けない、ということが起こりうるのではないか、ということを今朝方ふと思っていた。 形式に則って表現行為をしていくことは価値のあることであり、また大切なことである。しかし、多くの人は形式というものに飲み込まれ過ぎてはいないだろうか。 形式の中に入ろうとするから何一つとして形を生み出せないのであって、形式という無数の道の上を歩くことによって身体を自然に前に進め、その過程で形を生み出していくというような意識が必要なのではないだろうか。 昨日もバルトークの生涯について調べている時に思ったが、結局、形式に飲み込まれることなく、形式という道の上を歩きながら、膨大な量の表現行為に従事し続けることによって初めて、新たな形式という自分の表現行為上の道を見出すのではないかと思った。 そのように考えてみると、自己を表現するということに関しては、自分の道を発見することができない人間が多いのみならず、自分の道を歩もうとする人間もまた極めて少ないのではないかと思わされる。 この点と関係しているのか定かではないが、一昨日の曲

2065. 躍動する生命と身体

今日の仕事に取り掛かる前に、最後にもう一つ文章を書き留めておきたい。今朝確認してみると、昨日は三つほどの日記を書き残していたようである。 いつも平均して四つほどの日記を書き残しているため、昨日は平均よりも下回る形であった。そうした日の次の日の朝は、昨日書き足りなかったことが溢れ出てくるかのような現象に見舞われる。 今もまさにそのような現象が自分の中に起こっている。ここでもやはり、一日のうちに自分の内側には形になろうとして待っているものが無数に存在し、それを十分に形にしなければ、形になろうとする運動はその翌日にも止むことはないことがわかる。 それは自分の内側の「形象衝動」と述べていいものだろうし、「自発的な形象運動」と表現していいものだろう。 昨日も文章の代わりに曲を二つほど作っていた。その行為を通じて、自分の内側で形になろうとする現象を曲としては十分に表現していたはずなのだ。 しかしそれにもかかわらず、自分の内側にはまだ随分と形象衝動を抱えたものが存在していたようなのだ。そうしたことを考えると、やはり私は曲や言葉のどちらか一方ではなく、それらの双方を媒介させる形で自分の内側の現象を形にしていく必要があるようだ。 曲を生み出すことにせよ、言葉を生み出すことにせよ、私は誰からも強制されていない。それらは全て自分の内側が要求することなのである。 この数日間で形となった曲を聴き、そこで文章として形になろうとした事柄について少々書き留めておきたい。「私たちにはどうやら快活なリズムが内在的に宿っているようである」というのは、ある曲を聞いた時に得た一つの気づきであった。 時に無性に走りた

2064. 創造プロセスについて

作曲実践に取り組めば取り組むほど、曲を作ることの奥深さを知る。確かに、曲を作るプロセスには意識的な箇所と無意識的な箇所の双方が伴う。 作曲実践の経験を積めば積むほどに、意識的に生み出されるものと無意識的に生み出されるものの両方の質が高まっていくという現象は大変興味深いことではないだろうか。熟慮のある実践を継続させていけばいくほどに、意識的・無意識的な創造力の双方が向上していくというのは、私にとっては大変面白い現象である。 曲を作っていると、作曲者当人の意識を超えた形で様々なものが形となって出てくることがある。これは作曲のみならず、絵画や表現を司る芸術行為全般に見られることだろう。 無意識の世界から生み出された形は、私の意識を超えており、時にそれが生み出される瞬間と生み出された形に対して驚きの感情を覚える。それがなぜそのような形で生み出されたのか、説明出来る箇所も多分にありながらも、全く説明の及ばない箇所もある。 説明可能性と説明不可能生が混在しているのが創造プロセスの本質なのかもしれない。曲を作る際にそうしたプロセスを体験し、私は曲を解説する文章を執筆するときにもそのようなことを体験する。 過去の偉大な作曲家の多くは、タイトルさえつけない者も多く、また言葉を用いてその作品について解説することなどほとんどない。だが私は、おそらく彼らとは作曲をする意図と意義が異なるために、あえて毎回タイトルを付け、その曲に関する背景や解説を加えることにしている。 時に驚くのは、その曲を解説しようと思っても全く解説できないような曲があることである。そうした曲に対しては、生み出されたその曲を聴くこ

2063. ある日曜日から

今朝は五時過ぎに起床し、五時半過ぎから本日の活動を開始した。とても静かな日曜日の朝である。 昨日同様に、書斎の中にバルトークのピアノ曲を掛けながら、早速一日の仕事に取り掛かることにした。昨日も作曲実践に取り組む中で、他の作曲家が残した楽譜というのは実に優れた教材であると改めて思った。 昨日はフォーレの曲を参考にしており、細かく楽譜を辿ってみると、フォーレが作品に込めた意図と技巧の一端が見えてきた。もちろん、今の私にはそれらの全てが見えるわけではなく、あくまでもその一部にしか過ぎないだろうが、こうした発見をもたらすのは意識的にその対象と向き合うからである。 その作品に集中し、意識的に分析を行っていくことでしか見えてこないものがあるようなのだ。一方で、こうした分析を継続していると、ある時その作品からふと大きな気づきを得るようなこともある。 すなわち、その時には意識的に対象と向き合っていなくても、重要な気づきが無意識的に獲得されるようなことが起こる。ただし、こうした現象が起こるためには、やはり前提条件として、それ以前に対象と真剣に向き合ったことがあるかどうかが鍵を握るだろう。 そのように考えると、気づきが意識的にもたらされるものであっても、無意識的にもたらされるものであっても、そうした気づきを得るためにはどこかで対象と真摯に向き合ったことがあるかどうかにかかっているような気がする。 現在継続的に取り組んでいる作曲実践の経験からすると、そのようなことが言える。 今日は休日であるため、早朝のこの時間帯からまずは作曲理論の学習に取り掛かりたい。数日前から読み返している作曲理論のテキスト

2062. バルトークの音楽宇宙との出会い

これから三月末まで研究インターンに従事する。来週にもう一度、インターンにおけるアドバイザーを務めていただくジャン・ディエナム博士と、昨年にフローニンゲン大学のMOOCに関するワークショップを提供していた実務的な責任者の方を交えてミーティングを行う。 二月の最初の月曜日からいよいよ研究インターンが開始される。ディエナム博士と先日ミーティングをした時に、私が仕事ができるようにオフィスを準備すると述べてくださり、普段仕事を進めている自宅の書斎以外の場所で仕事をすることは、また新たな外部刺激となるだろう。 この研究インターンと並行して、三月末をめどに、日本企業との協働プロジェクトが二つほど落ち着く予定である。落ち着くと言っても、それは現在一緒に取り組んでいるプロジェクトが一旦一つの形になるというだけであって、四月以降もまた今回のプロジェクトをもとに新たな協働プロジェクトを進めていくことになるだろう。 そうした状況にあるのは確かだが、スケジュールを改めて眺めると、インターンと協働プロジェクトが一旦落ち着きを見せる四月の初旬に一週間か十日ほどの短い休みを確保できそうだ。この時に是非とも、以前計画をしていたポーランドのワルシャワとハンガリーのブダペストに訪れたいと思う。 両都市にそれぞれ三日か四日滞在することができれば、随分と二つの都市を堪能できるように思う。多くの場所に足を運ぶのではなく、ワルシャワではショパン博物館、ブダペストではリスト博物館に訪れることぐらいしか今のところ予定はなかった。 しかし今朝方、バルトークの音楽をふと聴いていたところ、そういえばバルトークもハンガリーの出身である

2061. メモを残す人間

昨日、「応用研究手法」のコースの最終課題のドラフトを作成し、一晩寝かせた。今日は夕方にもう一度レビューをし、誤字脱字などを含めて追加・修正を施したい。 そのレビューをもってして、もう一人の受講者であるグルジア人のラーナにドラフトを送り、お互いのレポートに対してフィードバックを行う。もう一つ本日中に取り掛かっておきたいのは、来週の水曜日に控えているポスタープレゼンテーションの説明資料を完成させることである。 年明けすぐにそのドラフトを研究アドバイザーのミヒャエル・ツショル教授に送っており、特に修正事項もなく、その時点で資料は完成していたと言える。ただし、そこからまた研究のアイディアを少しばかり練り直したため、その新たな追加項目を資料に盛り込んでおきたいと思う。 今日は学術研究に関する仕事をその他に行うことをせず、文章を書くことや曲を作ることに多くの時間を充てたい。昨日ふと、「自分はメモを残す人間である」という考えが降りてきた。 言い換えれば、メモを残すことが自らのライフワークであり、自らの使命であるという考えだった。何に対するメモなのだろうか?次にそのような問いが浮かんだ。 おそらくそれは、人間存在に関するメモだと言えるだろう。自己を取り巻く内外の事象をつぶさに観察し、観察を基にした考察をメモとして残し続けていくのである。 それは単なるメモであって、それ以上のものではない。特に編集をするわけでもなく、編集は自らの仕事ではなく、とにかくメモを残すことが自分のワイフワークなのではないか、という考えが降りてきたのである。 「メモを残す」という言葉を聞いた時、まさに今このようにして書き綴

2060. 静寂さへの道

今朝は活力に満ちた形で六時前に起床した。六時半前に一日の活動をスタートさせることができる土曜日というのは、休日初日の一日全体がどこかとても充実したものになるだろうということを予感させる。 起床直後、いつものようにお茶を入れていると、ティーバッグに記されていた言葉に目が止まった。翻訳するならば、「自己が達成する最大の事柄は静寂さになることである」という文言がそこに記されていた。 そこに書かれていたことは、ここしばらく私自身が考えてきたことと非常に似ているため、心に響くものがあった。大きな感動というよりも、それこそまさに自己が静寂さになるような感覚がそこにあった。 私たちが成し得る最大の事柄が、仮に静寂さになることであれば、今この瞬間の私たちを振り返ってみるとどのようなことが言えるだろうか。静寂さそのものになっていくよりも前に、自己を取り巻く内外に静寂さは存在しているだろうか。 私たち一人一人の内面世界も現代社会も、どこか静寂さとは真逆の方向に向かって動いてはいないだろうか。そのようなことを考えさせられる。 私はその文言の付された紙をティーバッグから外し、ノートに貼り付けた。 六時半を迎える今この瞬間のフローニンゲンの街はとても静かだ。今日が土曜日ということもあってか、この時間帯に通りを行き交う人や車は皆無である。 外側の静けさに呼応するかのように、私の内側も極めて静かである。日々が静かさの中で営まれ、自分自身がますます静寂さに還っていくような確かな感覚。 自己の存在とは元来静寂さから出発し、静寂さに帰還することがその歩みであるかのようだ、ということを実感させられる。ノートに貼

2059. 課題の完了

今週も気づけば週の終わりに近づいている。明日からが土日であることが信じられないぐらいに、平日の五日間が光のような速度で過ぎていったように感じる。 今週は日本企業との協働プロジェクト関係での仕事が多くあり、そうした事情もまた平日の時の流れの速さに影響を与えていたのかもしれない。スケジュールを改めて確認してみると、これから三月末までは今週のような平日が続くように思われる。 今日は昼食前にランニングに出かけ、昼食後からは「応用研究手法」のコースの最終課題に取り組んだ。コースを担当するロエル・ボスカー教授の配慮もあり、課題内容を受講者であるグリジア人のラーナと私の要望を取り入れる形で決定し、それほど分量の多くない課題となった。 課題の難易度に関してもそれほど難しくはなく、今回のコースで習得した応用研究法のうちの一つが私たちに割り当てられ、その研究手法を活用するにふさわしい研究テーマを考え、研究デザインを立案することが課題の焦点となる。 そして、その研究手法はどういった観点において、因果関係の妥当性を脅かす種々の要因に対処していくのかを説明することも課せられている。自分が設定した研究テーマの背景とリサーチクエスチョンを明記し、その研究デザインに必要となるサンプルの特徴と設定する変数を列挙することも課せられている。 最後に、選択した研究手法と自分の研究デザインの強みと限界について記述することが求められている。以上の項目を簡潔にレポートにまとめることが最終課題である。 午後から夕方にかけてこの課題に取り組み、先ほど無事に課題のドラフトを執筆し終えた。この課題が提出されたのはつい先日であり

2058. グルジアへの訪問

今年のフローニンゲン大学の教育科学学科には、総勢で60名ほどの修士課程の学生がいる。そのほとんどは教員経験のある者で占められており、私を除いて他の全ての学生はオランダ人である。 フローニンゲン大学は留学生が多く、多様性が確保されていることで有名であり、確かに発達心理学科に在籍していた昨年は、欧州の国々を中心にオランダ人以外の学生が多かった。 しかし今年は打って変わって、オランダ人の中に一人日本人の私がいるような状況である。教育学科にはいくつもの専攻があり、教員経験のある者の多くは「教授法(教育方法)」を専門とするより実践的なプログラムに在籍していたり、教員経験のある者の中でも、特に教育に関する科学的な研究に関心のある者はより学術的な側面を強調したプログラムに在籍している。 私が在籍しているのは、「実証的教育学」と呼ばれるプログラムで、これは教育学の分野において比較的最近になって確立されたものであり、実際にフローニンゲン大学でもここ数年の間に立ち上げられた新しいプログラムである。 今、「私が在籍している」と表現したが、実際には「私しか在籍していない」と言った方が正しい。自分を棚にあげるつもりは全くないが、以前言及したように、プログラム長のマイラ・マスカレノ教授とプログラム開始前に改めてミーティングをした時に、私以外の募集者は全員不合格だったことを知らされた。 実際にはもう一人だけ米国人が合格しており、その人物は今年の二月からプログラムに参加するかもしれないとのことだった。今回の実証的教育学のプログラムではないが、私が昨年に修士号を取得したプログラムに関しては、私は過去に二度ほど不

2057. 環境適応と環境包摂

今日は早朝から辺り一面が霧に包まれていた。その霧の深さはなかなかのものであり、まるで雪が吹雪いているかのように視界が一面真っ白の世界であった。 実際に、道行く車もヘッドライトを灯しながら慎重に進んでいた。そうした外の世界を眺めながら、今日も午前中にある日本企業との協働プロジェクトに取り組んでいた。 昼食前に仕事がひと段落し、そこから日本へ契約書類を送るために近くの郵便局に立ち寄った。郵便局に行くことを兼ねて、ランニングをしようと思い、いつもとは異なるコースを走りながら郵便局に向かった。 無事に契約書類を日本へ送った後、行きつけのインドネシア料理店に向けて再び走り出した。走っている時には今朝からの霧は随分と晴れていたが、太陽の姿を拝むことはできなかった。 先週あたりには二日連続で太陽の光を浴びることのできる日があったが、それは束の間の出来事であり、再び晴れ間の全くない日々に逆戻りしている。しかし、ここで今朝私は不思議なことに気づいた。 初めてオランダで生活を始めた昨年は、こうした外部環境の影響から精神的な過酷さを経験していたが、二年目の生活においてはそのような経験をすることはほとんどないということである。 この点については以前の日記で触れていたかもしれない。これを単純に「環境適応」と述べることは可能であるが、私はもう少し深い意味があるように思えて仕方ない。 私は単にオランダの土地に適応したのみならず、その時から日々の生活の中に確かな充実感を汲み取ることができ始めているという、単なる環境適応を超えた現象を見出すことができる。晴れの日が全くないこのような時期になって、なぜ私の心はこれ

2056. 春の予感

春の予感が確かにあった。昨日、研究インターンに関して、ジャン・ディエナム博士とエスター・ボウマ博士とミーティングをし終えた後、ザーニクキャンパスから河川敷のサイクリングロードを歩いている時に春の予感があった。 「もう直ぐ春が来る」という確かな実感は、日が伸び始めていることに気づいたことからもたらされたと言えなくはない。しかしそれ以上に、サイクリングロードを歩いている私の内側の中で、目には見えない形で季節が動いて行っているエネルギーのようなものを感じ、それが間違いなく春の様相を呈したものになり始めていることに気づいたのである。 その時の時刻は四時半に近づきつつあったが、辺りはまだ闇に包まれておらず、だいぶ日が伸びているという印象を私に与えた。ザーニクキャンパスから自宅に向かって歩いている最中、春が到来する喜びのようなものが私の内側からこみ上げていたのである。 自宅に戻ってきてからは、作曲理論の学習を続けた。これまでに一読した書籍を改めて読み返してみると、いろんなことを忘れていることに気づかされ、同時に様々な新たな気づきがもたらされた。 忘れていたことの再想起と新たな発見をもたらしたのは、おそらくそれまでの期間に私が作曲実践を愚直に継続させていたことが大きいだろう。継続的な実践に従事する中で、作曲上の様々な問題にぶつかり、問題意識が随分と醸成されていたことが、再読の意義をさらに高めているように思えて仕方なかった。 実践というのはもしかすると、確かに一つ一つの問題を解決していくプロセスに他ならないが、逆に新たな問題を次々と自分の内側に蓄積していくためにあるのかもしれない。つまり、問題

2055. ボンでの出来事

旧西ドイツの首都であるボンの街にイスラム諸国から難民がなだれ込んできたようだ。そのような知らせの中、私はボンのある教会にいた。 その教会には時を告げる時計台があり、難民たちがその時計台に向かって祈りを捧げている光景を目にした。その時計台に向かっていくと、イスラム系難民の老婆が私に声をかけてきた。 言葉の意味を完全に理解したわけではないが、何やらこの時計台の有り難さについて説明しているようだった。その説明を聞いて、私は時計台を改めて見上げた。 すると、その老婆が「この時計台の時計の大きさは驚くほどだ」と述べたので、実際にその時計がよく見えるところまで進んで行くことにした。この時計台は、高さが全く高くなく、ほんの数メートルの大きさしかない。 そのため、その時計台の下まで行けば、その時計の姿が近くからよく見える。実際にその時計に近づいてみると、老婆が述べたほどの大きさでもないと私は思った。 相変わらず時計台の下には、この時計に向かって祈りを捧げている難民が数多くいる。どうやらボンの街では難民の受け入れに関して暴動があったらしい。 今でもまだ暴動の余波が残っている。時計台をしばらく眺めていると、突然何かが崩れ去る轟音が聞こえた。 その音の方に目をやると、ある大きな建物が崩れ去り、崩れた瓦礫の中から巨大なビルが立ち現れた。それは商業用のビルであり、ショッピングとビジネスの双方に利用できるような巨大な近代的なビルであった。 奇抜なデザインを持ったこの巨大なビルが出現した時、その場にいた難民を含め、ボンの街にいる人たちも仰天しているようだった。私はこの奇抜なデザインを持った巨大なビルを見た瞬

2054. フローニンゲン大学でのMOOCに関する研究インターン

今日は夕方に、MOOCに関する研究インターンシップのミーティングがあった。インターンシップのスーパーバイザーは、昨年にもミーティングをさせていただいたジャン・ディエナム博士とエスター・ボウマ博士に改めてお願いすることにした。 今日のミーティングは普段足を運ばないザーニクキャンパスで行われたため、ミーティングの行われる建物内で迷ってしまい、ミーティング開始時間に少しばかり遅れることになってしまった。 ミーティングルームに到着すると、ディエナム博士が笑いながら「ここはそんなに時間に厳密ではない」と述べてくださった。 建物内には時間よりも早く到着したのだが、いかんせんミーティングルームが見つからず、ディエナム博士に「迷ってしまったため少しばかり遅れる」という旨の連絡をすると、「レスキューチームを送ろうか?(笑)」というメッセージがすぐさま帰ってきた。 何とか無事に部屋に到着し、ディエナム博士とはおよそ一年振りの顔合わせだったために、最初に少しばかり雑談をした。数分後、ボウマ博士が部屋に入ってきて、そこでも久しぶりの再会をお互いに喜んだ。 しかしどうやら、ボウマ博士はレスキューチームの一人としてディエナム博士に派遣されたらしく、建物の一階に行き私を探してくれていたようだった。そんな形で今日のミーティングが始まった。 お互いの近況報告を簡単に済ませた後に、早速本題のインターンシップについて話を始めた。今回のインターンシップは、私が現在関心を寄せているMOOC(大規模公開オンライン講座)に関するものである。 当初私は自分の研究の一部をこのインターンシップの期間に行いたいと思っており、データ

2053. 内在的な力

先ほど書き留めた日記の中で、個の生命を深めようとする内在的な力について言及していたように思う。それはどこか、昨日の私と今日の私のアイデンティティを繋ぐ目には見えない力のように内在的なものだ。 よくよく考えてみると、昨日の私と今日の私のアイデンティティが連続性を持っているということは驚くに値することだと思うのだ。しかし、いつからか私は、こうした連続性の向こう側を見ようとするような試みに着手し始めているように思う。 その背景には、昨日の私と今日の私を繋ごうとする保存的な力によって失われてしまった自己の側面があるのではないか、と思うようになったからだ。自己を保存しようとすることによって、何か失われてしまったものがあるのではないだろうか? そのような問いを出発点とし、その失われたものが何なのかを発見しようとする試みにいつからか着手し始めていた。 いつも目覚めた時、「今日も自分が始まった」という言葉が口から自然と漏れそうになる。もう少し丁寧な言葉で言えば、「今日も昨日と同じかつ新たな自分が始まった」という言葉が起床時の頭に浮かぶ。 連続的でありながらも、何か昨日と違う自己の側面が小さく芽生えているという確かな感覚。それを毎朝感じるのだ。 それは自己のアイデンティティを保存しようとする内在的な力と同様に、保存しながら深めようとする内在的な力が私たちに備わっていることの表れかもしれない。それらの力の存在を毎朝直視させられるのが、私の一日の始まりの特徴だ。 無風。有音。空を飛ぶ鳥。今の私を取り巻く外側の世界を描写するとそのようになるだろうか。 体験を経験に昇華させ、経験から自らの言葉を

2052. 早稲田大学ラグビー部元監督中竹竜二さんとの対談より

先ほど、リクルートマネジメントソリューションズさんの「オトマナプロジェクト」という大人の学び方に関するプロジェクトの一環として、早稲田大学ラグビー部の元監督中竹竜二さんと対談をさせていただいた。 一時間半に及ぶ対談であったが、その時間はあっという間に過ぎていった。私自身、人間発達を研究する中で、スポーツの世界に対する関心はいつも非常に強い。 今、企業人の発達に関する研究と協同を進めていくことに並行して、学術的な研究の焦点は芸術と人間発達に向かっていることを以前の日記で書き留めた。一方で、私は依然としてスポーツと人間発達の研究や協同プロジェクトにも関与したいと思っている。 本日、中竹さんからの示唆に溢れる数多くのお話を聞き、スポーツ界との関わりを持つことができたらと幸いであるという思いがより一層強くなる。今日の対談の中で中竹さんが共有してくださったお話には大変感銘を受けるものが多く、それらについては私自身の中でもう一度反芻し直す必要があるだろう。 対談後、しばらく私は書斎の窓の外をぼんやりと眺めていた。相変わらず鬱蒼とした空が広がっているのだが、どうしたものだろうか。 そうした鬱蒼とした空を眺めながら、また一つこれまでの自分には気づかなかった事柄が突如として顔を覗かせた。何かを学ぼうとする意思、さらには何かを深めていこうとする意思の向こう側にある意思と、その意思のさらに先にあるもはや意思とは言えないような力の存在に気づいた。 これはもしかすると、以前から自分が考えていたことの確認だと言えるかもしれない。何かを学ぼうとする意思、そして何かを深めていこうとする意思の向こう側にある意思

2051. 今日の活動

今日は午前中に、リクルートマネジメントソリューションズさんの「オトマナプロジェクト」という大人の学び方に関するプロジェクトの一環として、早稲田大学ラグビー部元監督の中竹竜二さんと対談をさせて頂くことになっている。 対談の焦点は、「大人はいかに若者から学びを得ることができるのか?」というところにあり、そこから成人発達に関する話を含めて様々な話題が取り上げられる。 こうした対談やインタビューの機会というのはいつも非常に有り難く、対談やインタビューを行わせて頂くたびにいつも私の方にも大きな気づきや発見がもたらされる。今からおよそ一時間半後に迫った中竹さんとの対談が今からとても楽しみだ。 今朝起床した瞬間の不思議な感覚をうまく言葉にすることができない。今朝、私はこれまで感じたことのないような感覚に包まれて目覚めた。 内側の感覚の変容。あるいは、感覚を創出し、感覚を受容する器そのものの変容が起こったのであろうか。 何かこれまで感じたことのない感覚が自分の内側に流れ込んでいた。この世界がまた新たに始まったのと同時に、この世界の何かが完全に終わりを告げたのだということを知らしめるような感覚。 それは重くも軽くもなく、ただ感覚として歴然とそこにあるようなものであった。色を持たない感覚。何か特定の感情を引き起こすことのない半透明な感覚と表現できるだろうか。 そのような感覚が起床直後の自分を包んでいた。 今日は午後から、普段足を運ぶキャンパスとは異なるザーニクキャンパスを訪れ、研究インターンのスーパーバイザーであるジャン・ディエナム博士と打ち合わせをすることになっている。 今回、教育科学者

2050. 二つの夢

今朝は六時過ぎに起床し、六時半あたりから一日の活動を開始させた。昨日は夕方から雨が降り始めていたが、どうやら今は雨が止んでいるようだ。 天気予報によると、今日は晴れであるらしい。ちょうど午後から、自宅から少し離れたザーニクキャンパスに行く用事があるため、晴れであることは幸いだ。 昨夜の夢の印象が強く、起床してからもその夢を反芻している自分がいた。今は少しずつ記憶が薄れ始めているが、覚えている範囲のことを書き留めておきたい。 夢の中で私は、ある大きな生鮮食品スーパーで働いていた。そのスーパーはかつて見たこともないほどに巨大であり、フロア中に巨大な棚が何段にも積み重なっている。 一つ一つの棚には食料品が入っており、積み重なっている棚はおそらく10mほどの高さになるだろう。私は食料品の質をチェックする仕事に従事しており、巨大な棚をあたかもロッククライミングするかのようによじ登り、一つ一つの棚を開けて中の食料品を確認していた。 棚によじ登っていると、右斜め上に同僚が同じように食料品のチェックをしている姿を見かけた。私は同僚に話しかけ、仕事の捗りぐらいをお互いに確認した。 するとその同僚は、今開けている棚の中から何やら美味しそうな食べ物を取り出し、それを食べ始めた。同僚が私にも勧めるため、彼がいる棚のところまでよじ登って行き、その食べ物を食べた。 確かにとても美味しい。名前のよくわからない食べ物なのだが、味は確かだ。 そこで私は、自分がさっきいた棚にある食べ物の味も確認してみよう、と同僚に話を持ちかけた。同僚もかなり乗り気であり、私たちはその場から少し棚を降りていき、私が元いた棚に戻

2049. メタアナリシスと成人発達研究

今日は昼食後に、「応用研究手法」のコースの最後のクラスがあった。今日のクラスでは、「システマティックレビューの執筆方法」でも取り上げられたメタアナリシスの意義について再度確認することからクラスが始まった。 私たちはニュースにせよ新聞にせよ、ある事象に潜む因果関係に関する説明を見聞きすることが頻繁にあると思う。例えば、「経済不況が起こっている原因は〜である」という言葉であったり、「〜は血糖値を下げることに効果的な食べ物である」等々である。 因果関係を説明するこのような言葉を見聞きした時に私たちが気をつけなければならないのは、当然ながらその因果関係は実証的に明らかになっているのか否かだと思う。しかし、仮に実証的にある因果関係が説明されたからと言って、私たちはすぐさまその因果関係の正しさを鵜呑みにすることはできない。 なぜなら、研究デザインの質の問題であったり、研究手法に潜む内在的な限界など、その因果関係が本当に正しいかどうかは一つの研究結果をもってしてすぐさま立証できるものではないからである。 往々にして社会科学の研究、特に私がいる心理学や教育学の実証研究は局所的なものである場合がほとんどであり、研究対象者や介入手法の個別性がかなり高いことが多い。そうした事情もあり、一つの局所的な研究成果から安易な一般化をすることには危険性が伴う。 端的に述べると、私たちはよく一つの研究成果をもってして、ある介入手法の効果を鵜呑みにしてしまいがちだが、実際にはそれほど単純ではないのである。これは科学者ではない一般の人たちのみが陥りやすいことではなく、科学者でも頻繁に陥ることである。 例えば、ある論

2048. フォーレの楽譜とフーガの書籍

先ほど大学から戻ってくると、二つの郵便物が届いていた。一つは首を長くして待っていたガブリエル・フォーレの楽譜だった。 数日前にフォーレの別の楽譜を受け取っており、今日届いたものを合わせると、フォーレの全てのピアノ曲の楽譜を入手したことになる。数日前に受け取っていた楽譜には、私が好んで聴いている「舟唄」が収録されておらず、一連の舟唄は本日届いた楽譜に掲載されている。 早速楽譜の中身を開け、舟唄のページを開いた。私はフランス芸術に関する造形は深くないが、楽譜の視覚的イメージからフランス的な美がそこに宿っているように思えた。 フォーレの楽譜を全て眺めてみると、どれも視覚的にはシンプルに見える。そこには複雑な構造性はそれほど見られず、それでいて——あるいはそれだからこそ——何とも言えない美の香りがする。 フォーレが残したノクターンを見てみても、ショパンが残したノクターンに比べて、やはり視覚的にシンプルだという印象を与える。ただし、そうした視覚的なシンプルさの中にもどこかフランス的な香りが漂っているように思えて仕方ない。 現在は、バッハやショパンなどに範を求めることが多いが、近日中にフォーレの舟唄の一曲を参考に何か曲を作ってみたいと思う。フォーレの曲に範を求め、少しずつ曲を作っていくことに合わせて、以前に届いたフォーレの手紙も合わせて読み進めたい。 本日届いたもう一冊の書籍は、アルフレッド・マンが執筆したフーガの技法についての解説書 “The Study of Fugue (1958)”である。まだ中身を詳細に確認していないが、ざっと中身を眺めると、ルネサンス時代のフーガの技法から始

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