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1769. 刹那の切なさ

先ほど自分が感じていたことはもしかすると、「刹那の切なさ」と形容できるかもしれない。全ての人が向かう共通の最終地点を思う時、その感情はやってくる。 人々は、その最終地点に向かうまで、日々自分のペースで様々な道を歩く。その全生涯に及ぶ過程は長いと言えば長いかもしれない。 しかし、それはある意味刹那の長さである。私たちは刹那の中で生き、刹那の生をやがて終える。 私たちは、最小の時間単位である刹那を大切にしながら日々を生きているだろうか。「刹那の切なさ」という感情が生まれる背景には、ひょっとすると、現代社会の時代の要請によって、刹那の時間がないがしろにされてしまっているという要因を挙げることができるかもしれない。 刹那の豊穣さに気づくことができるだろうか。今この瞬間の刹那に起こっていることは、あまりに多彩であり、それを思うだけでめまいがしそうである。 先日私は、自分の存在が刹那の気づきによって構成されているという気づきを得た。自己とは何なのだろうか。 それは一瞬一瞬の気づきの総体であるということを発見させられたのである。刹那の気づきこそが自己を築き上げているということに気づかされた時、いったい誰がそうした刹那の気づきをないがしろにするだろうか、という思いに至った。 しかし、そうした思いとは裏腹に、現代人の多くは刹那の気づきに意識など払いはしない。刹那の気づきに無自覚であることは、自己に対して無自覚であることを意味し、刹那の気づきをないがしろにすることは、自己をないがしろにすることである。 この世界には、なんと多くの自己がないがしろにされているだろうか。それを思うと胸が苦しくなる。

1768. 全ての人が向かう場所:赤ん坊を宿す夢

今日の天候も昨日に引き続き変化に富む。薄い雨雲が空を覆っており、突然雨が降り始めたと思ったら、次の瞬間には雨が止み、晴れ間が見えたりする。 その後、また雨が降り、同じようなことが続いていた。これだけ一日の天気がめまぐるしく変わるというのは、北欧に近いこの場所に固有のことなのかもしれない。 天気の気まぐれさには驚かされてばかりだが、人間の気まぐれさはもしかするとそれ以上かもしれない。変化に富む天気を見ながら、それを人間と重ねて考察することができるというのは有り難いことなのかもしれない。 自然から人間について考え、自然から自分について考える。私たちは、自然から学んでばかりである。 師としての自然に対して、私たちは恩返しをしているだろうか。仮に裏切りと背徳しかそこにないのであれば、日々の行為一つ一つを見直さなければならない。 目の前に並ぶ赤レンガの家々。オランダの多くの家は非常に慎ましくていい。 これから夕方に向かおうとするフローニンゲンの空は、晩秋の物悲しい光を発している。光の力はとてもか細く、それは誕生したての太陽の原初の光、もしくは全く逆に、最後を迎えつつある太陽の灯火の光と形容できる。 昼食時に、食卓の窓から外を眺めると、通りを行き交う人たちの姿が見えた。ゆっくりと散歩をする人もいれば、自転車に乗って過ぎ去っていく人もいる。 どの人も防寒着を着ており、さらには自分の目的地があることには変わりなかった。小さな子供が自転車に乗って過ぎ去っていく姿を目撃瞬間、いつか私たちは皆、各々の人生を終えるのだという共通性に突き当たった。 人は皆、どこかに向かって歩き、いつかその歩みを

1767. 還元化と分断化の波

昨日は作曲について考えている過程の中で、音楽が果たす重要な役割の一つに、小説が果たす役割と似たようなものがあることに気づいた。 音楽も小説も、精神的なものをそこに体現させ、それを通じて世界に働きかけていくという重要な役割がそこにある気がしてならない。小説家の辻邦生氏は、小説家になる前に、小説の持つ意味とそれが果たす役割を見つけられずに苦しんでいた。 辻氏が小説の中に見出した究極的な意味や役割は、小説が物質主義的なものを超え、精神的な物語世界の中に読者を誘うことを通じて、私たちの生活に直に働きかけていくことにあったのではないかと思う。 つまり、小説とは精神空間の産物であり、それを享受するのも精神空間の中でのことなのだが、小説は私たちの実際の生活に直接的に影響を及ぼす力を秘めているということだ。辻氏の師でもあった、小説家の埴谷雄高氏は、「真の革命とは精神的な次元でなされなければ意味がなく、小説はそれを成し得る手段である」という趣旨の言葉を残していた。 小説が精神に働きかける作用と、それが実際の私たちの生活に働きかける作用は見過ごすことのできない点である。そして、小説と同様のことが、音楽にも当てはまるのではないかと思う。 音楽は物質主義的なものを超えたところにあり、私たちの精神へ直接的に働きかける。同時に音楽は、私たちの生きる日々の生活に直接的に働きかけるものでなくてはならないように思えるのだ。 もちろんここでは、小説や音楽の「実用性」について述べているのではない。小説や音楽は、精神空間の中で営まれるものでありながらも、それが生活空間へと繋がっていなければならないということを言いたい

1766. 幸福感の絶対条件と孤独について

一昨日の夜と昨日の早朝に、自分の中で小規模な揺れが起こっていた。その揺れが今は収まっていることが、内側の世界の穏やかさにつながっているのだろう。 今日は朝からとても調子が良い。だが、心身に充実感がみなぎる形ではない。 なぜなら、心身が充実感と一つであれば、充実感などみなぎりようがないからである。これは情熱についても当てはまる。 仮に自らの存在が情熱と不可分であり、情熱そのものであれば、情熱などほとばしらない。情熱として生きることの絶対的な静かさだけがそこにあるはずだ。 私がこの瞬間の状態を「穏やかだ」と言っているのは、そうした様子を描写しているように思える。充実感と情熱感と一体となって日々を送る生活。 それは幸福感と一体となって日々を生きることにつながる。幸福感というものを外側から内側に向かって獲得しようとするのではなく、自己が幸福感そのものになり、自分は幸福感に他ならないという気づきこそが、真の幸福感の絶対条件の一つではないだろうか。 真っ暗な外の世界のどこかで、小鳥が小さくさえずっている。そのリズムは、「タタタ タタ タタタ タタタタ」という形で抽出できる。 抽出されたリズムの配列だけを眺めていても、一切喚起されるものがないかもしれない。リズムの抽出化を済ませた後に、いかにそこに生命を吹き込んでいくかを作曲上の一つの課題としたい。 論文や小説を執筆するのと同様に、物語の中にリズムを組み込み、一つの文脈の中でリズムの意味が初めて湧き上がるような工夫を凝らす。音楽においても、物語性、さらには文脈性という要素が重要になる。 わずか数行であったが、作曲について少しばかり考え

1765. メロディーのアイデンティティとしてのリズム

穏やかな雰囲気を漂うわせる土曜日の朝。今朝は六時に起床し、六時半から一日の仕事をスタートさせた。 書斎の机に向かってすぐに漏れてきたのは、「穏やか」という形容詞であった。外見上、真っ暗闇に包まれた外側の景色を穏やかだと表現できるかは怪しい。 外側の景色だけを見れば、それは穏やかというよりも、深遠な世界を体現している。早朝から小雨が降っており、雨滴が窓ガラスにぶつかる音が聞こえてくる。 その小刻みなリズムに耳を傾けながら、こうした身の回りに溢れる自然現象から作曲の着想を得て、さらには作曲の技術を磨きたいと思う自分がいる。昨夜も作曲実践に取り掛かっており、小さなテーマとして抱えていたのはメロディーだった。 いかに納得のいくメロディーを作っていくかについて、実験を重ねながら考えていた。そもそも優れたメロディーの特徴について自分なりの定義を持っておかなければ、自分でメロディーなど作りようがないと思った。 優れたメロディーにはどのような特徴があるだろうか。こうした問いを立ててみた時に、すぐに多くの回答を述べることができない時点で、メロディーという概念かつ現象についての考察の浅さが露呈する。 優れたメロディーの特徴の一つとして、印象の余韻の強さを挙げてみるのはどうだろうか。言い換えると、それは思わず口ずさんでしまいたくなるようなものであり、記憶に残るようなものである。 厳密には言えば、思わず口ずさんでしまいたくなるものと、記憶に残りやすいものというのは異なるかもしれない。後者の特性を持たせるのであれば、メロディーには反復性を持たせることが重要になるだろう。 わずかばかりに差異を持たせながら

1764. 異邦人から異星人になる日

今年の年末年始に日本に一時帰国しようと思う。その目的は実家でゆっくりと過ごすことと、実家に届いている40冊ほどの和書を持ち帰るためである。 寺田寅彦、永井荷風、川端康成、小林秀雄、福永武彦、吉田秀和の全集のそれぞれを何冊か購入し、それらをオランダに持ち帰る必要がある。 国外での生活において、無性に和書が読みたくなる瞬間が時折訪れるため、それらの和書は精神の肥やしであるばかりか、精神の癒しにもつながるであろう。 一時帰国するための航空券は、すでに夏の時期に購入している。日本に立ち寄る際にいつも利用している日本航空を今回も利用する。 先ほどメールを確認すると、日本航空から告知メールが届いていた。いつも私は日本に帰った時、携帯のWifiが路上で使えないことに不便を感じている。 とりわけ、GPS付きの地図を携帯で確認することができず、このようなご時世にあっても、あまり馴染みのない場所に出かける時は、最寄り駅までの電車の経路を事前にPDFにしておいたり、最寄り駅から目的地までの道のりを手書きでメモ用紙に書いたりすることがある。 先ほど、日本航空からの案内メールを見たとき、日本に帰った時に様々な場所でWifiを活用できるアプリを見つけた。その案内文に、「訪日外国人向け」という文言があり、それは自分の内側で特殊な感情を湧き上がらせるのに十分であった。 日本人でありながらも、訪日外国人向けのアプリをダウンロードしようとする自分を眺めていると、欧米で生活をしていても異邦人、母国に帰っても異邦人であるかのような、なんとも言えない感情がそこにあった。 日本を離れて生活をするのはまだ六年しか経って

1763. 流れ行く雲の味わい

昨夜から今朝にかけて精神にまとわりついていたものがすっと消えていった。一日が静かに過ぎ去っていくのと同じような形で過ぎ去っていった、あの破壊的な衝動は一体何だったのだろうか。 夕方、食卓の窓から見える通りを一台のバスが過ぎ去っていった。それを見て、昨夜から今朝にかけて自分の内側にまとわりついていた破壊衝動について考えていた。 こうした衝動は、おそらく生物としての人間が太古から持ち合わせているような情動だと思った。古の感情を取り戻すかのように、昨夜から今朝にかけてはそうした太古の情動の中に私はいた。 しかし、決してそれと向き合っていたわけではなく、自分の理性の半分がそちらに飲まれているような形であったと言える。 今日も仕事がはかどり、合わせて自分の関心に沿った旺盛な読書をすることができた。さらには、最終試験から解放されたこともあり、作曲に充てることのできる時間が増えたことも充実感をもたらしている大きな要因だろう。 今日の自分の内側の感覚を観察していると、一日のうちに三時間ほど作曲に関することに従事することができればそれだけでもう十分だ、という気持ちになる。それ以上に多くの時間を充てるのは、作曲を本業とする者だけでいいだろう。 現段階では、実際に曲を作る時間は就寝前の一時間だけにし、仮にその他に時間を作ることができたら、残りの時間は作曲理論や音楽理論を学ぶ時間に充てている。今日は午後にそうした学習の時間を設けることができた。 曲を実際に作るという実践と実践を根底から支える理論を学んでいくこと。これら二つはどちらも欠けてはならない。 それら二つが両輪となって初めて、自分が表現したいこ

1762. 精神の変容と変調、そして夢

以前に想定していたよりも早く、過酷な冬に固有の精神状態と向き合っている自分がいる。本格的な冬はこれからだというのに。 精神が変容することと精神が変調することの差。それについて考えていた。 どちらも共に精神の「変化」であることに変わりはない。片一方は、精神が変容し、新たな精神が生まれる。もう一方は、精神が異常をきたし、精神が死滅する。 その差は一体なんだろうか。そして、そうした差はどこから生まれてくるのだろうか。 今から五年前、サンフランシスコの坂道を下っている時に降りてきた啓示的な気づきについて思い出す。それは、正常さと異常さという間には、実は薄皮一枚のものも存在していないという気づきだった。 つまり、正常さも異常さも隣り合わせに存在しているということだ。精神の変容と変調も、同じような話として認識すればいいのだろうか。 一つの現象を予期することと、その現象の最中でそれを経験することの差は極めて大きい。冬がやってくる前に、「今年の冬も何とか乗り越えていけそうな気がする」と述べている自分がいた。 しかし、存在に訴えかけてくるその厳しさを前にした時、話はそれほど単純ではない。厳しいものは厳しい。過酷なものは過酷である。 異常なものを完全に異常なものだとみなせた瞬間、正常に転じるというような現象は起きてくれないだろうか。いつもそれを期待する。 異常なものと正常なものが隣り合わせになっているのであれば、それは十分に可能だと思うのだ。 存在の克明な記録。隣接した対極を揺れる存在の歩み。そうした歩みを絶えず記録していくこと。 生きることは存在証明の試みであり、生き続けることが生きることの

1761. 破壊衝動と自己と他者

七時前を迎えても、辺りは一向に闇に包まれている。書斎の窓の近くにある暖房のスイッチを入れ、窓の外から闇に包まれた景色を眺めていた。 このような闇の中、目の前の通りの上を自転車を漕いでどこかに向かっている人たちの姿をちらほらと見かけた。人々は今日も何かを考え、何かを感じながらどこかに向かい、この日を過ごしていくのだろう、と思った。 昨夜の自分の中で姿を現した破壊衝動について、もう少し考えを深めておきたいと思う自分がいた。考えを深めるというよりも、その破壊衝動と最も適切な形で向き合う方法は何かということと、そうした衝動の根元を特定することに関心が向かい、それらの二つの点を明確にしておきたいという思いが湧き上がった。 破壊衝動に対して、頭の中で言葉を用いてそれと向き合おうとすると、いとも簡単にその衝動に飲み込まれそうになる。そうした状況を防ぐために、破壊衝動そのものを静かに文章の形にしておくという方法が思い付く。 破壊衝動の姿の一端を掴むだけでもいいので、文章による可視化を行っていくのである。こうした破壊衝動は、内側で形にならない状態で眠っていればいるほど危険なように思えてくる。 そのため、破壊衝動から伸びてくる触手でもいいので、それを捕まえて文章の形にしていくというのは一つの方法だろう。昨夜は文章にすることをせず、内側の世界の中でそれと向き合おうとしていたが、その代わりに、いやそれが影響して、作曲中の曲の中にそうした破壊衝動が形になろうとして姿を現した。 昨夜に取り掛かっていた曲の冒頭に、破壊衝動の一端が姿を見せたのである。そのまま破壊衝動に委ねる形で曲を作ろうとするのがいいの

1760. 息づく破壊衝動と夢

昨夜、自分の内側にある破壊衝動のようなものが姿を現した。最初は、自分の内側の世界を全て粉々にしたいというような衝動だった。 だが、そこから考えが休まることはなく、外側の世界の破壊に向けた衝動に飲まれそうになっていた。自分も含め、生きとし生けるもの全て、この世界の全ての存在に対して、一切の痛みも苦痛も与えることなく一瞬にして粉々にすることの中に意義を見出している自分がいた。 少しばかり恐ろしい衝動と考えが自分の中に静かに息づいていることに気づく。そのようなことを考えるのは冬のせいだろうか、と思った。 そのようなことを考えるのは冬のせいだろう、と思った。本当に冬のせいだろうか、とさらに考えた。 今朝は六時前に起床し、六時を少し回ったところで今日の仕事を開始した。今日は昨夜の計画通り、学会の応募書類と寄稿記事のドラフトを完成させたい。 昨日は最終試験が朝からあったため、その前夜に見た夢について書き留めておく時間的余裕がなかった。その夢の内容をまだ覚えているため、ここで書き留めておきたい。 夢の中で、私は見覚えのある校舎の中にいた。高校時代に仲の良かった友人が、学校の中で財布の盗難にあったようだった。 その友人はとても落胆しており、同時に動揺の色を隠せていない。財布の色や形、そして最後に財布を見たのはいつか、ということを友人に尋ねていると、小中学校時代に仲の良かった友人の一人が、「財布が見つかったよ!」と廊下の階段の上から私たちに英語で叫んだ。 私もとっさに英語で返答したが、よくよく考えてみると、その場にいた三人は日本人であったから、その気づきが生まれてからは日本語に切り替

1759. 今日と明日、そしてこれからも

今日は無事に今学期の最終試験を終えたため、今日の残りの時間は久しぶりに和書を読んだり、作曲実践に多くの時間を充てたいと思う。 明日からは、来週から始まる来学期のコースに向けて課題文献を読んでいく必要がある。しかし、試験がない分、精神的にはゆとりがあり、ようやくシステム科学やネットワーク科学の探究を再開できそうだ。 それらと合わせて、ジョン・デューイやジル・ドゥルーズの教育哲学に関する専門書を読んでいきたい。書斎の机の右隅に、何冊もの専門書と束になった論文が山を作っている。 自分の内側に知識体系の山を作っていくことに平行して、書斎の机の上にできあがった山は姿を消していくだろう。明日は、来年の六月にロンドンで行われる学会の研究発表に向けた応募書類を作成する。 ちょうど五月末から六月の頭にかけて、アムステルダムで国際ジャン・ピアジェ学会に参加することを予定しているが、それから二週間後にもロンドンの学会に参加しようと思っている。 こちらの学会は、今年の論文アドバイザーを務めてくださるミヒャエル・ツショル教授が紹介してくれたものであり、「国際学習科学学会」とでも訳される名前の学会だ。 その学会で昨年の研究内容を発表するための応募資料のドラフトを明日中に作成しておきたいと思う。分量としては多くなく、4ページほどの論文であるため、ドラフトの初校を完成させるのにそれほど多くの時間はかからないだろう。 そのドラフトを執筆し終えたら、日本のある人材開発会社の月刊誌へ寄稿する文章のドラフトを作成したい。こちらは、7,500字ほどのものである。 すでに半分ほど執筆しており、残りに関してもすでに構成が出

1758. これから

今学期の試験が無事に終わり、少しばかり安堵している。試験会場から自宅に戻る途中で社会科学キャンパスに立ち寄り、そこで来学期に受講するコースの必読論文を印刷した。 「システマティックレビューの執筆方法」というコースの課題論文は、すでにポータルサイトにアップロードされており、それらを全て印刷した。このコースに対する期待感は強く、実際に毎回のクラスの課題を通じて、自分でシステマティックレビューの論文を執筆していくことになる。 これまで一度もシステマティックレビューを執筆したことがなく、それは私にとって初めての経験となるが、今年の修士論文にせよ、さらには今後の博士論文や書籍にせよ、システマティックレビューの執筆方法は非常に有益な文章執筆方法であり、その理論と方法をこの機会に習得することができるのはとても有り難い。 自分の研究テーマや実務の性質を考えてみた時に、今後本格的なシステマティックレビューを執筆する可能性は低いが、この文章執筆方法の発想は、今後の小さな論文や書籍の中にも活用していきたいと思う。 あるいは、何か調べ物をし、それをまとめるようなレポートを書く際にも、アプローチとしては同様のものを活用することができるのではないかと思っている。システマティックレビューについてはこれから深く学ぶことになるが、端的に述べれば、それは定量的かつ定性的な文献レビューの代表的な方法だと言える。 似たような論文執筆技法にメタアナリシスというものがあるが、こちらは完全に、定量結果をメタ的にレビューしていく方法のことを指すと理解している。現在、私が在籍している「実証的教育学」のプログラムに在籍している者

1757. 今学期の試験の終了

今日は早朝の六時に起床し、すぐさまシャワーを浴びて身支度をし、そこから八時過ぎまで最終試験の最終確認をしていた。九時から始まる試験に向けて自宅を後にし、試験会場であるザーニクキャンパスに向かった。 天気予報では小雨が降りそうだったのだが、雨が降る様子はなく、薄い曇り空が広がっていた。ザーニクキャンパスは、主にコンピューター試験の時にしか足を運ばないのだが、このキャンパスに向かって歩いている最中は、いつも自分の心が静かになる。 今朝はもうマフラーを首に巻き、寒さはかなりのものであったが、歩いてキャンパスに向かっている最中は清々しい気分になっていた。運河沿いにあるサイクリングロードを歩きながら、試験以外のことを考えている自分がそこにいた。 来週から始まる新しい学期においては、今学期と同様に三つのコースを受講することになるが、そのうちの二つは筆記試験が課せられていない。残りのコースもスケジュール上は筆記試験が組まれていないのだが、シラバスには筆記試験に関する記述があるため、実際にコースが始まってみなければ試験があるのかどうかはわからない。 いずれにせよ、ザーニクキャンパスで試験を受ける回数はもう後わずかとなっていることに気づく。試験会場の建物に到着し、外のベンチに腰掛け、軽食を食べてから会場内に足を踏み入れた。 試験がある時はいつもこの会場は人でごった返しており、今日もそうだった。広大なコンピュータールームの前に到着し、数分間ほど最後に資料を眺めてから会場内に入った。 昨年の今頃に初めてコンピューター試験を受けた時は、操作に少し手間取ったが、今となっては随分と慣れたものである。環境が

1756. 夢遊病とライフワーク

夕方を迎え、そろそろ明日の試験に向けての最終確認を再開させようと思う。数時間ほど学術的な文章から離れ、気の済むまでに和書を読んでいた。 文章の内容とは全く関係なく、東京芸大の作曲科について調べている自分がいた。今のような形で日本企業との協働プロジェクトを進めていけるのであれば、急いで大学の教授になるよりも、しばらくは自分の探究活動を納得いくまで進めるような生活を送ってもいいのではないか、という考えがある。 もし仮に、日本の大学で今後学びを得ようと思うのであれば、東京芸大ぐらいしか行き先がないのではないかと思った。仮に大学院に入学するのであれば、どのような条件が課せられているのか確かめてみた。 調べる前から当然わかっていたことだが、自分のような者には到底入学できない前提条件がそこで課せられていた。日本に戻る道はどうもないらしい。 やはり欧米の総合大学の中で研究生活を続けながら、その合間合間に音楽科の作曲コースを聴講することが賢明であるように思われた。 作曲について探究をしたいという思いが膨らめば膨らむほど、人間発達の探究を行いたいという思いが膨らむ。探究衝動の膨張的共鳴。 作曲実践を行おうとする膨張的な意志と、人間発達に関する研究を行おうとする膨張的な意志が重なり合う時、膨張の協和音の中に自分が溶け込んでしまいそうな感覚がする。それら二つの探究と実践を、もう私は止めることなどできないだろう。 来年に席を置くであろう米国の大学では、それらの二つの探究に存分に従事できるだろうという大きな期待がある。作曲を通じて人間発達について考察と研究を行い、人間発達の考察と研究の成果を作曲に取

1755. 時の流れぬ時の最果てで

本格的に寒い日が続き始めてから数日が経つ。冬の訪れを感じながら、私は今日なすべきことに絶えず従事していた。 午前中から昼食後にかけて、予定通りに明日の試験の準備を行っていた。今から少し時間間隔を空け、夕食前と夕食後に再び、作成したテキストの要約を確認し直したいと思う。 今からしばらくは、研究とは離れた本を読みながら、ゆったりとした時間を過ごそうと思う。昼食後、数年前に知った、福永武彦という小説家の作品に改めて感心を持った。 ちょうど二年前に日本に滞在していた時に、福永武彦氏の日記集を購入したことがある。知人の一人が、福永氏の作品を高く評価しており、私も一度福永氏の作品を読んでみようと思ってから、二年以上の月日が流れた。 なぜだかわからないのだが、この二年の間に、福永氏の主要な作品の概要だけを確認することを何度も行っていた。そして、それらの作品を必読和書のリストに記載している自分がいた。 オランダで生活を送っている本日、再び同じことが起きた。福永氏の主要な作品について、再び自分の文献リストを辿り、その概要を確認する自分がいたのである。 どこかの日記で書き留めていたように、私は小説作品を読めない。これは文字通り、一つの作品を最初から最後まで読むことがどうしてもできないのだ。 そのような特性を持っていることは十分承知であったが、先ほど意を決して、福永氏の主要な作品が収められた全集を10冊ほど購入した。 福永氏の全集のうち、1巻から12巻までは小説となっていたが、最初の巻が適正価格では購入できず、また5巻は福永氏が別名で書いていた推理小説がまとめられたものであり、それにはあまり関心を持

1754. 厳しい成績評価

いよいよ明日は、今学期の最終試験の最後のものを受ける。昨日、先日に受けた「学習理論と教授法」のコースの最終試験の結果が、大学のポータルサイトを通じて知らせられた。 いつもはサイト上の自分のページにアクセスし、そこで自分の試験結果を見ることができるのだが、今回はコースのページにアクセスし、そこに学生番号の書かれた一覧表があり、提出した論文と試験の結果が表示されていた。 論文と試験の結果のみならず、試験問題の各設問ごとに誰が何点取っていたのかが全て公表されていた。今回の期末論文は、四人で共同執筆したものであり、感覚として非常に良い出来だと思っていたのだが、評価はそれほど高くなかった。 論文に関しては、10段階評価のうち7となっており、試験に関しては7を超える数字が付されていた。最初にこの一覧表を見たとき、自分の学生番号がないことを不思議に思っていたが、自分が番号を誤って記憶していたことに問題があった。 無事に自分の番号を確認し、結果を見たとき、やはりオランダの大学院で8を超える成績を獲得することは至難の技だと思った。9や10という評価は例外中の例外であり、滅多に付けられることのないものだ。 これまで8の成績を獲得できたのは、筆記試験のない、純粋に一人で論文を提出することが課題となっていた昨年のあるコースのみである。その時の論文の評価は、8.34ぐらいだったと思うが、小数点以下が切り捨てられ、8の成績評価が付いた。 昨年所属していた心理学科とは異なり、教育科学学科では、成績評価の小数点をそのまま残す慣習があるらしく、今回の最終的な成績は7.12となる。 オランダの研究大学院の成績評価

1753. 探究心に燃えた人間の隣で

一昨夜に見た夢は大変印象に残るものであったが、昨夜の夢はそれほど印象に残るものではなった。おそらく、昨夜の夢も印象に残っている方だと思うが、いかんせん、一昨日の夢の印象が強かったために、印象の比較による希薄化がなされているように思える。 昨日は夢の中で、ある研究棟のような場所で仕事をしていた。顔は分からないが、自分が師事している教授と共に研究棟の外にある公園を私は歩いていた。 その方は日本人であり、どういうわけか私は自然科学系のその教授に師事をして研究を進めているようだった。公園を歩いていると、突然その教授は、自然科学系の研究予算の話をし始めた。 教授の話を聞きながら、金額として、自然科学系の研究予算は、社会科学系のものとは額が一桁か二桁異なるのだということを身にしみて理解した。 公園内をしばらく一緒に歩いていると、その教授は私が社会科学系の研究を行っているということを忘れているのか、自然科学系の研究をするための予算を確保することがいかに難しいか、そして、社会科学系の研究程度の予算規模であれば、それを確保するのがいかに容易かを皮肉めいた形でしゃべり始めた。 教授の話に静かに耳を傾け、真実の度合いが高いものと低いものを区別している自分がそこにいた。研究棟に入り、自分たちの研究室に向かうために、エレベーターで上がっていくと、途中の階でエレベーターが止まった。 エレベーターのドアが開き、目の前には二人の男性が立っていた。おそらく、彼らも何かしらの研究員だろう。 私の横にいた教授がその二人の男性に向かって、研究棟の名前を確かめた。エレベーターが開いた瞬間に、どうも普段自分がいる場所とは

1752. 概念モデルの検証と巫女

先ほど文章を書き留め、内的言語の奔流を少しばかり落ち着かせることができた。しかし、それでもまだ何か書き足りない感覚がしこりのように残っているため、それが何なのかわからないが、文章を書き始めることにした。 とりわけ先ほどの文章を通じて、自分が日々、過去の自分が構築した概念モデルの検証と反証を絶えず行うことに従事していることがわかった。自分の内側には、それこそ無数の概念モデルが存在しており、それを今日という日の体験や実践と照らし合わせて、既存の概念モデルを洗練させていくという試みを日々行っているようなのだ。 観察に次ぐ観察、実験に次ぐ実験を自らに課しながら、日々自分の概念モデルがこれまでのものとは異ったものになっていることに気づく。それは単純に、一つ一つの日記の中に見て取ることができるだろう。 日記の一つの記事の中に、いかに自分の概念モデルが織り込まれていることか。そして、一つの日記記事を通じて、それらの概念モデルを検証し、さらに別の概念モデルへと書き換えを行っている姿を見て取ることができる。 「概念モデル」という言葉を用いると、血の通わない冷たいものに思われがちであるが、それは全く違う。私の中では、概念モデルというのは、血も肉もあり、感覚や感情が真に凝縮・梱包されたものだと捉えている。 そこから私は、ランニングから帰ってきた時に真っ先に考えていたのは、概念モデルと思想との関係についてである。素朴な問いとして、概念モデルの絶え間ない洗練化の先に思想というものが初めて生まれるのか、それとも、思想とは概念モデルとは独立した存在として育まれるのか、ということである。 これについては、

1751. 理論やモデルの検証可能性と反証可能性について

先週から今週にかけて、大学は試験週間に入り、講義もなく、私は自宅の書斎で絶えず生活をしていた。 人と直接会って話す機会がほぼ皆無であり、身体的に音として聞こえる声を一切聞くことなく、論文や書籍を通じて聞こえてくる著者の内的な声と自分の内的な声だけを聞きながら多くの時間を過ごしていた。 一方、今日は午前中に、とある日本企業の方々とオンラインミーティングをした都合上、久しぶりに人と対話をすることになった。それが契機となり、何かが決壊したかのように、ミーティングの後から今にかけて独り言が途切れることはなかった。 ミーティングが終わったら、明後日に控えている最終試験に向けた準備をすぐにしようと思っていたのだが、自分が重要だと思っていることについて絶えず独り言をつぶやいている自分がいた。こうした独り言が淀みなく流れ出している時は、仕事など一切手につかない。 そのため、この独り言をある意味落ち着かせるために、昼食前にランニングに出かけた。昨夜の夜中に気温が0度になったためか、昼前も非常に肌寒く、もはや防寒着を着ながらランニングに出かける必要のある季節になったことを知る。 ランニングに出かけたのは、それが心身の調整を兼ねた毎週に必ず行う習慣であるということ以上に、自分の独り言を落ち着かせる目的もあった。ランニングに出かけてみると、最初はこの寒さについて考えていた。 徐々に身体が温まってくると、今度は自分の身体に意識を向けてみた。ここで私は、先ほどからの独り言が落ち着いたと思っていたのだが、その矢先に、先ほどとは全く関係のない話題に関する内的な独り言が姿を現し始めた。 それは、科学理論の検証可

1750. 自己それは刹那の気づき

昨夜未明に、天気予報通りに外気が0度になっていたようであり、早朝に書斎の窓から外を眺めると、草花に霜が降りていた。今朝は五時前に起床し、五時を少し過ぎてから一日の仕事を開始させたが、今日はとても充実した一日になるという根拠のない予感があった。 その日が充実したものになるという小さな予感は、確かに毎朝起床直後に感じるのだが、今日の予感はいつもより大きく深いものだった。朝の八時から、日本を代表する人材会社の方たちとある企画に関する打ち合わせを行った。 その企画に関して今日が最初の打ち合わせであり、私はその企画案に共感するのと共に、このような話を持ちかけていただいたことへの感謝の念を持った。それは、大人の学びに関する対談企画であり、今日はその事前打ち合わせであった。 打ち合わせの中で行われていた、その場にいた四人の対話から私は多くのことを考えさせられ、新たな気づきや発見を得ていた。ここでは、そこでなされていた具体的なやり取りを書き留めるのではなく、それらのやり取りを包括した気づきについて書き留めておきたい。 対談後、朝食のフルーツを片手に、窓越しから外を眺めていた。一人の若者が自転車に乗って、この晴れ渡った世界を駆け抜けていった。 それを見た瞬間、「真に進む者は立ち止まることのできる者である」という気づきが降ってきた。私たちが成長を遂げていく時、その場に立ち止まることができるかどうかは極めて重要な点であるように思う。 どういうことかというと、私たちは進みながらにして真に前へ進むことはできず、その瞬間の中に立ち止まり、そこで湧き上がるものへ気づきの意識を与えることが重要になるという

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