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857.アトラクターの発達研究に関する今後に向けて

今日の午前中に行われたサスキア・クネン先生とのミーティングでは、具体的に、論文の中で取り上げる「状態空間グリッド(SSG)」について意見交換をしていた。多岐にわたる項目についてディスカッションしていたため、備忘録も兼ねて、それらのポイントを書き留めておきたい。 まずは、 “Results”のセクションの冒頭に、私が教師と学習者の行動をカテゴリー分類した後に割り当てた数字が、それぞれどんな種類の行動を意味するのかを説明したおいた方がいいだろう。当初は、 “Discussion”のセクションでそれを行う予定だったが、論文の読者からしてみると、例えば、(teacher, learner)=(4, 6)が何を意味するのかを分かっておいた方が、分析結果を理解しやすいだろう。 そのため、このセクションの初めに、教師と学習者のそれぞれが持つ七つの行動分類の数字と意味を、簡潔な表の形式にまとめておきたい。 次に、状態空間グリッドの大きな特徴である、ダイナミックシステムの二つの構成要素(変数)の挙動を状態空間上で視覚的に捉えるという方法を活用するだけではなく、具体的にどのような基準を基にして、各クラスの状態空間の中で、教師と学習者の行動の組み合わせのどれがアトラクターだと言えるのかを記述しておきたい。 ここでは、クネン先生とのミーティングの前に、早朝自宅で調べていたように、アトラクターと認定するための基準について紹介し、その基準に照らし合わせて、教師と学習者の行動のどの組み合わせがアトラクターなのかを明示しておきたい。 今日のクネン先生とのミーティングで大きな発見があったのは、あるア

856.「状態空間グリッド(SSG)」について

今日の午前中に行われた、論文アドバイザーのサスキア・クネン教授とのミーティングについて、また少し考えを巡らせていた。ミーティングの最初に、今後の私の進路について話をしたことを書き留めていたように思う。 その後に続く本題では、私が先日送った論文の “Results”セクションに関して意見交換をしていた。昨年の九月に行われた、クネン先生との最初のミーティングがとても懐かしく、当初の研究案は、ダイナミックシステムアプローチの真骨頂である、理論モデルの構築から数式モデルを構築し、数式モデルを活用したコンピューターシミレーションを予定していた。 ダイナミックシステムアプローチに関する学びを深めるに連れて、確かにそれがダイナミックシステムアプローチの核なのは間違いない。しかし、ダイナミックシステムアプローチは、発達現象を探究するそれ以外のアプローチを多く持っている。 それは例えば、今の私の研究で採用している「状態空間グリッド(SSG)」というソフトウェアを活用したアプローチである。このアプローチについては、確か私がロサンゼルスに在住している時に初めて出会ったものであり、その時以来、私の頭の片隅にこの手法があった。 だが、フローニンゲン大学に来るまで、この手法を実際に手を動かしながら活用したことがなかったため、この手法がどのような発達現象をどれほどまでに明らかにしてくれるのかということをよく理解していなかった。 クネン先生が前の学期に担当していた「複雑性と人間発達」というコースを履修することによって、私はこの手法について理解を深めることになった。今でも覚えているのは、第二回目のクラスでSSG

855. 今後の進路について

今日は午前中に、論文アドバイザーのサスキア・クネン先生の研究室に足を運び、ミーティングを行った。普段は何気ない雑談からミーティングを開始するのだが、先日クネン先生に執筆してもらった推薦状のお礼を述べた流れで、私の今後の話から今日のミーティングが開始した。 クネン先生に推薦状を書いてもらったのは、フローニンゲン大学での二つ目の修士プログラムへ応募するためのものである。二つ目のプログラムは、今のところ、「実証的教育学」を第一希望にしている。 ダイナミックシステムアプローチや非線形ダイナミクスに関する理解を深めていくことを継続させながらも、もう一度、発達心理学の理論を学びたいという思いが強くある。実証的教育学のプログラムでは、発達心理学のみならず、教育心理学や学習理論についても学ぶことのできるコースが提供されているため、このプログラムは今の私の関心に非常に合致していると言える。 二年目のプログラムが終わった後は、”search year”を活用することによって、さらにもう一年フローニンゲンに滞在したいという計画をクネン先生に伝えた。それを聞いたクネン先生は、私がフローニンゲンという街と大学を気に入っていることを喜んでいたようだった。 その後すかさずクネン先生から、博士課程への進学は考えていないのか、という問いかけが投げかけられた。もちろん、私はその可能性を考えており、フローニンゲン大学で人間発達とダイナミックシステムアプローチに関する博士号を取得することは願ってもないことである。 しかし、この大学で博士課程のポジションを得ることは難しいということを知っていたため、そのあたりについてク

854. 状態空間グリッドを用いたアトラクターの特定について

休日が明け、再び新たな週が始まった。昨日も随分と文章を書いていたが、今日もそのような日になるかもしれない。 少なくとも、特に今週一週間は、複数の論文を同時に執筆していくことになるだろう。数日前に、論文アドバイザーのサスキア・クネン教授から、フィードバックのコメントが記載された論文をメールで受け取った。 いよいよ修士論文の方は佳境を迎える。これまで、自分で立てた計画に沿って論文を着実に執筆していたため、提出期限よりも随分と早く完成できそうである。 今回、クネン先生から得たフィードバックは、論文の “Results”のセクションに関するものであり、具体的には「状態空間分析」の分析結果が記載されている箇所に対するものである。 クネン先生からのフィードバックを見ると、私と同様に、得られた結果が関心を引くものであったということがわかる。ただし、細かな点については、いろいろと修正・補足しなければならない。 特に、「状態空間グリッド(SSG)」という手法について馴染みのない読者のために、もう少しこの手法について説明を加えた方がいいとのことであった。例えば、SSGというのは、確かに、システムの挙動の変動性を分析することができるのだが、実際にはそれをどのように行っているのかを説明することなどである。 この点に付随して、 “Results”のセクションの中で、SSGが出力する複数の指標の意味を説明しながら、分析結果を記載していたのだが、それぞれの指標がそもそもどのように算出されたのかも説明しておくべきだという指摘を受けた。 しかも、各指標の算出方法については、 “Results”のセクションではな

853. 創造性の発揮に必要なこと

今日も昨日に引き続き、ひたすらに論文を書き続けていた。食べ物の消化が悪くなってしまうほどに、文章を書くことで頭が一杯であった。 書くことだけを続けていると、本当に身体の機能が書くという行為に引っ張られ、消化機能の働きを悪くするようなのだ。それを身をもって今体験している。だが、それでも私は書くことを止めない。 なぜなら、私は、書くことを通じてしか生きれないところまで行き着いてしまったからである。書くために生き続け、生きるために書き続けたいと思う。 まさに、シューベルトが短い人生を作曲に捧げたように、私も何かを捧げながら、自分が発見した自分の仕事に打ち込み続けたい。それが今の私の一番の望みである。 「複雑性とタレントディベロップメント」のコースの論文について作業を進め、それがひと段落ついたところで、今度は、「創造性と組織のイノベーション」のコースの論文執筆に取り掛かった。こちらは、四人で共同して一つの論文を執筆することが課題になっている。 この論文の執筆作業は、Google Documentを使いながら、ヴァーチャル上で進行させている。私がGoogle Documentを開いたとき、一緒にこの論文の執筆に取組んでいるドイツ人のマーヴィンがそこにいた。 マーヴィンにチャットで挨拶をし終えた後、私も作業に取り掛かった。先ほど私が文章を執筆していたのは、問題分析を基にし、先行研究を用いると、フローニンゲン大学がより創造的な研究を行えるようにするには、どのような実行案が考えられるかを提案する箇所である。 問題分析の結果から、フローニンゲン大学の研究者は——特に博士課程に在籍する研究者—

852. サイコセラピストとクライアントの相互作用に関するDSAを用いた研究

今日は午後から、「複雑性とタレントディベロップメント」のコースで課せられているグループワークに取り掛かっていた。この課題では、最終成果物として、二人一組で一つの発達現象のプロセスを調査した論文を執筆することが要求されている。 私は、インドネシア人のタタと組んで、この課題に取り組んでいる。当初は、タタと私がお互いにコーチとクライアント役になり、コーチ側のクライアントに対する理解力とクライアント側のコーチに対する信頼度の発達について調査をしようと思っていた。 しかし、このコースを担当するマライン・ヴァン・ダイク教授から、自分たちを調査対象にするのではなく、今回は発達現象を自分たちの目で実際に観察することも課題の意図である、というフィードバックを受けた。 そのため、研究の方向性を変え、APA(アメリカ心理学会)が提供しているセッションのビデオを観察し、セラピストの言語的介入の種類と発言の複雑性、そして、クライアントの発言の複雑性に焦点を当てていくことにした。 APAのウェブサイトにあるビデオを観察するというのは、ヴァン・ダイク教授からの提案であり、ウェブサイトに直接訪れた時には、それらのビデオは会員にならなければ閲覧できないものだった。しかし、ヴァン・ダイク教授から後日教えてもらったように、フローニンゲン大学のデータベースを通じてアクセスすれば、それらの動画を全て無料で閲覧することができることに気づいた。 そのおかげで、今回の研究で取り扱うデータには困らないことになった。それにしても、APAが提供するセッションの録画ビデオは、サイコセラピストだけではなく、コーチングなどの対人支援に関

【⭐️お知らせ:モバイルサイトの刷新】

いつも「発達理論の学び舎」をご覧になってくださり、どうもありがとうございます。 このたび、「発達理論の学び舎」のモバイルサイトを刷新し、閲覧をしやすくいたしました。 日々のBlogを中心として、通勤・通学途中にモバイルサイトの方をご覧になっていただければ幸いです。 携帯から「発達理論の学び舎」と検索するか、携帯から下記のURLを通じてウェブサイトにアクセスしていただくと、モバイルサイトを閲覧することができます。http://www.yoheikato-integraldevelopment.com/

851. シューベルト記念館とフロイト博物館への期待

午前中の仕事がひと段落したところで、ウィーンの旅行計画を練っていた。幾人かの偉大な作曲家の記念館がこの街にはあり、中でも今日は、シューベルトについて少し調べていた。 シューベルトは、31歳という若さでこの世を去ったのだが、非常に多産な作曲家だったことで知られている。シューベルトが敬愛していたベートーヴェンも、非常に多産な作曲家で知られている。 しかし、シューベルトが実際に活動できた期間を考えると、彼が残した楽曲の数は、尋常ではない。ぜひシューベルトの記念館を訪れた際には、その多産さの秘密について何かを得てきたいと思う。 シューベルトがこの世を去った年齢で、私はシューベルトの記念館に足を運ぶことになったのも、何か運命的なものを感じざるえをえない。私はシューベルトと違い、この世界にまだ何も仕事らしい仕事を残すことができていない。 だが、シューベルトと同じように、何かをこの世界に具現化させずにはいられない性分を持ち合わせているのは確かなようである。衝動的なものに駆られて、内面世界の現象を音楽という形で表現したシューベルトから、私は多くのことを学ぶことになるだろう。 ウィーンでどんな場所を訪問するかをおおよそ決定したところで、肝心のザルツブルグでの滞在時間中に訪れる場所を具体的にしておかなければならないと思った。合計で五日間ほどザルツブルグに滞在する期間中、初日はウィーンからザルツブルグに夜に到着する計画にしており、中三日間は完全に学会で缶詰になる。 そのため、ザルツブルグをゆっくり観光できるのは、オランダに戻る前日だけとなるだろう。その日には、ぜひともモーツァルト博物館に足を運び

850. 発達理論に関して進展のないインテグラルコミュニティー

午前中の最初にネットワーク科学に関する専門書を読んだ後、当初の計画であれば、現在の私の研究で活用している非線形ダイナミクスの手法である「交差再帰定量化解析」に関する一つの論文を読む予定であった。 何のきっかけか、久しぶりに、米国の発達論者ケン・ウィルバーが提唱したインテグラル理論関連の論文を掲載しているジャーナル、 “Integral Review”に目を通していた。私がジョン・エフ・ケネディ大学院に留学していた当時は、随分とこのジャーナルにはお世話になったように思う。 当時の私は、インテグラル理論を体系的に学ぶことのできる修士課程に在籍していたこともあり、なおかつ、成人発達理論に関心があったことから、このジャーナルに掲載される論文は、まさにそうした関心と大きく合致するものであった。 当時は特に、ロバート・キーガンが提唱した構成主義的発達心理学の枠組みについて強い関心を持っており、そこから派生して、スザンヌ・クック=グロイターやオットー・ラスキーらの発達理論を熱心に学んでいたことを懐かしく思う。 もちろん、今でも彼らが執筆した論文や専門書から、考えさせられることがあるのは確かである。だが、先ほど “Integral Review”に掲載されている直近三年間の論文に目を通したところ、私が彼らの発達理論を学んでいた当時と比べて、ほとんど進展がないように思えたのだ。 例えば、発達論者のテリー・オファーロンが、クック=グロイターの発達モデルを拡張し、発達段階6.5を提唱していることなどは、学術的な観点からすれば大変興味深いものの、とても些細なことのようにも思える。 また、キーガン、クッ

849. システム的かつネットワーク的な発達

昨日もついつい自分を抑えることができず、少しばかり探究活動に精を出し過ぎていたようだ。今朝の起床時間は、七時であり、いつもより随分と遅い起床時間となった。 朝から雨がしきりに降り注いでいる。そのような状態で開始されたのが、今日という日曜日であった。 午前中に真っ先に取り掛かったのは、アルバート・ラズロー・バラバシが執筆した “Netowork sicence (2016)”の第五章である。本章では、バラバシと彼の協同者であるレカ・アルバートが創出した「バラバシ-アルバートモデル」が詳しく扱われている。 この専門書を読むのは、今回が一読目であるため、あまり細部に囚われず、本書の全体観を掴むような読み方をしている。というのも、私にはネットワーク科学に関する事前知識が微々たるものしかないため、細かな数式や細かな論点を追いかけていると、本書の読解が全く進まなくなってしまう。 そのため、午前中に第五章を読んでいた際も、現在の私の発達研究に直接的に関係しそうな重要箇所を自分で判断し、その箇所を咀嚼するように努めていた。システム科学とネットワーク科学を毎日少しずつ学ぶにつれて、ダイナミックシステム理論で言うところの「コントロールパラメーター」と、ネットワーク科学で言うところの「ハブ」という概念は、非常に近しい意味を持っていることに気づく。 コントロールパラメーターとは、あるシステムの挙動を左右する最も重要な要素(変数)を意味する。一方、ハブというのは、ネットワークにおいて、数多くのリンクを持つ結節点(ノード)のことを指す。 二つの概念が意味する内容は、完全に合致するわけではないのだが、い

848. ウィーン旅行計画

昨夜、ようやくオーストリアへの旅行計画の目処が立った。厳密には、非線形ダイナミクスに関する国際学会に参加することが目的であるから、純粋な旅行ではないのだが、空き時間があることも確かなので、観光も行いたい。 4/3(月)の朝にアムステルダムからウィーンに向かう。両地点の距離は、飛行機で二時間ほどなので、大したことはない。 昨年の夏の欧州小旅行と同様に、今回もフローニゲンからウィーンまで列車で向かうことも考えたが、時間の都合上、今回はその案を採用することができなかった。ウィーン国際空港に到着するのは、午後四時前であるため、その日のうちにウィーンの市内を少しばかり観光したい。 ウィーンには二泊三日で滞在する予定である。昨夜あれこれと調べてみたところ、どうしても足を運んでおきたい博物館と美術館が幾つかあった。 慎重に検討した結果、(1)モーツァルト・ハウス(モーツァルト記念館)、(2)シューベルト・ハウス(シューベルト記念館)、(3)ベートーヴェン・ハウス(ベートーヴェン記念館)、(4)シグムント・フロイト博物館、(5)アルベルティーナ美術館、の五つの場所には必ず足を運んでおきたい。 ウィーンは音楽の都と形容されるにふさわしいほど、過去の偉大な音楽家がこの地を拠点に活動していたことがわかる。日々の生活の中で、ウィーンという地で活動をしていた音楽家の楽曲を常に聞いている私にとって、ウィーンは是非とも訪れてみたい場所であった。 ウィーンに到着したら、最も遅い時間まで開いているモーツァルト・ハウスを一番最初に訪れたいと思う。モーツァルト・ハウス、シューベルト・ハウス、ベートーヴェン・ハウ

847. 喜びという感情の本質

今日という一日を振り返ってみたとき、静かな喜びが、自分の全身に流れているのを絶えず感じながら仕事に取り組んでいたように思う。それは大きな喜びではなかったが、小さな喜びが、どこかに無限に続くかのような流れを持っていた。 静かに、そして小さく流れ出す喜びの感情は、私を遠いところに運んでくれるような気がしてならない。確かに、私は日々の生活の中で、自分の存在が破裂してしまうかのような強い喜びの感情に襲われることが度々ある。 だが、そうした爆発的な歓喜よりも、今この瞬間に感じている小さな喜びの感情の方が、私を遥か彼方に導いてくれるような気がしてならないのだ。自己が張り裂けてしまいそうな喜びは、小さな自己の付着を取り払い、何かを決壊させる役割を担っている。 一方、静かに滲み出す喜びは、今の想像を超えたところに私を運んでくれるような役割を担っているのだろう。そのようなことを思わずにはいられなかった。 早朝起床した時、普段通りにヨギティーを作っていた。ティーバッグのタグに付されている言葉を見るのは、毎朝のささやか楽しみでもある。 そこに付されていた言葉を翻訳すると、「他者の中に喜びを見出せ」「他者の中で喜びを感じよ」という意味であった。おそらく、この言葉が明記する「他者」というのは、物理的な他者だけを指すのではない。 それは、物理的な他者を含め、他の生物や社会的なものまでを含むであろう。そして何より、ここで明記されている「他者」という言葉が、「自己」であることに他ならないのではないかと思ったのだ。 つまり、他者の中に喜びを見出すというのは、自己の中に喜びを見出すことに他ならなず、自己の中に

846. 雲の上の不動の境地とブダペストでの生活可能性について

今視界に入っている雲は、奇妙かつ不思議な階層構造を持っている。夕方の仕事がひと段落し、書斎の窓から空を眺めると、幾つもの重層的な雲がそこにあった。 遠方の空を見ると、一番下に白色の雲があり、その次に、今にも雨を降らしそうなどす黒い雲があり、その上には再び白い雲が姿を見せていた。そして、そうした階層のさらに上には、青空が広がっているのがわかった。 幾層にも重なった雲は、ゆったりと右から左へ移動している。だが、姿をわずかばかり見せている最も上に位置する青空は動かない。空は不動なのだ。 こうした階層構造は、自然界のみならず、私たちの知性や能力の発達にも等しく見られる。下位の階層は、上位の階層が生まれるための前提条件であり、下位の階層がなければ、上位の階層が生まれることは決してない。 この話は、ちょうど先ほど、“Principles of systems science (2015)”の第四章を読んでいた内容と幾分関係することだと思った。知識の体系にせよ技術の体系にせよ、より高度な階層構造を獲得するためには、下位構造の存在が鍵を握る。 より正確には、どのような質の量を持った下位構造なのかによって、上位構造の出現が左右されるのだ。本書の第四章は、ネットワークとシステムの関係性を扱っている。 人間の発達をシステムとみなすことは、それをネットワークとしてみなすことと同じだということに気づき始めている。なぜなら、システムというのは必ず構成要素を持ち、それらはネットワーク関係を構築しているからである。 人間の発達について理解を深めようと思えば思うほど、システム科学の知見が不可欠となり、それは同時

845. ある土曜日の暮らしぶり

週末の二日間を自分が望む形で過ごすことができるというのは、何にも代えがたい喜びをもたらしてくれる。しかも今日は土曜日であるため、もう一日ほど、自分の探究活動に没頭できる日が残されていることを考えるだけでも、喜びの感情がもたらされる。 今日の午前中に取り組んでいたのは、「交差再帰定量化解析(CRQA)」に関する論文とシステム科学に関する専門書である。前者に関しては、先ほど頭の中にあることをいったん文章の形で吐き出しておいたため、論文の話題については今は少し落ち着いている。 しかし、CRQAについて学べ学ぶほど、CRQAという非線形ダイナミクスの研究手法が持つ奥深さを痛感している。今朝読んでいた論文のおかげで、その手法の本質部分の理解を補完することができた。 ただし、CRQAに含まれる諸々の指標について、それぞれの指標が意味する内容を字面で捉えるのではなく、イメージの次元で捉えたいと思う。夕方あたりに再びCRQAの他の論文を読む際には、各指標に対して、自分なりの理解を図の形で論文に書き込んでおきたいと思う。 先日、非線形ダイナミクスの専門家であるラルフ・コックス教授のオフィスを訪れ、「トレンド除去変動解析(Detrended Fluctuation Analysis: DFA)」について解説をしてもらう時に、図を用いて説明してほしいとお願いをしていたように、私は言葉よりもイメージで概念を捉えることを好む傾向にあるようだ。 夕方から、CRQAの論文を読む際には、各指標が持つ意味を図の形で表現することを強く意識したい。その作業が終われば、再び “Principles of system

844. シンクロナイゼーションについての再考

今日の天気は、雨雲が空に留まり続けているのみならず、気温も低い。そういえば、春の始まりを予感させる数日前に、行きつけのチーズ屋に立ち寄った際のことをふと思い出した。 そのチーズ屋を切り盛りする二人の店主とは大変仲が良くなり、先日も立ち話を少しほどしていた。その日はとても暖かい一日であったため、フローニンゲンの街にもようやく春が近づいていることを私が指摘すると、その日に店を切り盛りしていた一人の店主も同意していた。 だが、その日の暖かさは、今の季節には珍しいということをその店主から聞いていた。店主の述べた通り、そうした珍しい一日は過去のものとなり、今日の気温はまた低くなっている。 そうした寒さの中、今日は外出することもなく、自分の仕事に取り組んでいた。午前中にまず取りかかったのは、二つのシステムのシンクロナイゼーションの度合いを分析する「交差再帰定量化解析」という手法に関する論文だった。 その論文は、過去に二度ほど目を通していたのだが、自分の研究を進める過程で湧いてきた課題意識が強くある今の状態で目を通すと、非常に多くの発見があった。その論文は、子供のジェスチャーとスピーチのシンクロナイゼーションの関係を探り、シンクロナイゼーションの度合いと認知的発達の関係を調査している。 一般的に、「シンクロナイゼーション」という言葉の響きは、肯定的なものかもしれない。だが、興味深いことに、言語を獲得してまだ間もない子供達が新たなことを学習し、認知的な発達が起こる際には、往々にしてジェスチャーとスピーチはミスマッチを起こすということが解明されつつあるようだ。 その調査結果を見たとき、一つのシス

843. 生態系としての言語空間

とても爽快な目覚めと共に、本日の活動を開始した。ここのところ、論文を執筆し続けるという毎日を送り続けていたが、昨日でとりあえずの目処が立ち、一日ほど完全に自由な時間を取れそうである。 自由な時間と言っても、本日の午後からはやはり論文の執筆を行う予定であるが、それでも締め切りに追われるような形で文章を書くことからは解放されている。おそらくここ数日間は、文章を書く必要性に迫られていたがゆえに、心が完全に休まることなく、睡眠中にも何度か目覚めてしまうということがあった。 だが、昨夜の睡眠中にはそのようなことはなく、今日の目覚めは非常に良かったように思う。昨夜から降り始めた雨は、いったん止んでいる。 しかし、雲行きは非常に怪しく、鬱蒼とした雰囲気の中、土曜日を迎えることになった。天気予報を見ると、午後からまた雨が降り出すそうである。 こういう日は、一日中書斎の中で仕事を進めるに限りると思う。今朝の目覚めの良さは、自分の内発的な動機だけに従って探究活動に時間を充てることができる喜びからもたらされたに違いない。 朝の習慣的な実践の一つにオランダ語の学習があるのだが、本日をもって、テキストがひと段落した。オランダに来た当初、フローニンゲン大学が提供するオランダ語の初級コースに参加しており、時間の都合上、中級コースに進むことができなかった。 そのため、テキストの後半を独学で進めていたのだが、それを本日無事に最後までやり通すことができた。ここからは、これまで通り、自分が学習した箇所を何度も繰り返すことを行いたい。 特に明確な目的を持ってオランダ語を学んでいるわけではなく、生活や仕事で高度なオ

842. ある金曜日の仕事より

ここ数日間は晴れの日が続き、気温も春らしくなっていた。しかし、今日の夜からまた雨が降り出し、明日以降、数日間は天気が崩れる。 天気予報を通じてその情報を得ていたため、午前中の仕事を終えると、ランニングに出かけた。今朝は五時から仕事に取り組み始めたのだが、仕事に熱中していると、いつの間にやら、いつものランニング開始時間を数十分ほど過ぎていた。 そのため、いつもより短めのランニングコースを走ることにした。ランニングによって気分転換を図った後に、「創造性と組織のイノベーション」のコース課題に取り組んでいた。 この課題は、グループワークであり、フローニンゲン大学の研究者がより創造的な研究を行えるための施策を提言するものである。私が執筆していたのは、問題分析の箇所である。 同じグループのオランダ人のリサも問題分析の箇所を担当することになっていたのだが、彼女曰く、英語のライティングが苦手とのことであった。午後から、Google Document上で同時に作業をしていた時に、彼女が打ち込む二、三行の英文を見て、自分が問題分析の箇所を全て執筆した方がいいと判断し、彼女にチャットでメッセージを送った。 問題分析の草稿を私の方で執筆し、それに対して直接修正するのではなく、コメントを付してほしいとお願いし、そのような段取りで作業を進めた。予想していたよりも多くの時間がかかってしまったが、何とか問題分析の箇所を執筆することができた。 一方で、文献調査の箇所と活用する理論モデルの箇所を担当しているルクセンブルク人のヤンとドイツ人のマーヴィンの仕事を見たところ、とても良い働きをしてくれていて、非常に助かる

841. 再帰定量化解析の理解へ向けて

今日は、早朝から “Principles of Systems Science (2015)”に取り掛かっていた。本書から得ることが多いためか、読みながら随所で立ち止まって考えることがあり、最後まで読み通すにはしばらく時間がかかりそうだ。 本書は、およそ800ページに及ぶ大著である。現在は、120ページほど読み進めることができているが、それが占める割合は全体の中でもまだ小さい。 焦ることなく、これから毎日少しずつ読み進めることによって、この二週間以内に全体を一読しておきたい。一読が終われば、二回目や三回目に読む速度が増すばかりではなく、より多くのことを深く学べるであろう。 今朝方に目を通していた論点の考え方を用いるのであれば、本書を読むことによって私の思考が変化し、私の思考が変化することによって本書から得られる内容が変化するということが起こるであろう。二読目や三読目に新たなことを発見することができたり、一読目で得られた知識をさらに深めていくことができるのは、自分と書籍との間にそのようなフィードバックループが構成されているからだろう。 早朝に30ページほど本書を読み進めた後、研究論文に取り掛かった。午前中に、教師と学習者間のシンクロナイゼーションの有無とその度合いについて分析する「交差再帰定量化解析(CRQA)」に関する文章を執筆するつもりであった。 実際に文章の執筆を始めてみると、少しばかり問題に突き当たった。最初に私が行おうとしていたのは、プログラミング言語のRを用いて出力されたCRQAのプロット図と数値結果を論文の中に転記することであった。 数値結果の説明から開始するの

840. とある一日の流れ

今日の起床は、昨夜仮説的に考えていた通りのものとなった。現在、第二弾の書籍に関する原稿が書き上がり、すでに編集者の方に送っているため、そちらの作業はとりあえず落ち着いている。 しかし、学術論文の方は、自分の修士論文に加え、履修しているコースで小さな論文を執筆することが要求されており、合計で三つの論文を執筆している状況にある。そうした中、執筆している論文とは関係のない専門書や論文を読む時間を確保することが難しい。 それでもシステム科学とネットワーク科学の専門書や論文を読みたいという強い思いがあることは確かだ。そのため、昨夜、仮に“Principles of Systems Science (2015)”と“Netowork sicence (2016)”の専門書を寝室の枕元に置いて就寝したら、寝つきが悪くなるか、早く目覚めるかのどちらかであろう、ということを書き留めていたように思う。 実験的にそれを実行してみたところ、寝つきが悪くなることは一切なかった。だが、想定した通り、三時ちょうどに目が覚め、その時間から書斎に行くことは早いと判断したため二度寝をすると、五時ちょうどに目覚めた。 人間の目的意識というのは、なかなか凄まじい力を持っていると思う。二冊の分厚い専門書を枕元に置いたことが功を奏して、今日は、いつもより一時間ほど早い五時から仕事に取り掛かることにした。 早朝に、“Principles of Systems Science (2015)”を一章分読み進めたい。具体的には、システム科学の哲学的な背景、システムの特性、システムという概念について、という三つの項目に関して本

839. ダイナミックシステムに関する理論モデルの構築について

夕食後、ノートを書斎の机に広げながら、“Principles of Systems Science (2015)”を読み進めていると、非常に残念なことが起こった。 昨日の「複雑性とタレントディベロップメント」のクラスで、ルート・ハータイ教授のレクチャーによって、自ずと湧いてきた問いが呆気なく解答できてしまったのだ。この問いは、今後しばらく寝かせておき、解答を思い浮かぶ日が来るまで辛抱強く待っておこうと思っていたのだが、その必要はもはや無くなってしまった。 ちょうど月曜日に、私の論文アドバイザーであるサスキア・クネン教授とのミーティングがある。今日は木曜日だが、今からそのミーティングで先生にあれこれディスカッションしたい内容について考えていた。 その一つとして、ダイナミックシステムアプローチに造詣の深いクネン先生に、昨日閃いた問いについて尋ねてみたいと思っていたのだ。その問いをどのような形でクネン先生に説明するかを、ノートに図示しながら、独り言を呟くように自ら説明していると、その過程でその問いが解けてしまったのだ。 その問いとは、もう一度改めて書き留めておくと、システムを構成する二つの要素の関係性が、時の経過に応じて変動する場合、それをどのように理論モデルにするか、というものであった。これがなぜ重要かというとと、一つには、システムの構成要素の関係性は、時の変化に応じて変わりうるからである。 もう一つには、そうした現象を理論モデルにできなければ、数式モデルに変換することができず、ダイナミックシステムアプローチの一つの強みである、数式モデルに対してコンピューターシミレーションを活用す

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